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お嬢はやけにぐいぐい来る  作者: 狐白雪
第三章 失った過去、守りたい今
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43.キーワードの意味

「ま、待ってください!!田中⋯⋯先輩!!」


 一瞬遅れて走り出した咲希(さき)は制止の言葉を放ったが、それを無視して更に加速する田中に咲希は眉を寄せる。


(どうしてあんなに必死に逃げるんだ⋯⋯?何か後ろめたいことでもあるのか、それとも⋯⋯)


 考えている内に田中は角を曲がり駐車場に続く階段を駆け下りていく。咲希も飛び降りる勢いで張り付くが、階段を降り切った頃には田中はもう一つの階段から上に戻っていた。


「鬼ごっこなんかしてる暇は無いのに⋯⋯ッ!」


 そう吐き出しながら間髪入れずに足を踏み出す。


 あの様子だと何かしら情報を持っていそうだ。そうでなくてもキーワードの紙は彼が持っているため何がなんでも捕まえなければならない。


 大学の敷地は広く、隠れられる場所は無限にある。見失えば最後、どれだけの時間が失われるかは考えたくもない。



 それから体感で五分ほど追跡を続けていると見た目に反して意外と体力が無いらしい田中が減速し始め、ついにその場にどしゃりと崩れ落ちた。


「ああもう勘弁してくれ!!」


 地面に大の字になり天に向かってそう叫ぶ田中に咲希も何とか追い付くと、膝に手をついて荒い呼吸を繰り返す。


(久々にこんなに走ったぞ⋯⋯)


 高校三年間は帰宅部、大学一年ではサークル無所属で引きこもりだった咲希だが昔から体力だけは無駄にあった。今回も、速度は劣るが最終的なスタミナの差での勝利だった。


 口許(くちもと)を左手の甲で拭ってから未だに天を仰ぐ田中に声をかけた。


「何で⋯⋯逃げたんですか⋯⋯?」


 田中は一度こちらに視線を向けると上体を起こし、俯いたまま呟いた。


「⋯⋯仕返しされるかと思ったんだよ⋯⋯お前何かめちゃくちゃ恐い顔してたし。あんな形相で追いかけられたらそりゃ逃げるだろ」


「、、、いや⋯⋯⋯⋯」


 そもそも先に逃げたのは田中の方であり、咲希としては逃げられたから追いかけたというだけなのだがどうやら相当鬼気迫る顔をしていたらしい。


 言いたいことはいくつもあるがそれは一旦置いておく。


「え⋯⋯じゃあ、その紙については何も知らないんですか⋯⋯? 」


「紙?ああ、これか。自販機にくっついてたんだよな。これ、お前何か知ってるのか?」


「⋯⋯まぁ、ちょっとこっちの話で」


 案外素直に差し出された紙を受け取り近くで確認すると、やはりそれはキーワードの紙で間違い無いと分かる。


 書いてあったのは『敷』という文字。


(これで四つ⋯⋯後で一度整理するか)


 そこで咲希は自分のもう片方の手に田中の視線が向いていることに気付く。


「あ⋯⋯すみません。これ、取り忘れてましたよ」


「あ、ああ⋯⋯」


 追いかける前に回収していたのは自動販売機の取り出し口に残されたままになっていた、田中が購入した飲み物だった。


「⋯⋯悪かったよ」


「え?」


「1ヶ月前、お前殴ったこと⋯⋯」


「あ、あぁ⋯⋯」


「⋯⋯あの時はちょっと、どうかしてた。調子に乗ってたんだと思う。⋯⋯謹慎中に考えて、反省した」


 居心地が悪いのかペットボトルを弄びながら不貞腐れたようにしているが、年下に対してこんなことを言うのはそれなりに覚悟がいるはずだ。


 ならば余計な言葉はいらないだろう。


「⋯⋯気にしなくていいですよ。僕にしたことに関しては怒ってませんから。ただ──」


 少しだけ間を置いて告げる。


神原(みはら)さんにはまた別で直接謝ってください。一番の被害者は、彼女なので」


 もしも咲希があの場にいなかったら、もしも学食に行く時間が遅れていたら、あのまま誰も止めることなく夏愛は連れて行かれ心や身体に大きな傷を負っていたかもしれない。


 咲希はいくら傷つこうと構わないが、自分の行動次第で他者を救えていたのにと後悔するのはもう嫌なのだ。


 だからこそ自分達の行いをしっかりと反省してほしいという咲希の心の内が伝わったのか、田中は頷いて「渡辺にも伝えとく。⋯⋯悪かった」と言い残すと立ち上がってその場から去っていった。


