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お嬢はやけにぐいぐい来る  作者: 狐白雪
第三章 失った過去、守りたい今
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42.犯人の指示

 お昼時にはまだ若干早いがそれでも所々埋まった席から向けられた視線に一瞬たじろぎつつも、一度食堂全体を見渡してからぽつりと呟いた。


「文面通りに読み取るなら最初はこの食堂のどこかに⋯⋯」


 犯人からの指示は『これから指定する場所に置かれたキーワードを見つけて入力しろ』『ただし必ず徒歩で来ること』『一つ目は食堂』という端的で説明不足なものだったためいまいち理解が出来ていない。


 しかもキーワードと言ってもそれがどのような状態で置かれているのかがさっぱり分からない上、座席数が五百を超えるこの食堂の中をたった一人、且つノーヒントで探すのは容易ではないだろう。


 だが自分が動かない限り事態は進展しない。幸い時間制限などは無いようだがここでのんびりしている余裕も無いのだ。


(どこに⋯⋯一体どこにあるんだ⋯⋯!?)


 表面上は平静を装って食堂内を歩きながら並べられた机や椅子を次々と見ていく。


 何かを注文する訳でもなく不自然に何度も同じ所を通過する咲希には当然ちらほらと奇異な視線が向けられていたが、そんなことはどうでも良かった。


(⋯⋯元凶は僕なんだ⋯⋯僕のせいで⋯⋯)


 犯人は自らのことを『咲希の過去を知る者』と称していた。それがが本当ならば咲希に恨みを持っているという可能性はかなり高い。


 誘拐という犯罪行為を実行に移すような人物だ。この指示に従った結果行き着く先で待っているのは間違いなくろくでもないものだろう。


 しかしそれでも咲希は立ち止まろうとは思わなかった。


(⋯⋯僕はどうなってもいい。けど、他人(神原さん)を巻き込むのだけは許せない)


 チリ、と痛んだこめかみを反射的に右手で押さえて唇を引き結ぶ。


「⋯⋯⋯⋯」


 すぐに治まったそれを意識の外に追いやると咲希は捜索を再開した。





『────⋯⋯』


「なるほど、今のところは順調みたいね。なら引き続きそっちはよろしく頼むわ」


『⋯⋯⋯⋯』


「とりあえずは計画通り、と⋯⋯」


「⋯⋯あ、あの、本当に大丈夫なんですか?やっぱりもう少しヒントとかを出した方が⋯⋯」


「いいのよ必要ないから。どうせあいつはこんなんじゃ諦めないだろうし、それはあなたも分かってるでしょ?」


「それは⋯⋯そうですけど⋯⋯」


「なら黙って見てなさい。重圧の中で足掻く姿を」





「見つからない⋯⋯」


 いつもの窓際の席によろよろと腰を下ろした咲希はそう(こぼ)して机に突っ伏した。


 あれから約三十分かけて食堂の中を捜索したもののそれらしきものはどこにも見当たらず、一縷(いちる)の望みを懸けて覗いたウリ坊にも犯人からの追記などは一切無かったため正に八方塞がりの状態だった、


(まだ最初だっていうのに冗談じゃないぞ⋯⋯)


 仮に一つ目のキーワードを見つけることが出来たとしても二つ目三つ目があるのは明白。こんな所で足踏みしている場合では無いのだ。


 こうなったらもう傍武(はたけ)に助けを求めてしまおうかとスマホを手に取ったが、直後にそれは駄目だと思い出して動きを止める。


「⋯⋯くそ⋯⋯」


 そのまま力なく腕を下げた瞬間、気が緩んでいたのか手からスマホが滑り落ちてしまった。


 カシャンと音を立てて床に落下したスマホはよりによって机の下の奥に行ってしまい、咲希はため息をついてそれを取るために椅子を移動させてその場にしゃがみ込んだ。


「うー⋯⋯こんなことしてる場合じゃ⋯⋯──て、あれ⋯⋯?」


 咲希が突っ伏していた机の下部、天板の裏に何かがマスキングテープで貼り付けてある。


「これ⋯⋯もしかして⋯⋯」


 恐る恐る手を伸ばして剥がしたそれは折りたたまれた何かの紙であり、ゆっくりと広げて内側を確認するとそこにはひとつだけ文字が書かれていた。


「⋯⋯『(かわ)』⋯⋯?」


 おそらくこれが指示にあった例のキーワードで間違いないとは思うのだが、これだけでは何を意味するものなのかまでは分からない。


 咲希の名字にも河という字が入っていることからもしかしたら自分の名前がキーワードなのではないかという考えが浮かんだが即座に否定する。


(まだ手がかりが少なすぎる)


