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お嬢はやけにぐいぐい来る  作者: 狐白雪
第三章 失った過去、守りたい今
33/79

33.これが噂の看病ってやつ

「今の体調はどうですか?」


 一分ほどで復活した夏愛(なつめ)にそう聞かれ、咲希(さき)は当たり前のように実際よりも軽めに答えようとしたのだが、先手で「ちなみに嘘はついたらだめですよ」と言われてしまい仕方なく正直に伝えることにした。


「倦怠感と頭痛⋯⋯それと何となく頭が重い感じです」


「他には?」


「他は⋯⋯特に無いですね」


 幸い喉の痛みや鼻水等の症状は無かったため、現状はとりあえず寝ておけば何とかなる程度だ。


「頭痛、頭重(ずおも)、全身倦怠感⋯⋯咳などは無し、と⋯⋯」


 バッグから取り出した手帳に何かを書き込んでいた夏愛は顔を上げるとサイドテーブルにあった体温計を渡してくる。


「体温測ってください。私は後ろ向いてますから」


「は、はい」


 咲希は首元が緩めの長袖Tシャツを着ているため体温計はそこから差し込むだけで良く、決してはだけたりすることは無いのだが、一応見ないようにするのは彼女なりの気遣いらしい。


 ほどなくして電子音が鳴り、表示された数字を見て眉を寄せる。


「何℃でした?」


「三十八度二分⋯⋯ですね⋯⋯」


「三十八度!?」


 ばっ!と振り返った夏愛に、咲希は慌てて顔の前で両手を振る。


「僕は全然大丈夫ですから!⋯⋯それより神原(みはら)さんの方が、うつったりしたら大変なので⋯⋯やっぱ、り⋯⋯」


 言葉が途切れたのは夏愛の顔を見てしまったからだ。どんな表情だったのかは言うまでもない。


「⋯⋯すみませんでした」


 謝罪は受け取ったというように目を伏せた夏愛は、すぐ後ろに置いていたらしいレジ袋を手に取るとがさがさと漁りだした。


「それはそうと、食欲はありますか?無いなら無いで一応ゼリーとかも買ってきたのでそっちを出しますが」


 右手にゼリー、左手にプリンを持って同時に掲げる夏愛に咲希は何と答えるか迷った。


「えぇっと⋯⋯」


 自らのお腹に手を当ててみると、朝からお茶しか飲んでいないせいか空腹を訴えるような感覚が返ってくる。


「⋯⋯意外と、食欲はあるみたいです」


 素直に言っておかないと後が怖いというのは充分に理解しているため今度こそ正直に白状する。


 すると夏愛は「分かりました」と言って立ち上がった。


「⋯⋯⋯⋯!?」


 その瞬間、ぽかんと咲希の口が開かれる。


「キッチン借りますね」


「えっ?あ、はい、どうぞ⋯⋯?」


 反射的に承諾(しょうだく)すると、夏愛はそのまま部屋から出ていってしまった。


「⋯⋯⋯⋯」


 しばし固まっていた咲希は先程見た光景をもう一度思い出す。


「⋯⋯⋯⋯黒タイツ⋯⋯⋯⋯」


 話している間は座ったままだったため気付かなかったのだが、今日の夏愛は白の長袖ブラウスに黒のショートパンツとタイツを合わせたスタイルだった。


 今までずっとロングスカートによって見ることのできなかった脚線美が、タイツ越しとはいえ(あらわ)になっているのはあまりにも眩しすぎて目に悪い。


(⋯⋯透けてなくてよかった⋯⋯)


 季節のお陰か比較的分厚いタイツだったらしく、ほとんど素肌は見えないものだった。その点では助かったと言えるだろう。


(⋯⋯⋯⋯⋯⋯)


 それでもやはり咲希も男、ほっそりとした脚のラインは脳裏にしっかりと焼き付いており、妙に高鳴る胸の辺りを押さえながら枕で顔を(おお)って(もだ)えるはめになったのだった。





「お待たせしました。⋯⋯て、何ですかその格好」


「あっ、ちょっとストレッチを⋯⋯」


「そうですか⋯⋯?」


 あれから約三十分後、煩悩(ぼんのう)に抗うためベッドにうつ伏せになり後頭部に枕を乗せていた咲希は、何の前触れも無く部屋に入ってきた夏愛に苦しい言い訳をしていた。


(さ、流石に直視できない⋯⋯)


 いつもと違う格好の異性にドキドキするなんてまるで男子中学生のようで情けないが、今まで異性どころか他者との関わりを避けてきた咲希にとってはそれも仕方のないことなのかもしれない。


 自分にこんな面が残っていたのだという事実に驚愕しているのは事実だが、生憎(あいにく)それに対処する方法が分からないのも事実だった。


 気付く前の自分はどんな顔で夏愛と接していたのか思い出そうと頭を悩ませていると、ベッドの横でコトリと何かを置くような音が聞こえた。


「起き上がれますか?」


 声をかけられた以上無視する訳にもいかず、咲希は返事をしてゆっくりと顔を起こした。


 そしてすぐにサイドテーブルにお盆に載せられた陶器のお椀が置いてあることに気付く。


「⋯⋯これって⋯⋯」


 お椀に入った白くつやつやした何かを凝視する咲希を横目に、夏愛はスプーンを手に取りそれを軽く混ぜながら呟く。


「おかゆです。食欲はあるみたいですけど熱で胃が弱ってるかもしれないので念のため水は多め、味付けは塩でシンプルなものにしました」


「もしかして神原さんの手作りですか⋯⋯?」


「もちろんです。腕には自信があるので味は保証しますよ」


 これでも夏愛の料理の腕が確かだというのはこの半月で理解しているつもりだ。その心配をする必要は無いだろう。


「本当は冷ました方がいいんですがあまり待たせる訳にもいかず時間が⋯⋯」


 やけに早いと思ったらどうやら急いで作ってくれたらしい。


 出来たてでかなり熱いのか夏愛は微妙に苦戦しながらしばらくおかゆを混ぜ続けると、やがてお椀を持ち上げて自らの膝に置いた。


「それでは、どうぞ」


 そんなとこに置いて熱くないのかな、と的外れなことを考えていた咲希はそう言って向けられたスプーンに目をぱちくりとさせる。


「えぇっ⋯⋯と⋯⋯⋯⋯?」


 てっきりお椀を渡して貰えると思っていたのだが、何故か一口分のおかゆの乗ったスプーンが咲希の口元に近付けられている。


(これはもしや⋯⋯いわゆる『あーん』というやつなのでは⋯⋯)


 困惑しつつ視線を送ってみるが、夏愛は真剣な眼差しでこちらを見つめている。


「⋯⋯食べてくれないんですか⋯⋯?」


 咲希がいつまで経っても動かないせいか、眉を下げた夏愛から悲しげなか細い声が聞こえてしまい、一気に罪悪感が押し寄せてくる。


(そうだよな⋯⋯僕のためにわざわざ作ってくれたのにそれを食べないのは⋯⋯⋯⋯最低だ)


 そう思い直した咲希は不安そうに揺らぐ白百合色の瞳を見ないようにぎゅっと目を(つむ)り、思い切ってスプーンに食らいついた。

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