28.お話をしましょうか
「⋯⋯⋯⋯!?」
やけに鋭い指摘に思わず固まる。助けを求めるようにちらりと夏愛の方を見るがとても冷ややかな目で一瞥されてしまった。
どうやら自力で切り抜けるしか無いらしい。
一応説明しておくとこういう経験は無いのだが、それに近いことならついこの間されたばかりだ。
ただそれを軽率に他人に言っていいものかどうかは別だろう。
噂にでもなれば自分は良くても夏愛に影響が出てしまうかもしれない。
ここは安定をとって誤魔化すべきだと判断したのだが、先に口を開いたのは望冬の方だった。
「まぁあんなに仲良さそうに手繋いでたしそれくらいあってもおかしくはない⋯⋯のかな」
「それは忘れてほしい⋯⋯というか、そろそろ離してくれ⋯⋯!」
見られていたことは一旦置いておいて、白昼堂々街中で男女が抱き合っているというのは色んな意味でまずい。
心の中で謝りながら半ば強制的に望冬を引き剥がす。
「むぅ⋯⋯じゃあこっちは?」
「──ッ!?」
今度は反対の右腕に抱き着かれそうになり咄嗟に身を躱した咲希は、信じられないような目でこちらを見る望冬から視線を外す。
「⋯⋯ごめん」
「あっ⋯⋯その、あたしこそごめんなさい⋯⋯手、怪我してたのに⋯⋯」
「え?あぁ⋯⋯」
言われるまで忘れていた右手の包帯をそっと見つめる。怪我に対して大袈裟すぎるかと思っていたが、結果的に助けられたらしい。
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
「あー、えっと⋯⋯こっちならいいから⋯⋯」
黙り込んでしまった望冬に罪悪感を感じ、代わりに左腕を差し出すと彼女の顔がぱっと明るくなる。
「じゃ、じゃあ⋯⋯失礼します」
さっきまでの勢いが無くなりおずおずと左腕に抱き着いてきた望冬に頭痛を感じると共に申し訳なさでいっぱいになる。
「⋯⋯⋯⋯」
ただその間にも夏愛の周囲だけ気温がどんどん下がっているように感じるのは恐らく気のせいではないだろう。
「⋯⋯ところで望冬、そろそろ自重しとかないとまずいことになるかもしれない⋯⋯」
「まずいこと?大丈夫、心配しなくてもあたしが着いてるよ」
落ち込みから復活したのか明るい声音に戻った望冬に少しだけ安心しつつも今はそれどころでは無いと気を取り直す。
「違う、そうじゃない⋯⋯、?」
項垂れるように視線を落とした咲希はふと腕に触れる謎の感覚に気が付いた。
(⋯⋯⋯⋯柔らかい⋯⋯?)
それは未知の感覚だったが大体想像はつく。
まず大前提として夏愛と望冬は身長こそ違うがどちらも健康的な範囲での痩せ型であり、その身体は女性的な柔らかさを残しつつもしっかりと引き締まっているように見える。
また、重ね着された衣服により外見では分かりづらいが綺麗なくびれもあるようだ。
女性にとっても理想の体型であることは間違いないだろう。
ただやっていることは同じはずなのに夏愛には無くて望冬にはあるものがぎゅむぎゅむと腕に当たっていることが問題なのだ。
どうやら望冬は見ない間に随分立派に成長したらしい、という最低な感想は胸の中に秘めておく。
無自覚かと思って望冬を見るが、上目遣いで見つめられているあたりおそらく意図的だろう。
何となく恥ずかしくなり目を逸らすと丁度その先にいた夏愛と視線がぶつかってしまい、彼女の背後からぞっとする何かが放たれた。
「⋯⋯河館さん?」
「⋯⋯はい」
笑顔の奥に隠された恐ろしいものを本能で察した咲希は反射的に背筋を伸ばす。
「お話、しましょうか」
「いや、でもこれから大学が⋯⋯」
「いいですね?」
「は、はいっ!!分かりました!!!」
有無を言わさぬ圧に抵抗する気力が根こそぎ奪われ、操り人形のように身体が硬直してしまう。
「⋯⋯あなたもですよ?逃がしませんから」
「ひっ!?」
どさくさに紛れて逃げようとしていた望冬は夏愛に手首を掴まれその場に引き留められる。
「ねぇ助けてよさっくん⋯⋯!!」
「(⋯⋯⋯⋯無理)」
いくら咲希でも無理なものは無理と言うしかない。
この場の支配者は夏愛。そう感じさせるには充分すぎるほどの気迫に圧倒された二人は大学とは別の方向に強制的に連行されるのだった。
♢
「ごゆっくりとお過ごしください」
「ありがとうございます」
大学近くのカフェにて、注文の品を持ってきてくれた店員さんに会釈をした夏愛はテーブルの上に置かれたふたつのミルクティーをそれぞれ自分と咲希に、ブラックコーヒーを望冬の前に置いた。
「⋯⋯⋯⋯」
「えっと⋯⋯望冬?僕が飲むからそれ貸して⋯⋯」
無言で目の前のコーヒーを見つめる望冬とカップを交換しようとした瞬間、横から伸びてきた手に腕を掴まれる。
恐る恐る横を見ると笑顔の夏愛と目が合った。
「駄目ですよ?というか前に河館さんコーヒー飲めないって言ってましたよね」
「それは⋯⋯」
注文は全て夏愛がしてしまったため咲希は口を出せなかったのだが、好みなどを分かった上でやっているのだから女子って怖いんだなと改めて思い知った。
「⋯⋯いいよさっくん、これくらい飲めるから」
「いや、無理しなくても⋯⋯」
「いいの。この子多分あたしが苦しまないと納得しないだろうし」
そう言って望冬はカップに口をつけ、目をぎゅっと瞑ってそれを飲み込んだ。
「〜〜っ!!」
しばらくして顔を覗かせたはちみつ色の瞳は涙で潤んでいた。
その姿に再び罪悪感を感じた咲希は夏愛の方へ向き直る。
「⋯⋯神原さん、謝るので許して頂けませんか」
「許すもなにも、私は怒ってませんよ?ただ街中でいきなりあんなことをしたのはどういうことか事情を聞きたかっただけなので」
頭を下げた咲希だったがどう見ても怒っている夏愛にいなされてしまい言葉に詰まる。
しかし助け舟は思わぬ方向からやってきた。
「⋯⋯そういうことなら、何でも聞いていいわよ」
その声にもう一度振り返ると先程までと違ってキリッとした顔になった望冬がいた。夏愛との会話に応じる気らしい。
そしてようやく望冬に対してずっとあった違和感の正体に思い至る。
(そうか口調⋯⋯そういえば昔はこっちだったな)
言ってしまえば街で再会した時は見た目通りの地雷系というか、媚びを売るようなむず痒い喋り方になっていた。
そのせいで咲希の記憶の中にあった清楚な頃の望冬のイメージと中々合致しなかったようだ。
「ならもう一度聞きます。あなたは誰ですか?河館さんとどういう関係ですか?」
顔を上げると望冬を真っ直ぐ見据える夏愛の姿が目に入る。
考え事をしている間に始まってしまった事情聴取を、咲希はただ見守ることしかできなかった。




