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お嬢はやけにぐいぐい来る  作者: 狐白雪
第四章 初夏の訪れ
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55.抱え込んだもの

「⋯⋯聞いても面白い話ではないというか、情けない話なので軽く聞き流してほしいんですけど⋯⋯」


 こちらの重い話で彼女の気分を害してしまわないように前置きとしてそんな予防線を張った上で説明をする。


「実は、病院で怪我を診てもらった医師に言われたのは、この指の怪我の具合だけじゃないんです。別でもうひとつ⋯⋯自傷を疑われました」


「⋯⋯っ」


 彼女自身薄々察していたとは思うのだが、それでも小さく息を呑んでしまったのはおそらく頭の中だけにあった言葉が実際に形となって咲希(さき)本人の口から出て来たからだろう。


 視線を落としてしまった夏愛(なつめ)に軽く笑いかける。


「まぁ疑われたというか事実その通りなので否定出来ないんですよね。いやー失敗失敗」


「⋯⋯そうやってまた、隠すんですか?まだ、その話は終わってませんよね」


「⋯⋯⋯⋯えーっと、」


 ほんの少しの嘘をついただけなのに思いのほか強烈なカウンターが返って来た事に真顔になると同時に、諦めのため息をつく。


「⋯⋯今回の指の傷は自分で噛んで出来たもの、その前の手の平の傷は自分の爪が食い込んで出来たもの⋯⋯。強いストレスから来ているんじゃないかって、心療内科を勧められました」


「⋯⋯勧められて、その後は」


「付き添いもいる手前断る事も出来なかったので、その日の内にカウンセリングを」


 あの日は傍武(はたけ)の付き添いもとい監視があったため、普段なら絶対に拒否する自信のあるカウンセリングを渋々とはいえ受けて来たのだ。


「⋯⋯その、結果は⋯⋯?」


 おずおずとそう尋ねて来る夏愛に、つい苦笑いを浮かべてしまう。


「現状最も可能性が高いのが軽度のうつ病。⋯⋯といっても本当に軽度なので少し気分が落ち込んだり無気力になったりするくらいで特に実害は無いみたいです。感情の部分なら気合いでどうにでも出来るので、全然気にしなくてもいいですよ」


「⋯⋯ない」


「⋯⋯え?」


「いいわけないっ!!」


「っ!?」


 咲希の声を遮るようにして放たれた大声に驚きつつ隣を見ると、悲しみとも怒りともとれる表情を浮かべた夏愛と視線がぶつかる。


「⋯⋯⋯⋯」


 どうして夏愛がそんな顔をするのかが分からず言葉に詰まっていると、彼女は大きく息を吸って一気に捲し立てた。


「あんな重大なことを隠しておきながら、気にしないでいい?⋯⋯ふざけないでください!そんなのっ、気にしないわけないじゃないですか!⋯⋯今日の咲希くんが元気に振舞ってたのも、笑ってたのも、全部無理して張った虚勢だってことは分かってます⋯⋯!それが、周りに心配をかけないためだってことも⋯⋯。本当は辛いはずなのに、誰かに助けて欲しいはずなのに⋯⋯それを全部、自分一人で抱え込んで⋯⋯っ」


 途中で迷いが出たのか、最初は確実にあった勢いが後半につれて弱くなって行き、遂には消え入るような声になってまで紡がれたその言葉に咲希は目を見開き、そして自嘲するように呟いた。


「⋯⋯ずっと、そうやって生きて来たので──」


 その瞬間、であった。


 二の腕を掴まれるような弱い衝撃があったと思った直後、気付けば視界が横向きになっていた。


 頭の下には柔らかい感覚。


「⋯⋯⋯⋯?」


 これは何なのだろうか。今まで体験したことの無い、柔らかくて温かいこの感覚。


 敢えて言うなればまるで──。


(ひざまく──)


 数秒掛けてようやく今の状況を理解した咲希の頭が一気に爆発する。


「なっ!?ちょ、えっ⋯⋯えっ!?」


 慌てて起き上がろうとした咲希の肩が何者かによってぐっと押さえられ、再びその位置に戻される。


「こら。暴れちゃ駄目ですよ」


 寝返りを打つように振り返って声のした方を見上げると、気温が上がって中に着ていたものを減らしたのか、元々控えめだが気持ちいつもより存在を主張するそれの向こうから、つんとした表情でこちらをじっと見る夏愛と目が合った。


「⋯⋯⋯⋯はっ、」


 嘆息する。このまま直視し続けていると色んな意味でまずいと思い、しれっと視線を外して振り返る前の体勢に戻りつつ言葉を失っていると、そんな咲希の頬に細い指が押し付けられる。


「な、なにを⋯⋯」


 顔を逸らしたままそう尋ねると、痛くない程度にその指が更にぐりぐりと動かされる。


「⋯⋯どれだけ無理をしてでも他人に手を伸ばすくせに、自分のことになると周りの言葉を全部跳ね除けて、いつまで経っても目の前に差し伸べられた手に気付かない悪い子にはお仕置きです」


「お、お仕置き⋯⋯?」


「はい」


 隣に座っていた咲希の身体を横から引っ張り倒して出来上がったこの膝枕だが、実行犯である夏愛からするとどうやらこれはお仕置きの部類に入るようだ。


 未知の温もり体験中の咲希からするとどう考えても完全に至福のご褒美なのだが、夏愛の感覚では違うらしい。


(⋯⋯いや、そこじゃなくて!そもそもがおかしい、どうして僕は膝枕されて⋯⋯ッ!?)


 駄目だと分かっているのに、そう考えるとどうしても意識してしまう。


 夏愛の脚はかなりほっそりとしているため最初に膝枕を提案された時は折れそうで怖かったのだが、余分な脂肪の無い引き締まった脚には特有の柔らかい弾力があるようで、今まさにこちらの頭をしっかりと支えてくれている。


 それに加え体温が低いと言っていた彼女の膝、というかふとももの部分は人並みに温かいらしく、触れている部分からじんわりと伝わる熱が自然と眠気を誘って来るのだ。


 しかもここに来るまでにシャワーを浴びていたらしく、シャボンとシャンプーの香りに加えて彼女自身の優しい香りに包まれ更に眠気が加速する。


(⋯⋯うっ⋯⋯!)


 一瞬だけ瞼が落ちそうになり、慌てて力を入れる。


 いくら何でも今寝落ちしたら流石に言い訳がきかなくなる。


 そう思って耐えていた時、ふと上から小さな笑い声が聞こえた。ちらりと視線を向けると、何やら嬉しそうに目を細める夏愛の姿が目に入る。


 こちらの視線に気付いたらしい彼女はそっと口許(くちもと)に手を当てて言った。


「すみません、変な意味じゃなくて⋯⋯起きないんだなって」


「⋯⋯え」


 その言葉にぴしりと咲希の全身が固まる。無意識に漏れた声は彼女にも届いたようだが、特に構う事無くその続きが呟かれる。


「その、咲希くん⋯⋯口ではああ言ってましたけど⋯⋯」


 華奢な手で隠した口角が、にやりと上がる。


「⋯⋯!?」


 何となく、猛烈に嫌な予感がした。


(⋯⋯待っ、その先は⋯⋯ッ!)


 咲希の心の叫びも虚しく、容赦なくその言葉は放たれる。



「──案外、身体は正直なんですね」

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