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お嬢はやけにぐいぐい来る  作者: 狐白雪
第一章 出会いと困惑
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05.憂鬱なお出かけ

 百合浜(ゆりはま)市は首都から離れた所謂(いわゆる)地方というもので、場所によっては完全に田舎と言っていいほどの自然が広がっている。


 それでも街の中心に近づけば徐々に都会の面影を感じるようになり、中心街に至ってはもはや都会と言っても過言では無いほどに賑わっている。


 新学期早々巻き込まれた、というか自分から首を突っ込んだ騒ぎから数日、一緒に書店に行くという約束の日はあっという間にやって来てしまった。


 女性と二人きりでお出かけ。世の中の一部の男子は喉から手を出して血涙を流すほど羨ましいシチュエーションだと思うのだが、道を歩く咲希の顔は曇っていた。


「⋯⋯いろいろとつらい 」


 思わずそんな言葉が漏れてしまう。それもそのはず、今までろくに他人と関わってこなかった咲希にとって、異性とどこかへ行くというのはほとんど初めてのことで、あまりにも気が重すぎるのだ。


 助けられたことへのお礼、と押しに押されて断る事が出来ず渋々承諾したはずなのだが、それでも若干のワクワクを感じている自分がいることに驚いていた。


 あれこれ考え事をしながら歩いていると次第に周りの景色が変わってきていることに気がついた。


(まぁでも実際⋯⋯楽しいのは事実なんだよな)


 今日は一日中晴れの予報で、昼下がりの大空には雲ひとつ無く大きな太陽が爛々と輝いていた。


 中央の線すら無い細い片側一車線だった道路が片側二車線になり、通行人も先程までの何倍にも増えている。


 住み慣れた街とはいえそれはどちらかと言うと田舎の部分であって、普段あまり行かない中心街に足を踏み入れると世界が違って見える。


 何度目かも分からない高揚感を楽しんでいると、ようやく待ち合わせ場所の駅が見えてきた。


 今日は休日だが午前中は大学に用があるということで書店には午後から行くという話になったのだが、現在の時刻は十二時四十四分。約束は十三時なので少し早く到着してしまったようだがそれでも遅れるよりはずっといい。


