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お嬢はやけにぐいぐい来る  作者: 狐白雪
第四章 初夏の訪れ
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58.気持ちの良い目覚め⋯⋯?

 何だかやけに鼻がくすぐったいと思って瞼を持ち上げると、見慣れた天井よりも先に視界を塞ぐ何かが目に入った。


 ただ日没したのか部屋は暗くなっている上に眼鏡が無くてよく見えないためそれが何か分からず、目をぎゅっと絞って何とかピントを合わせる。


「⋯⋯⋯⋯、」


 その瞬間、咲希(さき)は音もなく床に転がり落ちた。


「〜〜〜ッッ!!!」


 咄嗟に両手で口を塞ぎ、漏れそうになった声を必死に押し殺す。


 ソファとテーブルの隙間に落下したのだが、そこにあったあるものを避けるように無理に身体を捻ったせいで受け身に失敗し、微妙に強打した肘の辺りの痛みに呻きつつも起き上がる。


(⋯⋯び、びっくりした⋯⋯何とか避けられたけど、危うく足を下敷きにする所だった⋯⋯)


 事故を防ぐことが出来てほっと安堵すると共に、テーブルの上に置かれていた眼鏡を見つけて掛け直すと改めて先程までいたソファの方へ視線を向ける。


(またぐっすり眠ってるな⋯⋯)


 そこには咲希を膝枕した状態のまま寝落ちしてしまったらしく、すやすやと寝息をたてる夏愛(なつめ)の姿があった。


(あぁ、なるほど⋯⋯髪か)


 そこでようやく理解したのは目が覚めた時のあのくすぐったさのこと。どうやらあれは夏愛の意識が落ちて首が前に傾いたことで流れ落ちてきた彼女の綺麗な長い髪が咲希の顔に当たっていたことが原因だったようだ


 とりあえず寝起きでこのテンションはきついので一息つこうとしたのだが、ふと視界に入ったものに目を見開く。


(じゅっ、十九時⋯⋯!?二時間以上あのまま寝て⋯⋯っ!?)


 色々と呆然としながら壁に掛けられた時計から夏愛の方へ視線を滑らせる。


(律儀というか何と言うか⋯⋯別に三十分くらいで起こしてくれて良かったのに)


 はなから責めるつもりなど微塵も無いが、まさか咲希が自然に目を覚ますまで膝枕をし続けてくれるとは思わなかった。二時間も動けなければ寝てしまっても仕方ないだろう。


(それよりも、日が暮れたせいかちょっと寒いな⋯⋯)


 涼しいのに越したことはないが夏服だと微妙に肌寒く感じたため、ぐっすりと眠っている夏愛を起こさないように気を付けつつリモコンを操作して冷房を止める。


(本当はブランケットとかあれば良かったんだけど⋯⋯って、あぶな──っ!)


 息つく暇もなく、いきなり目の前の夏愛の身体がぐらりと前のめりに(かし)いだ。


 咄嗟に両手で肩を支えたため事なきを得たと思ったのだが、残念ながらそれでは事態は解決しなかった。


 ソファの背にもたれられるように華奢な肩を押してみるのだが、意外と猫背なのかはたまた膝の上の咲希という支えを失ったせいか、何度やっても上手くいかない。すぐに身体が前に倒れてきてしまうのだ。


(えぇ⋯⋯まだ起きない⋯⋯?な、何か支え⋯⋯いいサイズの──あ、)


 明かりの無い中あちこちを見回すと、帰って来てからずっとテーブルの下に放ったらかしにしていたビニール袋が目に入る。


 精一杯腕を伸ばして袋を引き寄せ中に入っていたものを取り出すと、それを夏愛の膝と上体の間に挟み込む。


 慎重に手を離し、しばらくしても倒れないのを確認してからゆっくりと息を吐く。


(な、何とか安定した⋯⋯タグとか付けっぱなしだけどとりあえずこれでよし⋯⋯)


 予想通り支えとしての役割を全うしてくれたベージュのクッション(新品・未使用)に感謝しようとしたのだが、計らずとも細い両腕に抱きしめられる形となったそれに何とも言えない気持ちになる。


(⋯⋯⋯⋯、いや僕の方が先に抱きしめられたし?⋯⋯あくまでも医療行為だったけど)


 熱でダウンして夏愛に看病してもらった時にあった出来事を思い出すが、生物ですらないクッションと何を張り合おうとしているんだと苦笑する。


「ん⋯⋯?」


 その時ぴくりと顔を上げた咲希は一度辺りを見回して首を傾げた。


(今⋯⋯一瞬だけ視線を感じたような⋯⋯?)


