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お嬢はやけにぐいぐい来る  作者: 狐白雪
第四章 初夏の訪れ
53/79

53.色んな意味であまあまな(3)

「⋯⋯!」


 すると、ぱくっ!という擬音が似合いそうな勢いでスプーンの先が小さな口に消えて行った。


「〜♪」


 目を細め、ゆるゆるの表情になった彼女がはむはむと口を動かし出したのを見てゆっくりとスプーンを引き抜く。


「⋯⋯っ、⋯⋯」


 目を閉じたままもぐもぐとパフェを味わっている夏愛(なつめ)を横目にスプーンを容器に置き直し、両手を膝の上に置いて悶絶する。


(⋯⋯かっ、かわ、いい⋯⋯)


 不覚にもそう思ってしまった。


 ただ他人に食べさせるというだけの行為のはずなのに、咲希(さき)の心には今まで感じたことの無いふわふわとした謎の感情が生まれていた。


 多少違うとは思うのだが、夏愛があそこまでして咲希にパフェを食べさせようとしたのも今なら何となく分かる気がした。


 感覚的にはハムスターのような小動物がこちらの手の上に乗せられた餌を食べてくれた時に近い。


 放置し過ぎて流石に溶けて来ているパフェをいい加減食べようとスプーンを再び手に取ったのだが、そこで咲希は再び固まった。


(⋯⋯大丈夫、あっちが気にしてないならこっちも気にしなくていい。別に間接キスくらいなら僕だってやったこと⋯⋯⋯⋯、)


 どう転んでも悲しくなる未来しか見えないその言葉の続きは、多めに(すく)ったパフェを頬張ることでかき消した。


 チョコやバナナの味ではない、別のものを感じる前に次々と口に運んでいく。


 何がとは言わないが、それが甘いのならば同じ甘いもので誤魔化せるはず。


(⋯⋯そう思っている時期が僕にもありましたあああああああああああああああああ)


 どれだけ頑張っても意識してしまい、咲希はもう心の中で発狂しながらやけくそ気味に食べ進める事しか出来なかった。



「少しは元気、出ましたか?」


 パフェを食べ終わり、スプーンを置くと同時に夏愛にそう問われた咲希は、ほとんど反射的に苦笑を浮かべた。


「げ、元気?」


「とぼけても無駄ですよ。咲希くんはいつも通りに振舞ってるつもりかもしれませんけど、落ち込んでるのは見てたら分かります」


「⋯⋯あー、えっと⋯⋯それは」


 じっとこちらの目を見つめる彼女の視線を遮るように右手を開きあくまでも冷静に、なんてことない事のように続ける。


「多分これが原因、ですかね」


 夏愛は一度、咲希の手の指に巻かれた包帯に目をやってから少しだけ眉を下げる。


「病院、行ったんですよね。⋯⋯どう、でしたか⋯⋯?」


 白百合色の瞳にに不安の色を浮かべ、おずおずと問いかけて来る夏愛にそっと笑顔を見せる。


「一ヶ月もあれば元通りに治るみたいです。傷痕も残らないって」


「っ⋯⋯!」


 その瞬間夏愛は僅かに目を見開き、そして全身から力を抜いた。それが安堵から来るものだというのは咲希にも分かった。


(分かってはいたけどやっぱり責任、感じてたみたいだな⋯⋯)


 心の中で息を吐く。確かに咲希のこの怪我には夏愛も関係してはいるが、他にいくつもあった選択肢の中からその判断をして実際に実行に移したのは咲希自身だ。


 初めから自己責任のつもりであったためそこに夏愛が責任を感じる必要は微塵も無いのだが、彼女の性格的にそうもいかないのは明白。 


 それを解決するために咲希は自らの手を見ながら呟く。


「手当が、良かったんです」 


「え⋯⋯?」


「傷痕が残らずに済みそうなのは早い段階での応急手当がしっかりされてたお陰だ、って、診てくれた医者は言ってました」


 見た目の出血は多かったがあくまでも傷は表面だけで浅く、縫合も必要無い程度だったというのもあるだろうが、それでも医者さながらの適切な手当がされていなければもっと酷くなっていた可能性は十二分にある。


