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お嬢はやけにぐいぐい来る  作者: 狐白雪
第三章 失った過去、守りたい今
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47.守りたい今

 その言葉にぴくりと分かりやすく肩を揺らした望冬(みふゆ)はこちらを向いて困ったように眉を下げた。


「⋯⋯なんで、そう思ったの?」


「それは何となくっていうか⋯⋯、見た目の雰囲気も口調も告白⋯⋯のやり方も全部、僕があんまり好ましく思わないものだって分かっててやってるような気がして⋯⋯」


 今のような派手系美人ではなく清楚系美人であった昔の望冬なら、少なくともあんな横暴な手段は選ばなかったはずだ。というかそれ以前に咲希(さき)が嫌いな事だらけの地雷原を、知っていて真正面から突っ切っているように思えるのだ。


 それに犯人が望冬だと分かった事で点と点が繋がった部分もある。


「指示なんて出してあちこち振り回したのは夜までの時間を稼ぐのと僕の体力を削る事が目的だったのかな⋯⋯って」


 現物の入ったバッグは自宅の玄関に忘れて来たため今すぐ証明は出来ないのだが、比較的鮮明な記憶に照らし合わせてみるとキーワードの書かれていたメモ用紙は昨日の朝咲希の自宅で読んだ置き手紙と同じ、夏愛の物だった。


 どうやらこの辺から既に答えを匂わせていたつもりのようなのだが、いくらなんでもあの状況下で気付けというのは無理があると言わせて貰いたい。


 苦笑を浮かべつつ「違うか?」と視線を向ければ小さく唇が動いた。


「⋯⋯そこまで分かってて言わせるんだ」


 望冬の疲れたような笑顔に言葉を詰まらせていると、ふと彼女は呟いた。


「さっくんはあたしのこと好き?」


「え?」


「好き?」


「⋯⋯好きかと言われれば」


「その好きはLove?Like?」


「⋯⋯⋯⋯Like」


「でしょうね。知ってた。⋯⋯──あんた、河川敷であたしに迫られた時、あの子のことが浮かんだでしょ」


「へっ!!?」


 流れを無視して斜め上から飛んできた衝撃的な発言に思わず素っ頓狂な声を漏らしてしまう。


 望冬の言うあの子とは夏愛の事を指しているはずだが、咲希の脳裏に夏愛の姿が浮かんだ事をどうして望冬が知っているのだろうか。


 それが分からず動揺する咲希を横目に望冬は呆れたようにため息をつく。


「やっぱり諦めて正解だった。⋯⋯まぁ、そもそも最初から終わらせるつもりだったけどね」


「終わらせるって、どういう⋯⋯」


 その問いかけに望冬は眉を下げて笑顔を浮かべた。


「──好きだったのよ、あんたのこと。少なくともあの頃は。⋯⋯でも、久しぶりに帰ってきて、あんたに会って⋯⋯⋯⋯勝てないなって思ったの」


「勝て、ない⋯⋯?」


「うん。今のあんたの中にあたしはいないって分かったから。⋯⋯だからあの子にも協力して貰って、あんたに嫌われて、軽蔑されて、ちゃんと振られたら⋯⋯諦められるかなって、思ったんだけど⋯⋯」


 段々と小さくなっていた声が途切れ、視線を下げた望冬の姿に咲希はズキリと胸が痛むのを感じていた。


 どうしてそんなことを、とはとてもじゃないが聞けなかった。


 誘拐などという大胆な行為も彼女が一人で悩んで、苦しんで、導き出した答えだと言うのなら咲希が口を挟むものでは無いだろう。


 どうする事も出来ないと思ったが自分にも出来ることがひとつだけあると気付いた。


「⋯⋯だったら」


「一応言っておくけど」


 まるで分かりきっていたかのように、口を開いた瞬間その言葉が遮られる。


「情けで付き合おうだなんてふざけたことは考えないでよね」


「っ⋯⋯」


 考えていた事を完璧に言い当てられ唇を噛んでいると望冬は呆れたように額に手を当てていた。


「はぁ⋯⋯そういう所よ、あんたの悪い部分。お人()しというか流されやすいというか⋯⋯。もっと『自分』ってものを持ちなさい。そんな調子じゃあの子が可哀想よ」


「何で神原(みはら)さんが⋯⋯?」


「⋯⋯⋯⋯、もう⋯⋯分からないならいいわ。あの子起こして早く帰って」


 話の流れが分からなくなり首を傾げていると望冬は呆れと憐れみを混ぜたような声音でそう言うと、これ以上話すつもりは無いと言わんばかりに背中を向けて黙り込んでしまった。


「ええ⋯⋯?」


 そういう経験が無い、正確には距離を置いている咲希は当然色恋沙汰には疎いのだが、とりあえず望冬との関係が壊れなくて良かったと柄にも無く心の中で安堵しつつソファーから立ち上がった。



