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お嬢はやけにぐいぐい来る  作者: 狐白雪
第四章 初夏の訪れ
65/79

65.ウォーキング大会 衝撃!

「く、クロガネ!?」 


「本物っスか本物っスよねその黒髪とメガネと救護の腕章は海原(うなばら)先セが開会式で説明してた救護係のクロガネ先パイで間違いないっス噂はかねがねうちらの学年が入学して一週間くらいの時に食堂でゴミクズのチャラ男二人にナンパされてたなー(・・)ちゃん(・・・)を助けて代わりに裏でボコられたって話題になってた上にその(あと)休日に二人きりでデートしてたって噂が流れて燃えに燃えてた百合(ゆり)(だい)一二を争うお騒がせ名人じゃなくて有名人のクロガネ先パイっスよね今まで人から又聞きすることはあってもこうやって現実(リアル)で会えたのは初めてなんで今めちゃくちゃ興奮してますあそうだ今日はわざわざうちのためにこん」


「ちょっ、ちょっと待った!」


「うぇ?」


 口を挟む暇すらない言葉の猛襲に思わず左手を広げて制止を掛けると、女子中学生はぽかんと口を開けたまま動きを止めた。


 一応あんな状態でもこちらの声はきちんと届いていたのだということが分かって安堵しつつ、頭を切り替えてばらばらに飛んで来た情報を整理する。


(黒髪のクロとメガネのガネでクロガネか、なるほど上手く言ったな。⋯⋯僕が言うのも何だけど)


 とりあえず一番の疑問だった『クロガネ先輩』という呼び名の由来は今の一連の流れで何となく察することが出来たため、ここはもう一歩先の質問をしようと膝に手をつき前屈みになって少女と目線の高さを合わせる。


「⋯⋯?」


 不思議そうにこちらを見つめる真紅の瞳に若干たじろぎつつも咲希(さき)はいつもの笑顔を浮かべて言った。


「どうして君がうちの大学内の出来事を知ってるのかな。君、まだ中学生でしょ?」


 まさか二ヶ月も前のあの時の情報が外部に流出している訳ではないだろうが、こちらからは一切面識のない中学生がこの件──それも限られたごく一部の人しか知らないはずの舞台裏であるゴミ捨て場での顛末(てんまつ)まで──を知っているというのはどうしても不審に思えてしまう。


「⋯⋯中学生」


「ん?」


 耳に届いた小さな呟きに意識を現実に戻すと、何故か目の前の少女の表情がいつの間にか不服そうなものになっていた。


 それに対して咲希が目を(またた)かせた直後、突然目の前の少女が声を上げて立ち上がった。


「うち中学生じゃないんスけど!」


「うわぁっ!?」


 反射的に背筋を伸ばして危うく頭と頭がごっつんこ☆する所だったのをギリギリで回避した咲希が視界を前に向けるが、そこには誰もいなかった。


「!?消え──」


「ここ、ここっス!先パイ!」


「え?あ⋯⋯、」


 どこからか声が聞こえると思って視線を下げると、咲希の下の方──正確には正面──に女子中学生(?)がいた。


 一瞬思考がバグったかと思って焦ったが、少女は今まで座っていたから分からなかっただけでどうやら背が低すぎて立ち上がっても咲希の肩にも及ばないらしく、そのせいで立ち上がった瞬間に姿が消えたように錯覚してしまったらしい。


 確か夏愛(なつめ)が丁度咲希の肩くらいの背丈で百五十センチと少しだったはずなので、それよりも低いこの子は必然的に百四十センチ台ということになる。


「って待って、中学生じゃないって言った⋯⋯?」


 どこからどう見ても少女というかもはや幼女なのだが、確かに言われてみれば身長に不釣り合いなくらいに立派なものをお持ちになっている。


 大きさ的には望冬(みふゆ)と同じかそれ以上のたゆんたゆんをぼんやりと見ていると、少女の隣の方から物凄い冷たい視線という名の殺気を感じて思わずひゅっと息を呑む。


「⋯⋯」


(ち、違うんです、これは⋯⋯とにかく違うんです⋯⋯)


