41.お嬢の失踪と手がかり
「⋯⋯⋯⋯は?」
一瞬その言葉の意味が理解出来ず、危うく持っているスマホを取り落としそうになった。
「ゆ、誘拐って⋯⋯何言ってるんだ、つまらない冗談はやめろよ⋯⋯?」
頬を引きつらせながらもう一度聞き返すと傍武は苦しそうな声を漏らした。
『正直俺も良く分かっとらん⋯⋯ただ、これを解決出来る人は多分お前しかおらんと思う』
「僕だけって⋯⋯もう少し説明してくれそれじゃ全く意味が分からない!」
『ッ!⋯⋯そうじゃな、すまん、ちょっと焦っとった。⋯⋯説明するけん聞き逃すなよ』
咲希の頼みを聞き入れてくれたらしい傍武は一度息を吐くと語り出した。
『──情報の出所は掲示板にあった「お嬢は頂いた」ってタイトルのスレ。それ自体はたまに見かける釣り系のスレだと思って最初は気にも止めんかったけど、よく見たら珍しくID指定の閲覧者制限が掛かっとった』
ウリ坊では@から始まる英数字を組み合わせたIDで一つ一つのアカウントが管理されており、書き込む際にそれを設定することでスレを指名された人にしか開けなくしたり見えなくしたりすることが出来るようになっている。
しかしそれとは別で個人個人でのメッセージのやり取りが出来るダイレクトメッセージ機能や数人から十数人のグループを作成する機能があるためID指定の方は平時ではあまり使われないものというのが咲希の認識だ。
「⋯⋯それで?」
『ここから一番重要な部分。その指定されとったIDって言うのが何故かサッキーのアカウントだったんよ』
「僕のアカウントが?」
傍武の言葉に眉をひそめる。咲希も大学入学当初にウリ坊に登録してアカウントを作成したはいいものの、その性質がどうしても好きになれず早い段階で敬遠するようになっていた。
それにより滅多に表に出てこない咲希のアカウントはほとんどの人に知られていないはずなのだ。
『サッキーのアカウント知っとる人って何人おったっけ?』
「ショー入れて確か⋯⋯十人くらいだったと思う」
『それって同じ学科のやつか?』
「多分⋯⋯ほとんどは」
はっきり言って咲希自身も自分のアカウントがどれだけの人に知られているのかは分かっていない、ましてや一年以上前のことなど覚えているはずが無かった。
『とにかくサッキー大学来れるか?お前おらんとスレも開けんしこれ以上話が進まん。それまで俺は騒ぎがデカくならん程度に聞き込みして待っとくけん』
「分かった。すぐ行く」
ウリ坊には百合浜市立大学の敷地内からしかアクセス出来ないためここにいる意味は微塵も無い。
即座に着替えと支度をするため行動を始める。
『そうだサッキー、お前神原お嬢の連絡先持っとるよな?』
「持ってるけど」
『なら道中にでも電話してみてくれんか。繋がればそれでええけど繋がらんかったら⋯⋯⋯⋯いや、やっぱ何でもないわ。とりあえず一旦切るぞ』
「お、おい!?」
咲希の返事を待たずに通話が終了される。
「⋯⋯⋯⋯」
通話の切れたスマホの画面を見つめながらそっと息を吐き、無意識に右手を握り締める。
「⋯⋯させないよ、そんなことには。絶対に」
正直誘拐というのも傍武が言っているだけであって、現時点では他に証拠が無くにわかには信じ難いことだ。しかしそれでもあの傍武がこんな面白くない嘘をつくとは思えない。
連絡先の交換はしたものの滅多に使う機会の無かった夏愛とのトーク履歴を開き、電話を掛ける。
(頼む⋯⋯出てくれ⋯⋯頼む⋯⋯!!)