「だから⋯⋯本当に、ありがとうございました」


 咲希は正面の夏愛に向かっていくつもの感謝の思いを込めて頭を下げる。


 たとえどれだけ道中に問題があったとしても、これだけは絶対に言わなければならない言葉だった。


「⋯⋯⋯⋯」


 夏愛はしばらくの間何も言わずその姿を見つめると、やがて口を開いた。


「咲希くん。手、出してください」


「っ、手⋯⋯?ど、どっちの⋯⋯」


「どちらでもいいですから、早く」


「は、はあ⋯⋯じゃあ、こっちで」


 意図がよく分からないまま、怪我のしていない左手の方を言われた通りに差し出す。


 その手に優しく彼女の細い指が触れたと思ったら、上に向けていた手の平がゆっくりと下に向けられ、手首が垂直に起こされる。


 そして次の瞬間、触れた指を絡めるようにしてそのままぎゅっと手を握られたのだ。


「ッ!?、⋯⋯?」


 咲希の左手に対して右手を伸ばす夏愛は視線を合わさないためか瞳を伏せているが、にぎにぎと動く手から彼女の感情は何となく読み取れる。


(なっ、えっ、も、もしかして恥ずかしがってる⋯⋯!?こんなことしておきながら!?)


 繋がれた手から伝わる羞恥と突然の出来事に動揺し硬直してしまった咲希は、微かに震えていた彼女の手ががぴたりと停止した事に気付いてぐっと気を張った。


 これから一体何を言われるのかは全く検討もつかないが、少なくとも無意味な事では無いはずだ。一言一句聞き逃さないよう、しっかりと耳を澄ます。


「⋯⋯私、普通の人よりも体温が低いみたいなんです」


 その一言から始まった呟きは、まるで独り言のようにゆっくりと紡がれる。


「だからなのかは分かりませんが、昔からずっと寒がりで⋯⋯冬は言わずもがな、夏も結構な厚着──丁度、今日みたいな格好をしないと体調を崩すことがあって⋯⋯」


 だからか、と(ひそ)かに納得する。天気の良い今日は長袖だと汗ばむくらいの暖かい日であり咲希も半袖の服を着ているというのに、夏愛は長袖どころかその上に厚めのコートを羽織っている。


 更にロングスカートの下には相変わらずタイツを着用しているようで、暑くないのかとずっと不思議に思っていたがそういう理由があったというのは初めて知った。⋯⋯と言いつつ、前々から夏愛の体温が若干低いというのは薄々感づいていた。


(手、繋いだ時も他の時も⋯⋯いっつも冷たかったもんな)


 彼女から触れて来た時もそうだが、こちらから触れた彼女の手や手首は外気温に関係なくいつもひんやりとしていたのは印象に残っている。


「でも、」


 しかしそれと今の状況に何の関係があるのだろうと首を傾げていると、一切こちらを見ていないはずの彼女はそれに答えるように続けた。


「こうやって手を繋いでると、すごくぽかぽかするんです。手だけじゃなくて全身が⋯⋯体の芯から温かくなるような、そんな不思議な感覚。だから──」


 そっとこちらに向けられた白百合色の瞳はうっすらと潤んでおり、思わず息を呑んだ咲希は変に暴れる心臓の辺りを無意識に押さえ、その言葉を耳にした。


「──いつもと違えばすぐ分かるんです。もちろん今、咲希くんが隠し事をしていることも」


「ッ!?⋯⋯い、いや隠し事って、何の事ですか⋯⋯?」


「⋯⋯いえ、隠し事と言うと語弊がありますね。正確には『ひとつの出来事の半分しか言っていない』でしょうか。嘘をつかずに上手く事実を隠す──咲希くんが多用する話法です」


「うっ⋯⋯」


 全くもってその通りである指摘に反論出来ず、言葉に詰まる。


 もうここまで来ればこちらがどれだけ否定した所で無意味だろう。だからこそ、頭を切り替える。


「⋯⋯そこまで分かってて、どうしてこんな回りくどいやり方を?」


「なんの準備もない状態で直接言ったところで躱されるのは目に見えてましたので。だから少し強引に状況を作らせていただきました。⋯⋯」


 本当に小さな声で最後に付け足された「⋯⋯ちなみにあれは演技ではないので」という言葉は咲希には届かなかったが、たとえ聞こえていたとしてもそれではまだ解答としては不十分だ。


 そんな考えが顔に出ていたのか、夏愛はまさかといったように眉を寄せて呟いた。


「も、もしかして自覚ありませんか?⋯⋯咲希くん、すごく疲れた顔してますよ」


「え⋯⋯」


 反射的に空いた右手で自らの頬を押さえる。


 そんな馬鹿な、と言いたかった。少なくとも自分では隠していたつもりだったのに。


 いつもの笑顔を貼り付けて誤魔化そうとするが、夏愛は一瞬だけ辛そうな表情を見せてから諦めたように視線を下げた。


「⋯⋯駄目みたいですね。本当はもっとゲームセンターとかペットショップとか周りたい所はいくつもあったんですけど⋯⋯仕方ない」


 咲希が口を挟む暇も無く、淡々と言葉が並べられる。


「今日はもう、帰りましょうか」

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