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お嬢はやけにぐいぐい来る  作者: 狐白雪
第四章 初夏の訪れ
66/79

66.ウォーキング大会 緊張!

(⋯⋯ッ!?)


 その言葉に一瞬だけ心臓が跳ねるが、咲希(さき)は何食わぬ顔でクーラーボックスから取り出した保冷剤を持ったままゆっくりと視線を上に向けた。


「⋯⋯匂いって、どういうことですか?」


「だから、なーちゃんの匂いがするんスよ。先パイの、えっと⋯⋯こっちの方から⋯⋯?」


 目を閉じてくんくんと鼻を鳴らす珠秋(たまき)は何かに釣られるように咲希の身体からその横のリュックの方へ向かって行く。


「ちょっ!村雨(むらさめ)さんそこはっ!」


「ん〜?やっぱこのリュックの中に何かあるんスね?⋯⋯っと、」


 珠秋は咲希のリュックに手を伸ばしかけて、すぐにその手を引っ込めると代わりに両手を膝に置いてじっとリュックを凝視し始めた。


 突然の膠着状態に咲希の頬を冷や汗が伝う。


(ま、まずい⋯⋯あの中にはお弁当が⋯⋯っ!?)


 そう、咲希のリュックには今朝夏愛(なつめ)から受け取ったお弁当が入っているのだ。


 まだ包みを開けていないから直接確認はしていないのだが、夏愛曰く『持ち運びやすくて形が崩れにくくて食べ終わったら容器はそのまま捨てられるもの』ということらしいので中身は何となく予想出来る。


 ⋯⋯というのは置いておいて、お弁当を持っている以上珠秋の言う通り咲希の方から夏愛の匂いがするというのは理屈では分かるのだが、それでは納得出来ないことがある。


(全然、匂いなんて感じないんだけど⋯⋯)


 はっきり言って、お弁当から夏愛の匂いなんて微塵もしていないのだ。


 仮に咲希の嗅覚が残念なだけだとしてもここは屋外でそれなりに風もある。


 こんな環境では匂いなんてすぐに薄れてしまうだろうし、そもそも超至近距離どころか直接手に持ったこともある咲希に感じられないものをちょっと近くに座っただけの珠秋に感じられるのか疑問ではあるが、そういう物理的制約を超えた先にある第六感というものが少女の中に存在するのならばあるいは⋯⋯。


「むー⋯⋯、気のせいかなぁ。⋯⋯っ、」


 相変わらず少女はリュックに熱い視線を送り続けていたが、不意ににぎゅっと目を瞑ると深く息を吐いてから身体を起こしてそのままベンチの背もたれに身体を預けてしまった。


「⋯⋯すみません先パイお騒がせして。多分うちの勘違いっス 」


「あ、ああ⋯⋯」


 咲希は微妙に歯切れの悪い返事をしながら今の間にガーゼで包んだ保冷剤を差し出す。


氷嚢(ひょうのう)です。怪我自体は軽いみたいですけど少し腫れてるのでしばらく膝に当てておいて下さい。ある程度痛みが治まって歩けそうなら続行、無理そうならリタイアということで(ゆう)⋯⋯海原(うなばら)先生を呼ぶので」


 危うくいつもの癖で養護教諭である海原(うなばら)優奈(ゆうな)のことを名前で呼びそうになりながらも事前に配布されたマニュアル通り説明すると、珠秋は特に何も言わず案外素直に氷嚢を受け取って言われた通り膝に当ててくれた。


 そしてこの流れならいけると判断した咲希はついでに質問を投げかける。


「そういえば村雨さん、どうして転倒したのか⋯⋯じゃなくて、転倒した時の状況って話せます? 」


「状況⋯⋯?えっと⋯⋯多分ただの貧血?だと思うんスけど、なんか普通に歩いてる時に急にくらっとしたんスよね。まあそのままこけちゃった訳なんスけど、その時隣歩いてたなーちゃんが咄嗟に受け止めてくれたお陰でこの通りめちゃくちゃ元気っス!」


 びしっ!と決まったピースには会釈を返し、すかさず続きを尋ねる。


「なるほど。ちなみに今まで貧血で倒れたことは?」


「さぁ?多分今回が初めてなんじゃないっスかね。ぶっちゃけ覚えてないっス」


「⋯⋯。なるほど、ありがとうございます」


 咲希は最後にもう一度にこりと笑うとゆっくりと立ち上がり、二人に一言断ってか数メートルほど距離を取ると背中を向けて左耳のイヤホンマイクに触れた。


「優奈先生、ちょっと相談が」


 そう呟くと、やや遅れて反応があった。


『何だキー坊、リタイア者でも出たか?位置情報を見る限りまだ公園から動いていないようだが⋯⋯村雨珠秋に何かあったか?』


「いえ、膝の方は軽傷で手当も済んでいたので氷嚢だけ渡して一旦様子見してて。⋯⋯リタイアかどうかはまだ保留中です。それよりも⋯⋯、」


 ちらりと後ろを振り返るとペンチに並んで座った二人の少女がおしゃべりをしている様子が目に入るが、怪我をしている少女の方は僅かに顔色が優れないように見える。


「⋯⋯」


 本人に気付かれないうちに視線を前に戻すと少しだけ声を抑えて要点を伝える。


「⋯⋯村雨さん、一見元気そうで本人もそう振舞ってるつもりみたいなんですけど、よく見るとちょっと動きが緩慢というか、動く度に何かを我慢しているような気がして。それで多ぶ」