 (まばた)きもせずこちらをじっと見つめる白百合色の瞳に向かって心の中で弁明する。


 下心や邪な心は無かったということだけは信じて貰えるようにと祈りつつ視線を中学生(仮)の方に戻し、話を再開する。


「中学生じゃないってことはまさか、小学生だったり⋯⋯?」


「違うっスね」


「なら高校せ」


「それも違うっスね」


「⋯⋯え?」


 正直小学生は冗談で言ったのだが、本命だった高校生が否定されてしまった。


 咲希のことを先輩と呼ぶということはまず間違いなく年下のはずだが、しかしこの見た目で小学生でも中学生でも高校生でもないという。


(じゃあこの子は一体⋯⋯)


 まさかの事態に思考停止していると、小さなため息とともに再びベンチに腰を下ろした少女から微妙に間延びした声が聞こえた。


「ではヒントを。うちはクロガネ先パイのことをよく知ってます。なんてったって先パイっスからね。⋯⋯これで分かりませんか?」


 そう言った少女は呆れと楽しさを半分ずつ含んだ意地悪そうな笑みを浮かべながら咲希の方を見上げ、その返答を今か今かと待っている。ただしそれが「早くしろ」という言葉をオブラートに包んだものであるというのは何となく分かった。


 ならばさっさと答えなければと思考をフル回転させると、ふと咲希の頭に先ほどの少女の言葉の一部が浮かぶ。


『──うちらの学年が入学して一週間くらいの時に食堂で──⋯⋯』


「⋯⋯あ、」


 思わず声が漏れる。


 だって、これが事実だとすれば自分はこの少女に対して既にとんでもないことを何度もやらかしてしまっているということになるではないか。咲希自身の価値観からしても、到底許される行為ではない。


 揺らぐ心を奮い立たせぎこちなく少女の方へ視線を向けると、静かにこちらを眺めていた綺麗な真紅の瞳に半分ほど瞼のカーテンが降ろされる。


「その顔、気付いたみたいっスね。いいっスよ、答え合わせをしましょう。まずはうちの自己紹介から。⋯⋯うち、こんな見た目なんでよく間違われるんスけど、実は──」


 こほん、と可愛らしい咳払いを挟んでから少女は告白した。今の今までそうだと信じて疑わなかった認識の全てを覆すその一言を。


「今年の三月に高校卒業して今は百合浜(ゆりはま)市立大学人文学部日本文学科の一年生やってます、十八歳の村雨(むらさめ)珠秋(たまき)っス!」


 ⋯⋯⋯⋯。


 沈黙。片目を閉じてばっちりウインクを決めた状態で固まった少女を前に、気付けば咲希は「⋯⋯嘘だ」と半ばうわ言のような声を漏らしていた。


「⋯⋯はぁ、」


 少女は一度両目を閉じ、息を吐いてから改めて口を開いた。


「残念ながら事実なんスよね。どうっスかクロガネ先パイ、身体はロリでも中身は女子(J)大生(D)なんで手を出しても大丈夫な正真正銘の合法ロリっスよ?(たぎ)りませんか?」


「たぎっ、何が!?」


「ちなみに胸はEカップなんで合法ロリ巨にゅむぅっ!?」


「珠秋さん」


 そこで不自然に少女の言葉が途切れたと思ったら、やや間をおいてから子供を諭すような優しい声が聴こえた。


「それ以上はだめですよ。先輩困ってますから。それよりも早く怪我したところをきちんと診てもらいましょう。⋯⋯ね?」


「⋯⋯、」


 珠秋は横から自分の口を塞ぐ夏愛の方を見上げて抗議の視線を送っていたが、やがて諦めたのか渋々といった感じでこくりと頷いた。


 それを確認した夏愛は次に咲希の方に視線を向けると申し訳なさそうに眉を下げて言った。


「すみません先輩、貴重な時間なのに。この子歩いてる途中にこけて膝を打ってしまって⋯⋯。できる範囲で応急手当はしたんですけど、ちょっと足取りが怪しかったのでここまで連れてきて海原(うなばら)先生の方に連絡させて頂きました。念のため診てもらえますか?」


「⋯⋯」


「⋯⋯河館(かわだて)先輩?」


「っ!あっ、はい!分かりました!⋯⋯し、失礼します⋯⋯」


 夏愛の呼びかけに遅れて反応した咲希は慌てて膝を折ってしゃがみ込むと、正面に座る珠秋の脚の怪我を確認する振りをして顔を俯かせた。


(⋯⋯初めて名字+先輩呼びされたな⋯⋯いつもは『咲希くん』って名前呼びだったからとっさに反応出来なかった⋯⋯。そういえば一年生⋯⋯後輩だっけ)


