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お嬢はやけにぐいぐい来る  作者: 狐白雪
第四章 初夏の訪れ
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64.ウォーキング大会 急行!

「ぐへっ」


 そのまま後ろに倒れた咲希(さき)は派手に尻もちをつき、背負っていたリュックに上体を支えられるような形で空に伸びるそれを見上げた。


「うー⋯⋯電柱⋯⋯」


 視界の中央に映る灰色の柱に向かってそう呟く。どうやら歩きながら考え事をしていたせいで道の先にあった電柱に気付かず正面衝突してしまったらしい。


 人の多い市街地から比較的閑静な住宅街に入りかけていたため不特定多数の他人に見られるような事態は避けられたようだが、一人だけ例外がいた。


「なーにやっとんじゃ⋯⋯大丈夫か、サッキー?」


 若干笑いを堪えつつも心配そうにこちらを覗き込んで来る傍武(はたけ)には「だいじょうぶ⋯⋯めがねはぶじ⋯⋯」とくらくらする頭のまま軽く手を振って返しておく。 


 徒歩だった上に俯きがちだったせいかお陰か衝撃の大部分は額に集中したようで幸い眼鏡は無事だった。直撃した額の方も切れたり擦りむいたりはしておらず、精々打撲だけで済んだらしい。


 ちなみにこれは余談だが眼鏡に大きな衝撃が加わると鼻当ての部分がめり込んでめちゃくちゃ痛い思いをすることがあるため、眼鏡ではなく体の方に当たった今回のケースは実は不幸中の幸いだったりする。


 ⋯⋯まぁ、どのみち痛いのには変わりないのだが。


「いや、眼鏡じゃのうてサッキーの心配なんじゃけど。別に眼鏡くらい壊れてもすぐ新しいの渡せるけん俺は全然気にせんで?」


「だとしても貰い物は出来るだけ大事にしたいんだよ」


 当然のことのように咲希がそう呟いた直後、沈黙が訪れた。


 不思議に思って傍武を見ると、そこにはあんぐりと口を開けたまま固まった金髪糸目がいた。


「ショー?」


「⋯⋯がデレた⋯⋯」


「⋯⋯は?」


「サッキーがデレたッ!!」


「はぁ!?」


 突然の大声に一瞬驚くと同時にこれは不味(まず)い流れだと判断した咲希は、慌てて重いリュックの肩紐から抜け出し立ち上がる。


「うっ、うるさいっ!デレてなんかないし!!僕はただ思ったことを言っただけで⋯⋯ってまたその顔かよどういう感情なんだよっ!?」


 何とも言えないウザイ表情を浮かべる傍武に対して弁明を続けた咲希だったが、どれだけ説明しても傍武は「そうかそうか〜あくまでもサッキーはデレてないと思っとるんじゃな〜」と言いながらニヤニヤするだけで全く話を聞いてくれなかった。


 傍武とわちゃわちゃすること約一分、咲希はふと自分のポケットの中で何かが鳴っていることに気付いて動きを止めた。


「ごめん電話、一旦ストップ。⋯⋯げ、優奈(ゆうな)先生だ⋯⋯」


 一応傍武に断ってからスマホを取り出し画面を見たのだが、そこに表示されていた『優奈先生』という名前に思わず顔をしかめてしまう。


 とはいえ出ない訳にもいかないため仕方なく、渋々、通話ボタンを押した。


「もしもし⋯⋯河館です。何の用でしょうか」


『何の用か、だと?こちらからの呼び出しを散々無視した挙句、こうして電話を掛けてみればその反応か。よくもまあそんな事が言えるなぁ、キー坊』


 開口一番なんか物凄い低い声が飛んで来た。


 一瞬間違い電話かと思って耳からスマホを離してもう一度画面を確認してみたが、そこに表記されていたのはやはり『優奈先生』という四文字。残念ながら電話を掛ける相手を間違えているという訳では無いようだ。


「えっと、もしかして僕、また何かやっちゃいました⋯⋯?」


 ならば何故優奈は怒っているのだろうかと思ってそう尋ねると、呆れたようなため息混じりの声が返ってきた。


『ふざけるのもいいが与えられた役目はしっかり果たせよ。お前、私が事前に渡しておいた通信機着けてないだろ』


「通信機器?⋯⋯あっ、」


 優奈の指摘に嫌な汗が頬を伝う。


 今の今まで忘れていたが、実はスポーツウェアとはまた別で優奈から支給されたものがあったのだ。


 急いでリュックの外側のファスナーを開き中から手の平サイズの箱を取り出すと、更にその箱の中からスポンジの緩衝材に包まれた数センチほどの機械を取り出して左耳に装着する。


 そして側面の小さなボタンを押すとピッという機械音とともにそれが起動した。


「⋯⋯完っ全に忘れてました。今電源入れたので──⋯⋯ってあれ、切れてる⋯⋯?」


 ()いた右耳にスマホを当ててそう謝罪したのだが、反応が無いと思ったら優奈の方から通話がぶち切られていた。


『普通忘れないだろうそんなこと』


「うわぁっ!」


 通話は切れたと思っていたのにスマホではなく左耳から聞こえた優奈の声にドキリと心臓が跳ねる。


 無意識に左耳に手を当てると、くぐもった笑い声の後に得意げな声が聞こえて来た。


『よし、その反応からしてこちらの声は問題なく聞こえているようだな。どうだ?無線通信専用イヤホンマイクの使用感は』


「⋯⋯悪くは無い⋯⋯です。とりあえず両手は自由に使えますね」


 つい先ほど咲希が左耳に装着したワイヤレスイヤホンは優奈から支給された無線通信機だ。


 携帯電話の回線を利用しているとか何とかで距離に関係なく通信出来るのが一番の強みらしいが、そういう機械系は完全に専門外の咲希には半分も理解出来なかった。


『そうか、それは良かった。⋯⋯だがなキー坊、こちらからの連絡は全てそのイヤホンを介して行うと言っただろう?敬虔(けいけん)な参加者のためにも少なくとも大会が終わるまではそのまま付けておけ』