 あまり早い段階で思考に捕らわれるのは得策では無いだろう。


「それにしてもまさかこんな所にあるとは⋯⋯灯台もと暗しってやつか」


 机はもちろん椅子や柱、ゴミ箱に至るまでめぼしい場所は全て確認したつもりだったのに自分が普段から使っている場所はまず無いだろうと勝手に決めつけて見落としていた。


「⋯⋯⋯⋯」


 達成感や感慨などは無い。ただ無心でその一文字を件のスレに打ち込んで送信すると、数十秒後に犯人から新たな書き込みがあった。


 『正解』『二つ目は図書館』


 流石にひとつで終わるほど優しくないのは分かっていたが、その端的な文字列に無意識に怒りが湧いてくる。


(こんな子供の遊びに⋯⋯)


 それでも感情的になってはいけない。冷静にならなければならない。焦りが余計な失敗を引き起こすのは経験から知っている。


 念の為キーワードの書かれた用紙はバッグの中に入れておき、一度大きく息を吐いてから両頬を叩く。


「⋯⋯行こう」


 そしてやってきたのは大学付属の図書館。最近はめっきり行く機会が減ってしまったが、個人的にはかなり馴染みのある場所だ。


 食堂と同様に一般開放されているため平日の昼間とはいえ館内には様々な年齢層の人がいた。


 広さ自体はそこまでではないがここは図書館だ。当然多くの本棚と膨大な数の本が置かれており、もしもキーワードの書かれた紙がその中に隠されていたらどう頑張っても見つけられる気がしない。


 その時の咲希は軽く絶望していたのだが、二つ目のキーワードは予想外に早く見つかった。


 というのも、流石に無いとは思いつつも先程と同じように机や椅子を確認していると、図書館の壁際──一番端っこの席の裏面に学食にあったものと同じ紙が貼り付けてあったのだ。


 書かれていたのは『(かわ)』という文字。


(また川⋯⋯さっきはさんずいの河だったけどどういう⋯⋯いや、合わせたら河川(かせん)になるな⋯⋯?)


 キーワードに意味があるのかすら分からない状況で考えても無駄なような気がするが、思考している内にそれとは別の事柄についての可能性が浮かんだ。


「もしかしてこれ⋯⋯僕が普段使ってる場所に隠されてるのか?」


 声に出してみると何の根拠も無いのにそれが正解のような謎の確信が生まれてくる。


 週二から三利用する学食では定位置である窓際のカウンター席に、去年は週三くらいで利用していた図書館ではよく読書に使う壁際の席にキーワードは隠されていた。


 犯人は咲希のことをよく知る人物だ。こちらの普段の行動が観察されていたとしてもおかしくはないだろう。


(だとすればかなり場所を絞り込める⋯⋯正直ずっと総当りで調べるのは時間的に厳しかった)


 咲希の精神や体力は気合いでどうにでもなるが、広い空間内を一人で隅々まで捜索するのに掛かる時間だけはどうしようも無かったのだ。


 一応気を付けなければならないのはまだ二つしか事例が無いため断定は出来ないという点だ。だがそれでも参考程度に頭の隅に置いておく分には問題ないだろう。


「っと⋯⋯次は『保健室』か。予想が合ってるといいけど」


 キーワードを入力して新たに書き込まれたそこもやはり咲希と関係性が深い場所だった。


 時刻は12時を過ぎたところ。日が暮れるまでにはどうにかしなければ、と心の中で呟いた。





 保健室の扉の横面に貼り付けられた三つ目のキーワード『後』を見つけた咲希は、四つ目に指定された『自動販売機』の前で物陰に隠れていた。


 今までの広い部屋と違い自動販売機はこの四つしか置かれていない。さっさと済ませて次に進みたい所だが、ダイミングが悪く先客がいたため仕方なく待機することになったのだ。


 スマホをつつきながら飲み物を買っている男を見ていると、記憶の中でとある顔と名前が浮かんできた。


(あ⋯⋯思い出した、あれは確か一ヶ月前学食で神原(みはら)さんに絡んでた⋯⋯⋯⋯田中って人か)


 辺りを見回してみても彼とよくつるんでいる渡辺(わたなべ)の姿は見当たらない。謹慎が明けてそれなりに経つが悪い噂は聞かないため今のところは咲希が関わる必要は無いだろう。


 そう思っていたのだが、そこでイレギュラーな事態が発生してしまった。


 自動販売機の取り出し口から買った飲み物を取ろうとした田中が不自然に動きを止め、飲み物の代わりに何やら紙のようなものを手に取って広げたのだ。


(ッ!?嘘だろ⋯⋯!?)


 あの紙には見覚えがある。間違いなく四つ目のキーワードが書かれた用紙だ。


 慌てて飛び出して声をかける。


「あ、あの!!」


「っ!?⋯⋯お、お前は⋯⋯河館(かわだて)──っ!?」


「出来ればその紙を⋯⋯て、ちょっ!?何で逃げっ⋯⋯!!」


 部外者に紙を持っていかれる訳にはいかないため出るしかなかったのだが、何故か田中はこちらに背を向けて突然走り出したのだ。

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