 見た目こそ少女と表現しても全く違和感のない夏愛だが、人格というか人柄というか、とにかく内面の部分がかなり大人びているせいでつい年下だということを忘れそうになってしまう。


 普段から名前で呼ばれているというのも要因のひとつであるだろうが、どちらかというと咲希は夏愛のことを少女というよりは同い年かそれ以上の女性として認識しているため、そんな彼女に今更先輩と呼ばれるのは何と言うか落ち着かない。語彙力を放棄して感想を述べるなら、すごく破壊力がやばい。


 ⋯⋯とは言っても、他に人がいる外では出来れば名前呼びはやめて欲しい、という条件を付けたのは咲希の方だ。


 距離感的にお互いかなり親しそうな同性である珠秋の前でもそれを守ってくれていると考えれば文句は言えないどころかむしろ最大限の感謝をするべきだろう。


 そんなことをもやもや考えていると、上の方から「あれ〜?」という笑みを含んだ幼い声が聞こえて来た。


「どうしたんスかクロガネ先パイ、そんな難しい顔しながらうちの脚をじっと見つめて。⋯⋯あ、もしかして脚フェチってやつっスか?ロリ特有のむっちりした柔らかい生脚をこんな至近距離で見れて興奮してるんスね!」


「ごふっ、!?なっ何をっ、ちっちが違いますッ!!」


「わぁ必死。というかどうして急に敬語に?⋯⋯まぁいいや。その必死の否定は興奮しているという部分に対して?それとも脚フェチに対して?」


「両方違うッ!!」


「あははっ!こわーい」


「かっ、完全に棒読み⋯⋯」


 ただでさえどこからツッコめば良いのか分からなかったものがとうとう追い付かなくなり、咲希はもう力無く声を漏らすしか無かった。


 さっきまでは子供だと思って油断していたが、まさかの大学一年生だと判明したこの少女、思ったよりもキャラがめちゃくちゃ濃い。


 別に先輩面するつもりもないが、珠秋は咲希を先輩と呼びながらもそこに世間一般の後輩が先輩に対して抱くような敬意や憧れみたいなものは微塵も無く、むしろ単純に爆弾発言と遜色ない言動を繰り返してその都度こちらの反応を楽しんでいるように思えてしまう。


「⋯⋯、」


(⋯⋯はっ!?)


 息つく暇も無くなんかまた横からジト目が向けられているような気がして背筋が凍るが、十中八九さっきの脚フェチの流れを否定したことに対するものであるため気付かない振りをして今度こそ珠秋の怪我の方に集中する。


 珠秋の脚は身長に比例してとても細く同時にむっちりしているという不思議なものだったが、見れば右側の膝に正方形の絆創膏が貼ってあった。


 先ほど夏愛が言っていた通りなら転倒時にここを打ってそれを応急手当した結果がこれということなのだろうが、絆創膏越しに見た感じは出血もあまり無く少し患部が腫れている程度でそこまで大きな怪我ではないように思える。


 本音を言えば直接傷の状態を確認しておきたいがそのためだけに一度貼られた絆創膏を剥がすというのは珠秋への負担が大きいため今回は断念する。


 ただしこれに関しては大丈夫だ、以前咲希が手の平に怪我をしていることが夏愛にバレた時に彼女は自分のバッグから消毒液や絆創膏などの医療品が入ったポーチを取り出して傷の手当をしてくれたという経験があるため恐らく今回も心配はないだろう。


 珠秋は少し前に普通に立ち上がっていたため歩けないということも無いだろうが、腫れがあるのは間違いないため咲希は背負っていたリュックを下ろしてファスナーを開き、一番底の部分にある箱の蓋に手を伸ばした。


 ──だから咲希は気付かなかったのかもしれない。その時自分の頭上で起きていたことに。


「あれ⋯⋯?」


 (こぼ)れたのは少女の声。


 何を思ったのか、珠秋は自分の足元でリュックを漁る咲希の方にそっと顔を寄せると首を傾げて呟いた。


「どうしてクロガネ先パイからなーちゃんの匂いがするんスか?」

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