「敬虔って⋯⋯それにそこまで言わなくても分かってますよ。⋯⋯で、肝心の傷病者はどこにいるんですか?まさか用も無いのに電話なんて掛けて来ませんよね」


『当然だ。⋯⋯そもそもお前がお喋りに興じている間もずっと呼び掛けていたんだが⋯⋯着けていなかったのなら仕方ないな。というか今はとにかくスマホの方に送った位置情報を確認してそこに向かってくれ。それがお前の仕事なんだからな』


「了解」


『あぁ、一応言っておくが多分面白いことになるぞ?』


「面白い⋯⋯?」


 そこで連絡は終わったらしく、イヤホンからは何も聞こえなくなった。


「遂に出番か、救護係」


 咲希がスマホに送られた地図を見て目的地を確認していると、優奈との通信の間もわざわざ待っていてくれたらしい傍武がそう声を掛けて来た。


「全然嬉しくないけどな。⋯⋯本当は出番なんてない方が良いんだよ、こういうのは」


 咲希に呼び出しがかかったということはどこかで怪我をしたか体調不良になった人がいるということだ。本当は一度も呼ばれずにこの必要を終えたかったが、そう上手くはいかないらしい。


「とにかく僕はすぐに行かないといけないから、ショーとはここでお別れだな」


「そうじゃな。ほれリュック背負(しょ)って──って重ッ!!?何入れたらこんな重くなるんってかサッキーこれ背負って二十キロも歩くつもりなんかもう軍隊じゃがん死ぬぞ!?」


 咲希が足元に下ろしていたリュックを持ち上げようとしたらしい傍武は肩紐に手を掛けたまま驚いたように目を見開いてそう言ってきた。

 

 咲希は「いや、死ぬ訳無いだろ⋯⋯」と呟いてから自分でリュックを背負って言った。


「必要なものを色々入れたらこうなっただけだし重さは精々十キロくらいだよ。高校時代のスクールバッグよりは軽い」


「⋯⋯それもどうなん⋯⋯十キロて」





 このウォーキング大会は道中のゴミを拾いながら二十キロメートルの距離を歩くイベントだが、もちろん完全に自由に歩けば良いという訳ではなくルールのひとつとして百合浜(ゆりはま)市立大学から五キロ地点、十キロ地点、十五キロ地点の計三ヶ所のチェックポイントを訪れてスタンプを集めるという決まりがある。


 逆に言えばチェックポイントさえ訪れればどこを通っても良いということなのだが、咲希が優奈から受け取った位置情報も二十キロの最短ルートとなるコースとは少し外れていた。


「あの公園か⋯⋯」


 現在の時刻は午前十時を回った所。


 救護係の特権で第一チェックポイントを素通りし、更にそこから一キロほど進んだ所で目的地が見えて来た。


 元々は白色だったのだろうが所々塗装が剥がれて錆びてしまった柵を周り込んで入口から足を踏み入れると、すぐに小さな公園の端っこに置かれたベンチに腰掛けた二人組を発見した。


 ここまで二キロほど走って来たことで荒れた呼吸を落ち着けつつ左肩に付けた『救護』の腕章の角度を再度確認してから声を張り上げる。


「救護係の河館(かわだて)です!連絡を受けて来ま⋯⋯っ」


 遠目で見た感じどちらも女性と思われるため不用意には近付かずそのまま離れた位置から声を掛けたのだが、全てを言い終わる前に咲希の表情が固まった。


 ベンチには二人の少女がいた。


 一人は半袖のシャツとハーフパンツのスポーツウェアという見るからに元気そうで比較的露出の多い中学生らしき小柄な体躯の少女。ただしある部分だけが他とは不釣り合いに大きく、その存在をでかでかと主張している。


 もう一人は長袖長ズボンのジャージというこの時期にしては少し暑そうな格好をした少女で、こちらはすとんとまではいかないがかなり控えめなようで少し小柄な身長も相まって全体的な外見は高校生くらいに見える。


 前者は赤みがかった茶髪のショートヘアで、後者は艶のある黒髪をひとつにまとめたポニーテール。


 瞳の色はそれぞれ燃えるような真紅と透き通るような白百合色。


 何だかやけに目を輝かせてこちらを見ている中学生の方は分からないが、もう一人の方には見覚えがあった。


 見覚えがあるというか、夏愛だった。


(⋯⋯デジャヴ)


 普段と髪型が違ったため顔と名前を一致させるのに若干手間取ったがあの特徴的な色の瞳と睫毛を持つ人はそうそういるものではない。


「〜〜!⋯⋯!!」


 てくてすと歩を進めていた咲希が互いの表情まではっきりと見えるくらいの距離に到達すると夏愛の隣に座っていた女子中学生の右手がゆっくりと上がり、そのまま咲希の方を指差して口をぱくぱくさせ始めた。


 その真紅の瞳は先ほどまでより輝きを増した上で更に驚愕の色を加えて見開かれている。


「⋯⋯?」


 いつもの笑顔を貼り付けた咲希が首を傾げた瞬間、小さな口から「くっ、」という声が漏れたのをきっかけに少女の周囲に漂っていたきらきらオーラが臨界点を超えた。


「クロガネ先パイだああああああああああああああッッッッッ!!!!!!!!!?」

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