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お嬢はやけにぐいぐい来る  作者: 狐白雪
第一章 出会いと困惑
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06.迷子になったのは

 駅から徒歩三分の場所にあるショッピングモールは百合浜(ゆりはま)市最大の複合商業施設だ。


 五階建てのビルの中にはスーパーマーケットからレストラン等の飲食店、ゲームセンター等の娯楽施設までいくつもの専門店が並んでおり、全て周ろうとするとそれだけで一日が終わりそうなほどの店舗数を誇っている。


 その分人も多く、夏休みでも無いのに人で埋め尽くされた通路をなんとか抜けた咲希は膝に手をついて深呼吸していた。


「はぁ⋯⋯何でこんなに人が⋯⋯」


 そこまで頻繁に来ている訳では無いのだが、心做しか前回訪れた時の三割増しくらいになっている気がする。 


神原(みはら)さん、大丈夫ですか?」


 咲希ですらこの状態なのだ。華奢な女性である夏愛(なつめ)はもっと疲れているかもしれない。


 そう思って声をかけたつもりだったのだが、いくら待っても返事は無かった。


「あれ⋯⋯?」


 今更異変に気づき辺りを見回すが、いない。先程まで前を歩いていたはずの夏愛が姿を消していた。


「⋯⋯迷子か⋯⋯」


 この場合は主にしっかりとエスコートしなかった咲希が全面的に悪いのだが、本人にはそんな自覚は無かった。


 とりあえず迷子になった夏愛を探すのが先だと判断しスマホを取り出すが、連絡先を知らないということを思い出し仕方なくモール内のマップを頼りにある場所へ向かう。





「⋯⋯⋯⋯」


 ということで総合案内所にやってきたのだが、そこには先客がいた。


「その、黒色の短髪で、眼鏡をかけてる⋯⋯はい、ついさっきまで一緒にいたんですけど⋯⋯」


 若い女性のスタッフさんに向かって熱心に何かを説明しているのは黒髪の少女──夏愛だった。


「いえ、ふざけている訳では無くて、本当に居なくなってしまって⋯⋯」


 その表情は真剣で、対応しているスタッフさんの方は苦笑を浮かべていた。


 何故なら夏愛が探しているのは今年20歳になる大学2年生の男なのだ。それはふざけているようにも思われるだろう。


 このままではいずれ全体にアナウンスされてしまいそうだったため慌てて声をかける。


「あの、もしもし神原さん⋯⋯?」


 その言葉に夏愛の体がぴくりと揺れ、ゆっくりとこちらを振り返った。


「⋯⋯⋯⋯」


「⋯⋯⋯⋯」


河館(かわだて)さん」


「はい」


「どこ行ってたんですか?勝手にいなくなられては困ります」


 さも当然のように、しかも真顔で言われてしまった。


 「それはこっちの台詞だ」と言おうか迷ったが、無駄に話をややこしくするだけだと思い結局何も言うことが出来なかった。


 代わりに謝罪の意を込めて夏愛に向かってぺこりと頭を下げると、スタッフさんの「よそでやれ」と言いたげな視線が横から突き刺さっていることに気き慌ててそちらにも頭を下げ、夏愛の手を引いてその場から離れた。





「すみませんでした」


 エレベーターの脇にある、他に比べて人が少ない階段の前でようやく一息ついた咲希は再び謝罪の言葉を口にしていた。


「突然触るのはマナー違反です」


 正面には咲希に掴まれた右手を胸の前でさすりながら呆れたように半目でこちらを見る夏愛がいる。


「せめて一言断ってください」


「はい⋯⋯もう二度としません」


 先程の一件で、やむを得なかったとはいえ咲希は夏愛の手を握ってここまで連れて来てしまった。


 全然親しくもない男にいきなり触れられた夏愛はおそらくかなり不快だったはずだ。にも関わらずその手を振り払わずに着いて来てくれた上に、今も会話をしてくれているのは単に夏愛が優しすぎるからだと思われる。


 駅前で余計なことをしないと決心したというのに、あっという間にやらかしてしまっているではないか。


 情けなさと申し訳なさで自己嫌悪に陥っていると、夏愛は小さくため息を吐いてから後ろの階段の方に体を向けた。


「分かったならいいです。次からは気をつけてくださいね。ほら、いつまでも落ち込んでないで顔を上げてください。書店は三階なんですから早く行きますよ」


「ぇ⋯⋯?」


「また迷子になりたいんですか?」


 まさか許されるとは思っておらず予想外の言葉に動けずにいると、先に階段を数段上った夏愛が僅かに頬を膨らませてこちら見下ろしていたため無理やり脚を動かす。


「あの、神原さん⋯⋯」


 すぐ後ろに追いつき、声をかける。


「なんですか」


 先を歩く夏愛の顔は見えず、声には若干怒気のようなものが含まれている気がするが、少なくともこちらの言葉を無視をするほど怒ってはいないらしい。


「⋯⋯いや、やっぱりなんでも⋯⋯」


「⋯⋯⋯⋯」


 過度な謝罪は逆に相手の機嫌を損ねる。それは経験で知っているため、喉まで出かかった言葉を無理やり飲み込む。


 階段は人々の熱気が無い分ひんやりしており、人で埋め尽くされたフロア内の喧騒が遠くに聞こえる。


「⋯⋯⋯⋯」


 かつんこつんという自分達の足音だけが響く中、申し訳ない、と心の中でもう一度だけ謝罪した。

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