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お嬢はやけにぐいぐい来る  作者: 狐白雪
第四章 初夏の訪れ
52/79

52.色んな意味であまあまな(2)

「⋯⋯⋯⋯、」


 もはや予想通り過ぎて言葉が出なかった。


 状況的には体調を崩した時と似たようなものだが、今回はそれとは全く異なる部分がある。


 差し出されたスプーンに乗っていたストロベリーのパフェは夏愛(なつめ)の前にあるものなのだが、よく見るとパフェ上部の二割ほどが無くなっている。


 咲希(さき)が一人で悶えている間に食べていたという事なのだろうが、それが意味することとはつまり──。


(口、つけてるってことだよな!?こ、このまま行ったら完全に間接──)


 その先は心の中でも言うことが出来なかった。


 もう一度だけ夏愛の方に視線を向けるが彼女は唇を引き結んでただじっとこちらを見つめるだけで、伸ばされた腕は一切引く気配が無い。


 そこでふと咲希はとある可能性に思い至る。


(⋯⋯え、もしかして今どきの女子ってそういうの全然気にしない感じ⋯⋯?というか間接キス程度で動揺してる僕の方ががおかしいのか⋯⋯?)


 ほとんど変化しない夏愛の表情には照れや恥ずかしさといったものは全く感じられず、むしろ不自然に硬直した咲希に対して疑問符が浮かべられている。


 咲希の残念な感性ではあくまでも純粋に美味しいものをシェアしたいだけ、といういかにも女子らしい思考しか読み取る事が出来なかった。


 とはいえ、だ。夏愛が気にしていないからと言ってこちらが何の躊躇(ためら)いも無く行動に移せるかというのはまた別の話なのだ。


 それに先程から感じていた視線はどんどん数を増しているように思える。


 ここはただでさえ人の多い中心街にあるショッピングモール内の人気のカフェで、今日は土曜日。しかもお昼時を越えてしばらく経った午後の時間だ。


 そんな中で若い男女が二人きりでこんな事をしていれば目立つのは当然、当人達にその気は無くとも客観的にそう見えてしまったのならその誤解を解くのは容易では無いだろう。


 社会的にも精神的にも色んな意味で死にかねないため出来るだけ穏便に済ませたいというか避けたかった状況なのだが時すでに遅し、完全に待機モードに入った夏愛は咲希があーんを受け入れるまで動かないだろう。


 と、思った瞬間、突然夏愛の腕が僅かに動いた。


「えいっ」


「んぐっ!?」


 直後に口の中に広がったのはストロベリーのさっぱりとした甘みとソフトクリームの冷たさ。それと同時に言葉に言い表せない何かの熱も感じてしまいどきりと心臓が跳ねる。


 しかも反射的に唇を閉じたせいでより深く味わう形となり、駄目だと分かっていても余計に意識してしまう。


 恐る恐る正面に視線を向ければ、してやったりといったようににやりと笑う犯人の姿が目に入る。


「っ⋯⋯はあっ!」


 やがて咲希の口からスプーンが引き抜かれると、無意識に止まっていた呼吸がようやく再開する。


「お味の方はどうでしたか?」


「⋯⋯っ」


 胸に手を当てて呼吸を整えていた咲希はやけに楽しそうな声音の質問に何と答えようか迷ったが、結局は率直な感想を述べる事にした。


「あ、甘かった⋯⋯です」 


 嘘は言っていない。説明を省いただけだ。


 超端的な一言だが、咲希が感じた事の全てがこの一言に詰まっている。もちろんそれはパフェの味や、それ以外の事も含めて。


「ふふ。お口に合って良かったです」


「は、はい!本当にぴったりです⋯⋯、」


 明らかに挙動不審な咲希に対して、夏愛はいつも通り落ち着いている。


 ⋯⋯ただ若干、そのいつも通り自体に問題があるのだが。


「あの、良ければなんですけど、咲希くんのパフェも一口頂けませんか?チョコバナナも食べてみたいです」


「へっ!?あっ、はい、どっどうぞ!」


「あっ、えっと⋯⋯」


 もはや疑問を(てい)すのも無意味だと理解した咲希は言われてすぐチョコバナナのパフェを自分の前から夏愛の前に移動させようとしたのだが、何故か夏愛本人からストップが掛かる。


「そうじゃなくて。⋯⋯す、スプーンで食べたい、です」


「え?スプーンならそこに⋯⋯」


 夏愛の前の容器に置かれたスプーンを指さすが、彼女はふるふると首を横に振る。


 何が違うのかと眉を寄せるが、すぐにその答えは分かった。


「え⋯⋯もしかしてこっちのスプーン⋯⋯?」


 咲希が自分の目の前に置かれたスプーンを手に取りつつそう言うと、今度はこくこくと頷かれる。


 そして当然、手渡そうと思って差し出したスプーンは押し返される。


「⋯⋯⋯⋯、」


 彼女が何かを期待しているというのは間違いないと思うのだが、それが咲希の頭に浮かんでいるものであるとすればかなり大変な事になる。


 それでも不幸中の幸いなのは、咲希がまだパフェに手を付けていない事だろう。


(⋯⋯み、未使用だから大丈夫。まだ綺麗なまま。⋯⋯仮にこのままあーんしたとしても互いにダメージは無──)


 無いわけが無かった。よく考えなくても。


 未使用のスプーンを使ってあーんをした所でその後残るのはとてつもない羞恥と使用済のスプーンであり、新しいものを使おうにもテーブルには一人につきひとつのスプーンだけしか用意されていない。


 一応店員を呼べば持って来てはくれるだろうが、そこまでして避けるのも夏愛に失礼になる気がする。


「⋯⋯⋯⋯」


 視線を下に落としたまま、少し溶けたパフェのソフトクリーム部分をゆっくりとスプーンで(すく)う。


(むのこころ、むのこころ、)


 自分に言い聞かせながらそのスプーンを夏愛の口の前に差し出す。すると──。

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