(根はいい人なのかな⋯⋯)


 話してみると意外な面が見えて来たが今無関係な人のことを気にしている余裕は無い。


 紆余曲折あったがとりあえず最悪の事態だけは回避することが出来た。


 少しだけ安堵しつつ四つ目のキーワードを入力した咲希は、新たに書き込まれた指示を見て固まった。


「⋯⋯冗談じゃ⋯⋯ねぇぞ」


 無意識に荒い言葉が漏れる。


 ──思えば最初から怪しい部分はあったのだ。始めの説明の際に書かれていた『必ず徒歩で来ること』という一文。


 あの時は焦りで深く考えることはしなかったが、落ち着いた今ならその意味が理解出来る。


 誰も言っていなかったではないか。隠し場所が(・・・・・)大学の敷地内(・・・・・・)だけ(・・)だとは。


「だとしても『駅』は⋯⋯いくら何でも規模が違うだろ⋯⋯!」


 どうしようもない気持ちを抑えながら再び脚に力を込め、走り出した。





「え?もう?思ったより早いわね⋯⋯これだと⋯⋯、仕方ないからもう少しだけ待って貰おうかしら。うん。あの作戦でよろしく」


『──⋯⋯』


「じゃあね。⋯⋯⋯⋯はぁ、流石に見くびりすぎてたわね。⋯⋯──何?言いたいことがあるなら言って」


「⋯⋯⋯⋯」


「⋯⋯⋯⋯、心配しなくても、もうすぐ終わるから⋯⋯ね?」





「これで⋯⋯最後⋯⋯」


 あれから数時間が経過し日も大分傾いた頃、よろよろと自宅に辿り着いた咲希は玄関の扉に貼り付けられた紙を剥がすと同時に崩れ落ちた。


 扉の前で座り込んだまま紙に書かれた文字を確認すると、額に両手を当てて荒い息を吐く。


「何だよ⋯⋯結構余裕あるじゃねぇか⋯⋯」


 今まで集めた『河』『川』『後』『敷』『時』『午』に加え、今回の『8』でようやく全てのキーワードが揃った。


 それらを並べ替えて出てくるのは『河川敷午後8時』という文章。


 四つ目の時点で薄々察してはいたが、予想が確信に変わったのは六つ目の『午』を入力した時だ。


 今までと同様に七つ目の場所の指定がされた後、犯人から『七つ目のキーワードの入力は必要ない』『目的地にて待つ』という追加の書き込みがあったのだ。


 もう少し情報が欲しかったが直後に件のスレが丸々削除され、犯人との唯一の繋がりが失われてしまった。


 他に方法も無かったため仕方なく指示通りに動いて今に至る。


 あまり大声で言う気は無いが、五つ目の指示により向かった駅で、広大な構内を一時間以上探しても見つからなかったキーワードが序盤に確認したはずの場所に突然現れたり、それをウリ坊に入力するためだけに大学にトンボ帰りしなければならなかったりと控え目に言ってかなり苦労した。


 しかしそのお陰で現在時刻は16時、指定の時間まで4時間近く残すことが出来たのだ。


 鍵も掛けず開けっ放しだった自宅の中にずるずると入り込むとそのまま玄関前の廊下にうつ伏せになる。


(全身ボロボロ⋯⋯ってかこれ多分、ぶり返してるよな⋯⋯)


 脚がガクガクなのは長時間走り続けたのが原因だが、それとは別で全身がだるい。病み上がりの体で無理をし過ぎたせいか軽い頭痛と気持ち悪さという症状も出てきている。


 はっきり言って身体が動かせなかった。


(少しくらい⋯⋯休んでもいいよな⋯⋯)


 このまま動くのは流石に危険だと訴える全身に抗い切れず、咲希は意識を手放した。





 目を覚ますと辺りは暗くなっていた。硬い廊下で眠ったことでバキバキになった全身を軽く解しつつ起き上がる。


「⋯⋯今⋯⋯何時だ⋯⋯」


 スマホを取り出して確認する。表示された時刻は十九時四十分。


「⋯⋯⋯⋯はっ!?」


 眠っていた頭を叩き起こし、すぐ後ろの玄関からノータイムで外に飛び出す。


(やばいやばいやばいやばい!!!) 


 いくら疲れていたとはいえあの状況で3時間以上も眠っていた自分が怖くなる。


 幸いここら辺で河川敷といえば一箇所しか無い上に比較的近いため走れば十五分ほどで到着出来るだろう。


(頼む⋯⋯無事でいてくれ⋯⋯!)


 願うのは一人の少女の無事。ただそれだけだった。

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