 そういえば待ち合わせ場所は駅、というだけで具体的に駅のどこなのかまでは決めていなかった。


 案の定、どこにいるのか検討も付かなくなっていた。


 一日程度なら必要無いだろうということで連絡先を交換しなかったのも失敗だったかもしれない。


 とりあえずいくつかある駅の出入口を周ってみようと思い一歩を踏み出したのだが、そこで一瞬視界の端に映った何かに意識が集中する。


「お取り込み中、か⋯⋯?」


 十メートルほど先にある時計の近くの壁前で、待ち合わせの相手──神原(みはら)夏愛(なつめ)が誰かと会話していた。

 反射的に街路樹の陰に身を隠し、そこから様子を伺う。

 話しているのは咲希と同じくらいの身長の茶髪の男だった。


「またナンパか⋯⋯?いや、あれは⋯⋯」


 当の本人である夏愛の表情は何やら明るい。少なくとも嫌がっているようには見えなかった。


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」


 別に赤の他人である夏愛が誰と話そうが関係無いのだが、何と言うか少し不思議だった。


 すると、遠くの夏愛が覗き見をされていることに気づいたのか茶髪の男に頭を下げて別れ、こちらに歩いてきた。


河館(かわだて)さん、こんにちは。すみません、遅くなりました」


 そう言った夏愛は数日前よりも比較的明るい表情をしていた。


 特に何かが変わる訳でもないのだが、気になったため一応質問しておいた。


「い、いや⋯⋯どちらかと言うと遅れたのはこっちというか⋯⋯その、邪魔してしまったみたいで申し訳ない」


 頭の後ろを掻きながらバツが悪そうに目を逸らして言うと、何故か夏愛はきょとんとした表情で大きな白百合色の目をぱちくりさせていた。


「邪魔、というのは?」


「さっきの人、彼氏さんですよね?神原さんの貴重な時間を削らせてしまっているんだと改めて自覚したので、申し訳ないなと」


 そう告げると、言い終わるのを静かに待っていた夏愛は微妙な笑顔を浮かべていた。


「誤解です。あの人は、その、彼氏⋯⋯なんかじゃなくてさっき会ったばかりの本当に知らない人です」


「あ、そうなんですか⋯⋯?」


「はい。そもそも彼氏なんていませんし作ろうとも思ってません」


 何故か冷ややかな目で見られた気がするがなるほど流石は難攻不落のお嬢と呼ばれているだけある、というより恋だの愛だのには本当に興味が無い様子だった。


「じゃあ、アレはまさかナンパ⋯⋯?」


 彼氏じゃないというのなら男友達ではないかと予想していたのだが、さっき会ったばかりと言うのなら違うだろう。


 夏愛の容姿とこれまでの情報を統合すると必然的にナンパの三文字が残ったのだが、もしそうだとしたらかなりの苦労人なのだと悟った。


 案の定こくりと頷いた夏愛は小さく息を吐くと、目を逸らして小さく愚痴のようなものを零した。


「ああいうのは慣れてるとはいえやっぱり疲れますね。⋯⋯先程の方は断ればすぐに引いてくれるタイプだったので助かりましたけど、声をかけてくる方全員がそういう訳では無いというのは分かっているので」


 恐らく過去の経験から言っているのだろうが、男である咲希にはいまいち共感できなかった。


 そもそも同意を求めている訳では無いと思い無言を返したのだが、微妙に気まずい空気が流れる。


 ナンパはおろか、異性に好意的に声をかけられたことすら無いという事実に気づいてしまい、咲希は心の中で苦笑していた。


 告白なんてされた試しが無いと思うのだが、それに対して『疲れる』と言った夏愛の気持ちだけはなんとなく分かる気がした。


 咲希だって会って間もない人間にいきなり言い寄られれば当然警戒するし、十中八九距離を置くようになると思う。


 そういえば自分も最初はナンパに近い声かけをした気がするが、許されていることから他意の有無くらいは分かるのかもしれない。


「まぁそんなことはどうでもいいです。そろそろ行きましょうか。⋯⋯河館さん?」


「えっあっ、はい、すみません、少し考え事を」


 不思議そうな顔でこちらを見てくる夏愛に軽く笑顔を見せる。すると夏愛は納得したのか書店があるショッピングモールの方向へゆっくりと歩き出した。


 咲希も遅れないように追いつくと、歩幅を合わせて少し後ろに並んで歩く。こういう時は男が前を歩くものだとは思うのだが、先を歩く夏愛本人が何も言わないのならこのままでいいかと結論付ける。


 思考の沼に浸かると周りの景色も音も時間も全て感じられなくなるこの癖は過去に何度も不気味がられたことがある。意識して抑えられるものでも無いので仕方ないと思っているが、少なくとも今回は不思議に思う程度で済んでくれたようだ。


 内心ホッとしつつ、斜め前を歩く夏愛のシフォンスカートの裾とそこから覗く黒いタイツに包まれた細い足首をぼんやりと見ていると、視線に気づいたらしい夏愛が足を止め、チラッとこちらを見た。


「河館さん」


「は、はい」


 白百合色の瞳にじっと見つめられ、全身から嫌な汗が吹き出たような気がした。


「⋯⋯いえ、何でもありません」


「⋯⋯⋯⋯」


 前に向き直り再び歩き出した夏愛に気づかれないようにそっと息を吐き、それに合わせて咲希も歩き出す。


 無意識とはいえ女性の足元を執拗に凝視するのは失礼だったと気づき申し訳なくなる。ついさっきナンパに対しての忌避感情を示していたばかりの少女に危うく同じくらい最低なことをしでかす所だった。


(ただのお礼だからな⋯⋯)


 決してこの少女が自分に対して特別な感情を抱いてる訳では無いというのは分かっている。


 変に勘違いして必要以上に踏み込みすぎないようにしなければ、と小柄な少女の背中を見ながら反省するのだった。

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