30.どうしてここに?
「⋯⋯なによ」
怒っていても反応はしてくれるのか、と若干感謝しながら続ける。
「4年前に遠くに引っ越したはずの望冬がどうしてここにいるのか。それが一番聞きたい」
「⋯⋯あっちで高校卒業したから戻ってきたのよ。行きたかった⋯⋯というか通ってる大学が近くだから」
「ん?え、近く⋯⋯? 」
近くの大学、と言われて思い浮かぶのは二ヶ所のみ。咲希たちが在籍している市立大学ともうひとつ──
「もしかして国立の方に⋯⋯?」
恐る恐る尋ねると不服そうな顔を見せられた。
「あたしが国立大学に合格したら駄目なの?これでも中学高校時代の成績はずっと学年一桁をキープしてたんだけど」
「あぁ⋯⋯そういえば」
言われるまで忘れていたが、確かに望冬はこう見えて昔からずば抜けて成績が良かった。よくテストで満点近い点を取って自慢してきていたのを思い出す。
地元から離れ、咲希の知らない所でも頑張っていたのだと思うと素直に関心してしまう。
「それは⋯⋯おめでとう」
「ありがとう。⋯⋯その褒め言葉は受け取っておくけど、あたし的にはさっくんの方が何倍も謎だと思うんだけど」
「謎?」
思いもよらぬ言葉に首を傾げると呆れたようなため息を返される。
「まずなによその見た目と口調。あんた昔は裸眼でもっとガサツな喋り方だったでしょ?それに一人称も『僕』になってるし、あたしがいない4年の間に何があったのよ」
連続で飛んでくる質問に苦笑を浮かべていると、案外気になるのか無言でこちらをじっと見つめる夏愛の姿が目に入る。
とはいえ何とも答えにくい質問なのも事実。流石に言えないこともあるし、全てを話せば長くなるためここは端的に告げることにした。
「あー、大学デビュー⋯⋯的な⋯⋯?」
「は?」
望冬から放たれた思ったより冷たい声と夏愛の微妙な視線にたじろぐが咲希はそんなことではへこたれない。
「いやだって、望冬の方こそ何か地雷⋯⋯じゃなかった派手派手な感じになってるし同じだろ!?」
「ち、違うわよ!(⋯⋯ただちょっとあたしもこういうのに憧れてたというかやってみたかったというか別に色んな人に可愛いって言われて引けに引けなくなってなんか気に入ってるとか思ってないから)とにかく気にしないで!!!」
「えっ、あ、それはごめん」
途中ごにょごにょと何を言っているのか分からない部分もあったが、顔を真っ赤にして反論してくる辺り本人も割と頑張っているようだ。あまり触れられたくないのなら触れないのが礼儀だろう。
「はぁ⋯⋯⋯⋯最後に、なんであれだけ成績悪かったあんたが市立受かってるのか、それだけ説明してくれたら許すわ⋯⋯」
「⋯⋯それは」
「⋯⋯?」
少し間を置いて落ち着いたらしい望冬にじっと見つめられ咲希は目を逸らすが、事情を知らない夏愛はひとり疑問符を浮かべている。
(⋯⋯さて何と言ったものか)
咲希には咲希の事情があって今の大学を選んだのだが、その経緯まで全て馬鹿正直に話すのは流石に憚られるし、かと言って嘘をつくのも望冬に悪い気がする。
八方塞がりでどうにかして答えなければならない状況の中、何とか言葉を捻り出した。
「一番近くにあったから⋯⋯⋯⋯?」
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯無言が一番辛いってことは知ってますかいおふたりさん」
「⋯⋯あ、うん、なんかさっくんらしいなって思って」
「そんな動機で受かったんですね⋯⋯あそこ別に偏差値低いわけでは無いと思うんですけど」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯なんかほんとにすみませんでした⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
望冬どころか夏愛にまで生暖かい目で見られてしまい思わず咲希はテーブルに伏せったのだが、すぐに誰かに背中をぽんぽんと叩かれ現実に引き戻される。
「まあでも、いいんじゃない?結果的にまたあたしと会えたんだし」
「ブレないな望冬⋯⋯てかそんなキャラだったっけ、昔はもっとツンとしていだだだだごめんなさい口が滑りましいだだだだだだだ」
割と強く背中を抓られ伏せたまま呻く咲希に望冬は呆れたように息を吐いた。
「言ったでしょ、4年もあって変わったって。別にいじめられたとかじゃないからあんたは心配しなくていいの」
その言葉にはっと顔を上げると苦笑を浮かべる彼女と目が合う。
「⋯⋯相変わらず鋭いな」
「幼なじみだもん、それくらい分かるよ」
「左様で」
望冬は咲希と正反対で昔から他人の心の機微や気持ちを読み取るのが上手かったため、この辺りは変わっていないんだなと思うとふと笑みが零れた。
「⋯⋯本当に望冬なんだな」
「なに?最初から言ってるでしょ?」
「そうか⋯⋯そうだったな」
4年という空白期間はあったがそれでも昔と変わらず親しく接してくれる望冬には、ひとりの幼なじみとして密かに感謝していた。
しかしそのせいですぐ近くに迫る脅威に気付くのが遅れてしまった。
「⋯⋯私がいること忘れてませんか?」
「「⋯⋯あ⋯⋯」」
びくりと肩を震わせ二人揃って視線を動かすと、すぐ目の前に笑顔で佇む夏愛が目に入る。
また放ったらかしにしてしまったせいで怒られると思って身構えたが、予想に反しどれだけ待っても何も起きることは無かった。
「いくら私でもそこまで酷いことはしません。別に、独占したい訳でも無いので」
後半少し言動が怪しかった気がするが、ジト目でそう言ってカップに口を付ける夏愛の姿に咲希は自然と頬が緩むのを感じた。
(何と言うか⋯⋯上手いよなぁ)
言葉にしようとすると難しいのだが夏愛は引き際を弁えているというか、相手との関係を壊さないギリギリのラインを保っているように思えるのだ。
他者との関わり方がよく分からない咲希からするとシンプルに羨ましい限りだった。
そう関心していた時、ふと近くでスマホの着信音が鳴った。
咲希は普段からマナーモードにしているため誰だろうと思っていると、バッグから取り出したスマホを見たらしい夏愛が声を上げた。
「友人から連絡が。どうやら私が講義に来ていないことが気付かれたみたいです」
現在の時刻は10時半。本来ならば大学で講義を受けているはずの時間だが、望冬との遭遇によりまるまる一時間すっぽかした形となっている。
特にこだわりの無い咲希にとっては単位など後でいくらでも取り返せるものだとあまり気にしていなかったのだが、友人がいるとこんな風に心配してもらえるのかと少し驚いた。
おそらく返信だろうか、夏愛はスマホを弄って何かを打つと画面を閉じて顔を上げた。
「充分お話できましたし、そろそろお開きということでよろしいですか?」
「あたしは構わないけど」
「僕も大丈夫です」
返事に頷いた夏愛が伝票に手を伸ばそうとしたのをすかさず制した咲希はいつもの笑顔を浮かべた。
「僕が払うので」
「いや、でも私が連れて⋯⋯」
「二人にかなり迷惑かけたみたいなのでせめてこれくらいさせてください。お願いします」
若干苦笑交じりにそう言うと、夏愛は「わかり、ました」と渋々ながらも引き下がってくれた。