 寝落ちしてしまった時の体勢の関係でうつ伏せに寝かせる事しか出来ず実際そうしたのだが、途中で寝返りをうったのか夏愛は横を向いた状態ですやすやと寝息を立てていた。


「⋯⋯⋯⋯」


 無言でベッドの前まで歩み寄ると床に腰を下ろして頭を抱える。


(⋯⋯起こせと言われても⋯⋯)


 咲希が起きた時にあった目元の腫れは引いたようだが、こうも熟睡されていると流石に起こすのは忍びなく思えてくる。


 それに咲希が望冬と話していた時間はせいぜい一時間程度だ。これでは夜から一睡もしていないという夏愛に必要な睡眠時間には遠く及ばない。


 やっぱり自然に目が覚めるまで寝かせてあげられないかと望冬に相談しに行こうと思って立ち上がった時、横から小さく「ん⋯⋯」という声のようなものが聴こえた。


 咲希は音を立てないように静かに腰を下ろして夏愛の顔を覗き込む。


「み、神原さん⋯⋯?」


「⋯⋯んー⋯⋯」


 呼び掛けに、白銀のカーテンがゆっくりと持ち上げられる。そこから覗いた少し湿った白百合色の瞳は一度辺りをゆっくりと見回した後に、咲希の方を向いた。


「⋯⋯⋯⋯」


 じっとこちらを見つめること数秒、突然夏愛の表情がへにゃりと緩んだ。


「⋯⋯⋯⋯さきくん」


 その一言にに一瞬呼吸が止まり「はっ、」と短い空気の音が漏れる。


 しばらくの間硬直し、やがて我に返った咲希は慌てて顔を逸らして口を押さえる。


(いっ、今のって⋯⋯え?あれ、名前⋯⋯だよ、な⋯⋯?)


 聞き間違いで無ければ今夏愛は咲希の名前を呼ばなかっただろうか。十中八九寝ぼけているのであろうが、その視線は確実に咲希に向いていたように思える。


 限られた極一部の親しい人以外に名前で呼ばれたのは何時(いつ)ぶりかも思い出せないが、それ抜きにしても夏愛に名前で呼ばれたということそれ自体があまりにも衝撃的だった。


「⋯⋯⋯⋯あれ、」


 ぼっと燃えた熱を冷まそうと両手で顔を覆っていた咲希が背中側から聞こえた声に恐る恐る振り返ると、先程よりもはっきりと開かれた白百合色の瞳と視線がぶつかった。


「⋯⋯⋯⋯」


「⋯⋯⋯⋯」


 一瞬の間を置いて夏愛は飛び起きる。 


「かっ、河館(かわだて)さん!?あれっ、今のって夢じゃ⋯⋯?え、え?うそ、それじゃもしかして私⋯⋯⋯⋯あ、ああ、あああ〜〜〜⋯⋯っ!!」


「み、神原さん!?落ち着いて!?」


 起きるや否や悲鳴のようなものを上げながら布団を被ってしまった夏愛に慌てて声を掛けるが、ぷるぷると震えるだけで返答は無い。


 待つことおよそ一分、夏愛はようやく布団の隙間から顔を覗かせると、何かを言おうとしたのか一度ぱくぱくと口を動かしてからさっと瞳を伏せた。


「⋯⋯ごめんなさい」


「な、何で神原さんが謝るんですか?」


「その⋯⋯名前で呼んだこと⋯⋯」


「え?あぁ⋯⋯、」


 そう言われても意味が分からない。どこに夏愛が謝る要素があるのだろうか。


「急に名前で呼ばれるなんて嫌ですよね、すみません、もう忘れてください」


「⋯⋯⋯⋯」


 珍しく及び腰の彼女の姿に咲希の中で罪悪感が湧き始めたため、咲希は少しだけ考える素振りを見せてから口を開いた。


「⋯⋯構わないですよ、名前で呼んでも。⋯⋯別に僕は、若干恥ずかしいくらいなので問題な⋯⋯あ、いやでも流石に人前ではやめて頂けると嬉しいですけど、それ以外なら⋯⋯って、あ」


 これではふたりきりの時だけ呼んでいいみたいになっているではないかと言ってから気付いたがもう訂正は効かない。


 そもそも上から目線で何を言っているんだと自分を殴りたくなったが、そんな事は夏愛の表情を見た瞬間に吹き飛んでしまった。


「ほっ、ほんとですか!?本当に名前で呼んでいいんですか!?」


「は、はい、もちろん」


 きらきらとしたオーラを振りまく夏愛だったが、次の瞬間にはまたしゅんとして眉を寄せていた。


「ど、どうかしました?」


 思わずそう尋ねると、引き結ばれた唇からぽつりと言葉が零れた。


「⋯⋯私も」


「え?」


「私も、名前で呼んでほしい⋯⋯です⋯⋯」

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