51.色んな意味であまあまな(1)
「⋯⋯くん⋯⋯希くん──」
「⋯⋯⋯⋯」
「咲希くん⋯⋯!」
「っ!は、はい!?」
「これ、注文してたパフェです。来ましたよ?」
「え?あぁ⋯⋯」
そう言われて視線を下に落とすと、いつの間にか咲希の前と夏愛の前にそれぞれ一つずつ置かれていた特徴的なガラス容器と、それに入った何層にもなったクリームやアイスが目に入る。
ここは夏愛のおすすめで訪れたカフェであるが、彼女によると特にミルクストロベリーとチョコバナナのパフェが美味しいらしく、今テーブルに置いてあるのがその二つだった。
ちなみに先程家具店で買ったクッション等は結構な荷物になるということで、ショッピングモールの連携している配送サービスを利用したため現在手元にあるのは最初に選んだベージュのクッションの入った袋だけだ。
夏愛はパフェ用の持ち手の長いスプーンを手にしながら呟く。
「何だかぼーっとしてましたけど大丈夫ですか?」
「⋯⋯大丈夫ですよ。少し考え事をしてただけなので」
「⋯⋯⋯⋯、それなら良いんですけど」
完全に納得した訳では無さそうだが一応それ以上の追求はしないでくれるらしく、咲希は自らの手元に視線を落としながら小さく息を吐く。
(結局気を使わせる形になったな⋯⋯申し訳ない⋯⋯)
あまり暗い雰囲気を漂わせるのも悪いため、頭を振ってネガティブな思考を追い出す。
夏愛は何度かこのカフェを訪れたことがあるということで注文は彼女に全て任せたのだが、それは間違ってなかったようだ。
見るからに美味しそうなパフェを前に、それなりに甘党である咲希は自分の中で徐々に大きくなっていく食欲に抗えなくなって来ていた。
(⋯⋯アイスの部分は溶けるし、早く食べないと勿体ないよな⋯⋯──って⋯⋯あれ、)
そう思って同じようにスプーンを手に取った咲希だったが、その瞬間に視界に映った光景にぴたりと動きが止まる。
「⋯⋯⋯⋯?」
視線を感じたのかふとこちらを向いた白百合色の瞳と真っ直ぐに目が合う。
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
数秒間無言が続き互いに目をぱちくりさせていると、少しだけ夏愛の表情に変化があった。
「⋯⋯あ。もしかして、やっと気付いてくれましたか?」
艶のある桜色の唇が緩く弧を描き、そんな言葉が囁かれる。
咲希は夏愛から意図的に目を逸らしつつ、彼女に対して持っていた違和感の正体を口にする。
「今日⋯⋯最初から、何だか普段と雰囲気が違うように感じてたのは⋯⋯」
恐る恐る、ゆっくりと視線を向けた咲希にはにかむような柔らかい笑顔が返される。
「ふふ、咲希くんの思ってる通り、ですよ?──今日は少しだけ⋯⋯おめかししてみました」
そう言った夏愛の声は微かに震えており、照れや恥ずかしさといった彼女の感情がダイレクトに伝わって来る。
「今までお化粧なんてほとんどしたことが無かったので頼れる先輩方にも手伝ってもらいながら練習して⋯⋯って、咲希くん?なんで頭を抱えてるんですか?」
「なっ、何でも⋯⋯何でもないです⋯⋯」
「⋯⋯?」
どう見ても何でもない事は無いのだが、流石に今の状態で彼女に顔を見せる訳にはいかないため俯いたままゆっくりと深呼吸をする。
化粧に関して校則で必要以上に縛られていた高校に比べて大学はある程度の自由が認められているため、咲希の周りでも日常的に、普通に化粧をしている人は沢山いる。
だから同年代である夏愛がそれをしていたとしても何ら問題は無いのだが、咲希はまた別の意味で衝撃を受けていた。
(『おめかししてみました』って⋯⋯ほとんどした事が無いのに、わざわざ今日のために⋯⋯?)
少しだけ顔を上げ、夏愛の方をちらりと盗み見る。
夏愛が化粧をしているという事は、それを知った上で注意深く見れば淡く色付いた頬や艶やかに潤った唇から分かるには分かるのだが、それはおそらく意図的に、遠目からでは気付かない程度に抑えられている。
言い換えれば、厚く重ね元を隠して理想を作るのではなく、素材の良さを更に際立たせる形で薄く彩られているのだ。
これに関しては土台となる夏愛の容姿がかなりの高水準というのが前提としてあるだろうが、それを最大限活かせるようにしたのは経験の無い彼女の化粧を手伝ったという『頼れる先輩方』の技量によるものが大きいだろう。
夏愛のことを『分かってる』人であるならば是非ともその先輩方とは握手をしてみたいものだが、今はとある事情それ所では無いため一旦置いておく。
その事情──オブラートに包まず言えば問題とは、夏愛が何の関係も持っていないただの男である咲希と出掛けるためだけにわざわざそこまで手間を掛けたのは何故なのか、という点だ。
普通、女性が異性に対してそういう行動をするにはそれ相応の理由があるはずで、たかだか一ヶ月程度関わっただけの咲希一人のために夏愛ほどの人物がそこまでやる理由が分からない。
一応見た感じは化粧以外のピアスやイヤリングといった装飾はしていないようだが、それが却って咲希の心にクリティカルヒットしてしまっている。
(というか、そもそも『僕のため』っていう前提自体が間違ってるんじゃ⋯⋯)
さっきまで自分が考えていた事に対して自意識過剰だ何を自惚れているんだと心の中で自分を戒めるが、今までほとんどしたことの無いという化粧をした上でこちらがその事に気付いた瞬間にあんな甘い表情を見せられては勘違いしたくもなるだろう。
(これは⋯⋯そう、不可抗力だ⋯⋯)
都合のいい言い訳をしながらいつの間にか熱を持っていた頬を左手で押さえていると、ふと目の前に何かが差し出されている事に気付く。
「⋯⋯⋯⋯」
よく見なくても分かる。差し出されているのはパフェ用の長いスプーンだ。その上にはストロベリーのソースがかかったソフトクリームが一口分乗っかっている。
「えぇっ⋯⋯と⋯⋯?」
圧倒的なデジャヴに苦笑いを浮かべながら咲希が首を傾げると、夏愛はスプーンを持つ腕を少しだけ揺らしてからその一言を発した。
「すっごく美味しいですよ?──咲希くんも、一口どうぞ♪」
 