 とは言ってもここは自宅のリビング。ここにいるのは二人だけだ。内訳は一人が咲希、あと一人が──。


「じー⋯⋯っ」


「⋯⋯⋯⋯」


 目の前でソファの上におわしますお嬢様をじっと見つめてみるが依然眠っているようで、動きといえば呼吸に合わせて肩がゆっくり上下している程度だけであり、当然そこにも意志は感じられない。


「⋯⋯気のせいか」


 そう結論付けて膝立ちの状態から立ち上がると、少し歩いてダイニングテーブルからある物を手に取って言い放つ。


「いいや気のせいじゃないッ!!」


 短い電子音と同時に部屋が明るく照らされた瞬間、ソファの方から「きゃっ」と小さな声が聞こえてきた。


「⋯⋯いつから起きてたんですかねぇ」


 照明のリモコンを弄びながら半目と棒読みでそう呟くと、若干涙目になった夏愛がくるりとこちらを振り返った。


「え、えっと⋯⋯咲希くんが床に転がり落ちたあたりから⋯⋯?」


「もうそれ最初からじゃん!!?」


 恥ずかしさやら何やらで頭を抱えると、すぐに慌てたような声が届く。


「だ、大丈夫ですよ!その辺のことは記憶が曖昧というか、私寝起き悪いので最初は意識ぼんやりしてて、それがはっきりしたのはついさっきというか!ぜ、全然覚えてないので大丈夫です!」


「⋯⋯そっすか⋯⋯」


 「大丈夫って二回言ったし落ちたこと覚えてるやないか」とエセ関西弁でツッコミたくなったが、精一杯フォローしてくれたのだということは分かるためあえて素っ気なく返して腕を解く。


「⋯⋯⋯⋯」


 会話が途切れて何とも言えない空気が流れ始めてしまったためとりあえず後頭部を掻きながら話を修正する。


「ええと。かなりの時間を費やしてもらったみたいで⋯⋯だいぶ遅くなってしまってすみません。もう外も暗いので家まで送らせて下さい。⋯⋯前回の事もあるので」


 余計な一言かもしれないとも思ったが、夏愛は以前、大丈夫と言って一人で帰したら案の定大丈夫じゃなかった前科があるためここはどうしても譲れないのだ。


 夏愛は何と返答するのか迷ったのか、数秒口をもごもごと動かしてから言った。


「あ⋯⋯ありがたいんですけど、今はちょっと、それができないというか⋯⋯」


「え⋯⋯何か問題が?」


「も、問題というか⋯⋯」


「⋯⋯?」


 何故か歯切れが悪くソファの上でずっとわたわたとしている夏愛を不思議に思い、彼女の様子がよく見えるようにソファの前側まで移動する。


「あわわわわ⋯⋯」


「⋯⋯⋯⋯」


 周って来た咲希の視線を遮るように、抱えていたクッションで口許(くちもと)を隠した夏愛に咲希は思わずため息をつく。


 あくまでも彼女には気付かれないくらい小さいものではあるが、その理由は少し違った。


(⋯⋯そういう仕草、いい加減やめて欲しいんだけど)


 見た目こそポーカーフェイスを保っている咲希だが、その実内心はかなり動揺していた。具体的には両目を覆ってその場に(うずくま)ってしまいたくなるくらいに。


 だって仕方がないだろう、ソファの上にちょこんと座った夏愛が両手で抱いたクッションに顔を半分ほど(うず)めて上目遣いでこちらを見ているのだ。


 可愛らしいというか愛らしいというか、年下なのに普段から落ち着いていて大人っぽい分、こうやって年相応かそれよりも幼い子供のような部分を見せられると耐性の無い咲希にとっては色々とダメージがでかい。


 所謂(いわゆる)ギャップ萌えというやつなのかもしれないと思いつつ、誤解を防ぐために弁明する。


「様子がおかしかったから気になっただけで、別に何かおかしな事をしようと近付いた訳では」


「そ、その心配はしてません。ただ⋯⋯えっと、全然気にしなくていいんですけどね⋯⋯?その⋯⋯脚が⋯⋯」


「脚?」


 そう言われて何も考えずに薄いタイツに包まれた彼女のおみ足に視線を集中させると、すぐにもじ、と膝が寄せられた。


「⋯⋯っ」


「あ⋯⋯」


 恥ずかしさからか頬を染めた夏愛が隠れるように更にクッションに顔を埋めたのが見えた瞬間、咲希は即座に頭を下げた。


「す、すみません!女性の脚を凝視するなんてどう考えてもマナー違反ですよね本当に申し訳ない!」


 完全にやらかした。どんな罵倒でも受け入れる気でいたのだが、やはり夏愛は夏愛だった。


「⋯⋯そう誘導したのは私の方ですし脚を見たことに関しては今更なのでいいですけど⋯⋯。もう、いい加減顔を上げてください。怒ってませんし謝るようなことでも無いですから」


「⋯⋯」


「⋯⋯それに、咲希くんになら見られても不快じゃないので⋯⋯」


「え」


「⋯⋯え?」


 その言葉に顔を上げると、ぽかんとした白百合色の瞳と目が合う。


 見つめ合うこと約三秒、夏愛の顔が一気に真っ赤に燃えた。


「あれっ、声に⋯⋯?っい、今のなし!忘れてくださっ──〜〜ッッ⋯⋯!!」


 焦った彼女が立ち上がろうと腰を浮かせた瞬間、不自然にその脚が脱力し、バランスを崩した。


 ソファに尻もちをつくように倒れると同時に、はずみで抱えていたクッションが手から離れて床に転がる。

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