34.お嬢はおかゆを食べさせたい
その瞬間、口の中で灼熱が生まれた。
「熱っっっっっっつああああああああ!!!!!」
無我夢中でサイドテーブルに手を伸ばし、一緒に持ってきてくれていたお茶を流し込んで何とか口の中を沈静化する。
「はぁ⋯⋯っ、はぁ⋯⋯っ、」
ちょっぴり涙を浮かべた咲希はひりひりする舌を気にしながら心の中で呟く。
(ゆ、油断した⋯⋯!そりゃそうだよな、あんなに湯気立ってたもんな⋯⋯!!)
冷まされていない出来たてのおかゆが熱いのは当然のことだ。誤解される前に言っておくと決してあーんに釣られた訳では無い。
「ご、ごめんなさい、そこまで熱いとは思わなくて⋯⋯」
「いや!大丈夫です、少しびっくりしただけなので⋯⋯!」
責任を感じているらしい夏愛が申し訳なさそうに視線を下げてしまったため咲希は慌てて弁明する。
そもそもおかゆが熱々だというのは夏愛の反応からして重々承知していたのだ。それなのに今こんな状況になっているのは完全に咲希の自己責任としか言いようがない。
「えっと、だから気にしないで欲しいというか⋯⋯むしろ、謝るのは僕の方です。折角作ってくれたのにあんなこと⋯⋯」
咲希のためにわざわざ作ってくれたおかゆを味わうことなくお茶で流し込むという最低なことをしてしまった。作り手である夏愛がどう思ったかは考えなくても分かる。
こちらは謝って済む問題では無いだろう。夏愛は「謝らなくていいです」と言ってくれたが、それでも謝罪をしなければ気が済まなかった。
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
当然と言えば当然だが、口を引き結んだ二人の間には完全な沈黙が降り立った。何を言えばいいのかが分からずただただ気まずい時間だけが過ぎていく。
(⋯⋯ど、どうすれば⋯⋯!?)
咲希は内心焦りつつもとりあえず今はこの空気をどうにかするのが最優先事項だと判断し、口を開いた──のだが。
「「あのっ」」
「えっ⋯⋯」
「あっ⋯⋯」
あろうことか言い出すタイミングが被ってしまった。声が重なったことによる何とも言えない恥ずかしさにお互い顔を逸らす。
「み、神原さん先どうぞ」
「いえ、河館さんが!私は後でいいので⋯⋯!」
「わ、分かりました⋯⋯」
ここで譲り合いの精神を発揮したところで埒が明かなくなるのは明白。一旦咳払いを挟んでから咲希は言いたいことを述べる。
「やっぱり自分で食べるので、お椀をこっちにください」
夏愛の膝の上にて両手でしっかりホールドされているお椀を取れる訳もなく、渡して貰えればすぐ受け取ることができるように咲希は両手を差し出す。
「⋯⋯⋯⋯」
夏愛は最初不服そうにその手を見つめると、半目のままこちらに視線を向けて予想外の言葉を放った。
「いやです」
「⋯⋯⋯⋯、」
何故か拒否されてしまった。もはや意味が分からない。
(一体何を企んでるんだ⋯⋯──ッ!?)
心の中で頭を抱えながらそう呟いていた咲希は息つく暇も無く目の前の光景に思わず自らの目を疑った。
「あ、あの、神原さん⋯⋯?」
恐る恐る声をかけるが夏愛は動きを止めず、再びおかゆの乗ったスプーンを差し出してくる。
「はい、どうぞ。今度はちゃんと冷ましたので安心してください」
「いや、どうぞじゃなくて⋯⋯」
やった側である夏愛本人は普通にしているが、やられた側である咲希はおよそ平常心ではいられなかった。
「むぅ。まだダメみたいですね⋯⋯(ふー、ふー、)」
「そ、それ!!!」
「はい?」
目の前で行われる問題の行動に対して若干声を張り上げながら指を差した咲希に、夏愛はスプーンを
持ったまま小首を傾げる。
「その、ふーってするやつ⋯⋯」
「ああ、これは河館さんが熱いの苦手って分かったので冷ますために」
当然のことのように説明され今度は心の中ではなくリアルで頭を抱えた。
(それは分かってる、分かってるけどそうじゃなくて⋯⋯!!)
もはや自分は柱に頭を打ち付けた方が良いんじゃないのかという衝動を抑えつつ咲希は深呼吸をして心を落ち着ける。
「どうぞ」
「⋯⋯⋯⋯」
油断した訳でもないのに目の前にはまたスプーンが待ち構えていた。
隙があれば即座に咲希の口元にスプーンを持っていく夏愛のメンタルの強靭さにたじろぐが、生憎咲希はここまでされて退けるほどの精神は持ち合わせていなかった。
ゆっくりとスプーンに口を近付け、同じように目を閉じて先程よりは慎重に食らいついた。
「⋯⋯⋯⋯!」
直後に広がるお米の甘さとほのかな塩の風味。
絶妙な炊き加減のお米は硬すぎず柔らかすぎずしっかりと『食べた』という感覚を得ることができる上に、お米本来の甘さを邪魔しない程度に加えられた塩がアクセントとなりシンプルながらも全く味に飽きさせない。
先程はあまりの熱さに味を感じる余裕など無かったが、いざ冷まされてみればこれだ。
(⋯⋯凄いな⋯⋯)
夏愛は料理が得意だというのは分かっていたが、ただのおかゆでもここまで美味しくなるのかと感動する。
もぐもぐと数回咀嚼し、飲み込む。たったそれだけなのに咲希は普段の食事では考えられないくらいに緊張していた。
ようやく目を開くと夏愛と視線がぶつかった。
「どうですか?」
「美味しい、です。ほんとに、ここまでとは思ってなくて⋯⋯」
「そうですか。それは良かったです。⋯⋯不味いって言われたらどうしようって思ってました」
「そ、そんなこと絶対言いませんよ!折角作って頂いたのにそんなこと⋯⋯」
「⋯⋯ありがとうございます」
焦って言葉が繋がらなくなった咲希だったが、目を細めて照れくさそうに笑う夏愛を見ていると自然と笑みが零れてしまった。