『まず結論、それから根拠だ。端的に言ってみろ』


「⋯⋯。村雨さんは軽度の熱中症の疑いがあります」


『⋯⋯ほう?』 


「怪我をした時の状況を確認したんですがどうやら歩いている時に急に眩暈がして転倒してしまったようで。本人はただの貧血だと言っていましたが同時に今まで貧血で倒れたことは無いとも言っていたのでもしかしたらその原因が熱中症なのではないか、と思って⋯⋯」


 大部分が推測とはいえ思ったことは全て言い切ったはずなのだが、無線の向こうにいるはずの優奈からの反応は無い。


 数秒の沈黙が何分にも何時間にも感じられる緊張の中、返答があった。


『⋯⋯分かった、お前が言うなら間違いないだろう。念の為二十分⋯⋯いや十五分でそっちに行くから先に本人には伝えておいてくれ。ああそうだ、熱中症疑いならアレ(・・)を渡すのも忘れるなよ。折角持ってきているんだからな』


 そこで通信が終わると、咲希は「了解」と呟いてから再びベンチの方へ歩を進めた。




「えっまじスかうち熱中症なんスか!?こんなに元気なのに!!?」


 優奈と相談して出た結論を掻い摘んで珠秋に伝えたのだが、案の定納得はしてくれないらしく抗議の視線が咲希に向けられた。


「ま、まだ疑いというか、その可能性が高いので一応、念の為、大事を取って、海原先生がこちらに⋯⋯」


「その念押しが逆に怖いんスよ!それに何すかその手に持ってるペットボトルは!」


「これ?経口補水液です。村雨さんに渡すように言われたのでとりあえず一口でも飲んでおいて下さい」


「えー。⋯⋯あ、待ってこれガチなやつだ先パイの目がほん、つめたっ!!ちょっ、腕に押し付けるのやめっ!」


 半強制的に(クーラーボックスの中で保冷されてた)経口補水液のペットボトルを僅かに火照った彼女の腕に押し付けると、文句を言いつつも何だかんだ珠秋はそれを受け取ってくれた。


 やっぱり純粋で良い子なんだろうなと苦笑していると、視界の端で恐る恐るといった感じで経口補水液を一口飲んですぐにキャップを閉めた珠秋が突然隣の夏愛に抱き着いた。


「やだー!うちはまだなーちゃんと一緒にいたいのに歩きたいのに!うわーん!すりすりすりすりすり⋯⋯」


「わっ!た、珠秋さんっ、」


 夏愛は自分の胸元で首を振って全力で頬ずりをし始めた珠秋をどうすればいいのか分からなくなってしまったのか触れそうで触れない微妙な位置で両手をわたわたさせて困惑しているが、そこに嫌がっている素振りは全く無くむしろ全面的に受け入れているように見える。


「⋯⋯、」


 そんな男子禁制感溢れる美少女同士の桃色の空間を遠い目で眺めていた咲希だったが、その楽園の方からなんか「なーちゃんいいにおい⋯⋯ぐへへへへ⋯⋯」とか聞こえて来て思わず身体ごと後ろを向いて目を逸らした。


『あと五分くらいで着くぞ』


「おわッ!?」


 油断も隙も無く唐突にイヤホンから聞こえた優奈の声で心臓がキュッと縮むが、すぐに深呼吸をして心を落ち着けるとそのまま後ろをゆっくりと振り返る。


「海原先生、あと五分くらいで着くそうです」


「「っ!」」


 そう声を掛けると、抱き着いたままの珠秋と抱き着かれたままの夏愛の二人の動きが止まり、二組の視線がこちらに向いた。


「ふぅ、満足満足!」


「⋯⋯っ、」


 ようやく夏愛から離れてゆっくりと息を吐きながら額を拭う珠秋はなんだかつやつやしているし、さっきまで密着された状態で好き放題され続けていた夏愛の方は微妙に頬が上気し心無しか瞳も潤んでいるような気がする。


「⋯⋯、」


 仲睦まじい美少女二人を前に咲希は見た目こそポーカーフェイスを保っているが、内心では頭を抱えてその場でしゃがみ込みたくなるのを必死に我慢していた。


(⋯⋯一体ナニをどうしたらただのじゃれあいでそうなるんだ⋯⋯)


 今まで異性どころかそもそも他人と関わること自体ががほとんど無かった咲希にとって、ここまで距離の近い絡みを見せつけられるのは余りにも刺激が強過ぎる。どうしたらいいのか分からなくなるのだ。


「あそうだクロガネ先パイ」


 今動いたら終わる、と本能的に察してその場に固まっていた咲希の耳に届いた声の方へ視線を向けると、赤みがかった茶髪のショートをさらりと揺らす少女と目が合った。


「まだ時間があるならもう少しお話に付き合ってもらってもいいっスか?聞きたいことがあるんスけど」


「聞きたいこと?僕に答えられることなら何でも」


 普通に了承すると、珠秋は一度こちらの目をじっと見つめてから僅かに口角を上げた。


「⋯⋯。何でも⋯⋯ね。言質はとりました。では、単刀直入に」


 改めてベンチに座り直した珠秋は薄い笑みを浮かべたまま、初夏の日光の下で惜しげもなく晒された乳白色の生脚をわざとらしく組みかえながら言った。


「ぶっちゃけクロガネ先パイはうちのことどう思ってますか?」


「え⋯⋯?」


 一瞬の静寂。


 質問の意味を図りかねた咲希が眉を寄せると、珠秋は小さく笑った。


「ああ、すみません、今のじゃ言葉足らずっスね。正確には──」


 細い指先がゆっくりと持ち上がり、彼女自身の目の辺りでぴたりと止まる。


「うちのこの()と髪の色──灼眼(しゃくがん)と赤髪についてのことっス」

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