支度をしつつそう願いながらただひたすらに待つ。何度か呼び出し音が流れ、そして⋯⋯。
「⋯⋯繋がらない、か」
どれだけ待っても夏愛が電話に出ることは無かった。
もしかしたら何らかの事情によって電話に出られないだけかもしれないと思い『読んだら返信してください』という短いメッセージを残すと、今度は傍武に『電話は繋がらなかった』と送る。
「⋯⋯急がないと」
とにかく今は一刻も早く大学に行かなければならない。
咲希は家から飛び出すと全速力で駆け出した。
♢
「(サッキーこっち!)」
時刻は午前10時半。息を切らせた咲希は大学の正門の影で声を抑えて手を招く傍武を見つけて眉を寄せた。
「何でそんな所に」
「(ええけんこっち!もうちょい奥来い!)」
言われるがまま植え込みの奥の芝生のような場所に入って腰を屈める。
「わざわざこんな所に隠れる必要があるのか?」
「言ったじゃろ、サッキーのアカウントが指定されとるって。サッキーもお嬢も両方良くも悪くも有名人じゃけんな、勘のええやつはもう気付いとる」
件のスレが咲希のアカウントにしか開けないということは、言い換えれば咲希のスマホさえあれば誰でもスレの中身を見ることが出来るということだ。
恐らく傍武は万が一を考えて人混みを避けたのだろう。
「なるほどな。⋯⋯っと、これか」
正門横の植え込みの中とはいえここは既に大学の敷地内。ウリ坊にアクセスした咲希はTLを少し遡って見つけたスレをタップする。
「開けたか?⋯⋯おい、サッキー?」
動きを止めた咲希を不審に思った傍武が横からスマホを覗き込んで来たその瞬間、素早くスマホを伏せた咲希は書き込まれていた文章を復唱した。
「⋯⋯『お嬢は頂いた。返して欲しければこちらの指示に従え。その間は人質に危害は加えないと約束する。──河館咲希の過去を知る者より』」
スレの作成者は予想通りゲストアカウントだったためそこからの特定は断念する。
ウリ坊は本来百合浜市立大学に在籍する学生向けに作られたものであるため閲覧だけなら誰でも出来るが、何かを書き込むにはまずアカウントを持っている人からの招待を受けてサイトに登録する必要がある。
つまりゲストアカウントを持っている犯人は少なくともこの大学に知り合いがおり、尚且つ咲希の過去を知る人物に絞られるということだ。
「犯人に心当たりはあるか?あと、その指示っていうのも」
その問いには答えることなく咲希は立ち上がる。
「悪い、もう行かないと」
「は?ちょ、サッキー?おい!待てって!」
傍武の制止を無視して植え込みを出ると咲希は建物の方へ足を進める。
「悪いなショー⋯⋯これは本当に、僕にしか解決出来ないみたいだ」
傍武にはわざと言わなかったがあのスレには『指示には河館咲希本人がひとりで従うこと』という一文ともう一つ、とある画像が添付されていた。
「⋯⋯⋯⋯」
もう一度その画像を開き唇を噛む。
──それは一枚の写真だった。
どこかの部屋の中で、誰かが倒れている。
写っていたのは所々が破れて穴だらけになったタイツと、その下に覗く白い肌。
そして少し視線を上に上げるとどこかで見覚えのあるショートパンツが目に入る。
そこで画像を閉じ、スマホの画面を消した。
「⋯⋯ふざけやがって⋯⋯」
見間違えるはずが無かった。昨日それなりに長い時間を一緒に過ごした咲希の頭には普段と違うその服装がしっかりと記憶されている。
あの写真に写っていたのはどう見ても夏愛だ。
今までどこか現実じゃないような軽い気持ちでいたが、あんなものを見せられた以上もう信じるしかない。
──夏愛が誘拐された。
(あの時引き下がらずに無理にでも家まで送っていれば⋯⋯)
後悔したところでどうにもならないと分かっていても自分を責めずにはいられなかった。
しかしまだ諦めてはいない。相手が咲希の知り合いであるならば、どこかで話し合いをする余地が生まれるかもしれない。
ならば今はその可能性に懸けて犯人の指示に従うのが最善手だろう。
そして咲希は辿り着いた食堂の扉を開いた。




