27.再会。⋯⋯じゃなくて誰?
(⋯⋯やっぱりまだ慣れないなぁ⋯⋯)
朝のやり取りによって今日は夏愛と一緒に──それも手を繋いで──大学に向かうことになったのだが、とにかく視線が痛い。
夏愛自身はあまり気にしていないようだが、彼女はその麗しい容姿や気品溢れる立ち振る舞いにより普段からかなりの人目を引いている。
咲希から見ても夏愛が美人だというのは否定のしようが無いし、する必要も無い。立ち振る舞いに関しては周りの一般的な評価と咲希の個人的な評価に結構な相違があるようだが今は置いておこう。
そんな彼女と同行する以上ある程度の覚悟はしていたのだがそれでも自然と表情が強ばってしまう。
しかし咲希にとってはそれよりも重大な問題が別にあった。
「神原さん、そろそろ⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
無言を返す夏愛に心の中で懇願する。
百歩、いや千歩譲って一緒に大学に向かっているのは良いとしても、流石に手を繋いでいる姿を他の学生に見られる訳にはいかない。
いかないのだが、夏愛が手を離してくれるまでの時間が日に日に伸びているような気がするのだ。
実の所こうして一緒に歩くのは初めてのことでは無く、この半月間で既に三回ほどは経験している。
初めは大学まであと十五分というところでは離してくれていたものが今ではあと十分を切り、五分に迫る勢いとなってしまっている。
夏愛は本当に自分の人気というものを自覚しているのか不安に思うことは何度もあったが、本人が望んでやっていることなら他人である咲希は口を出せないのも事実だった。
じりじりと縮まる大学との距離に、咲希の頬を嫌な汗が伝う。
そしてようやく夏愛が手に込めた力を抜いてくれたと思った瞬間、遂に恐れていたことが起こった。
「見いいつけたあああああああああああああああ!!!!!!!!!」
「ッ!?」
突然の大声に慌てて手を離し声のした方を見ると、誰かがこちらへ走り寄って来ているのを捉える。
目の前で立ち止まったのはまだ肌寒いというのに膝上のミニスカートにニーハイを身に着け、クリーム色の髪をツインテールにした見るからに地雷そうな少女だった。
「やっと、やっと見つけた⋯⋯!散々走り回った甲斐があった⋯⋯!!」
そう呟きながら膝に手をついて肩で息をするツインテ少女に咲希は首を傾げる。
「あの、見つけたというのは⋯⋯?」
「知り合いですか?」という意味を込めて隣に立つ夏愛の方に視線を向けるが、彼女も知らないらしく首を横に振っていた。
もしかしたら同じ大学の学生かもしれないと思いつつ記憶を探るが、そもそも親しい友人以外の顔は把握していないということに遅れて気付く。
謎のツインテ少女は顔を上げるとびっと指を差して宣言した。
「あんたのことよ、河館咲希!!」
「え、僕⋯⋯?」
綺麗なはちみつ色の瞳は迷い無く真っ直ぐに咲希を貫いている。
面識の無い相手に本名をフルネームで知られていることに眉をひそめつつ咲希はとりあえず話を聞こうと試みる。
「僕に何か用ですか?」
「用!そうよ、あんたに用があって⋯⋯て、あれ⋯⋯?」
何かに気付いたらしい少女は途中で言葉を切った。視線の向かう先は、夏愛。
「⋯⋯あんた、誰?この前も一緒にいたけど」
この前も、の部分を強調し明るい雰囲気から一転して敵意を剥き出しにする少女に対し、珍しく夏愛は警戒心を高めている。
「⋯⋯こういう場合、そちらから名乗るのが礼儀というものでは?」
その指摘にうぐ、と言葉を詰まらせた少女は何故かつかつかと咲希の方へ近寄ってくる。
「⋯⋯ねぇ、さっくんはあたしが誰か分かるよね⋯⋯?あなたの一番の理解者で、あなたの一番大事な人で、あなたに一番必要な人⋯⋯」
「え⋯⋯?」
眉を下げて見上げてくる少女に咲希は曖昧な笑顔を浮かべる。
どうやら一方的に知られているという訳では無いようだが、目の前の少女と一致する人物が全く思い浮かばない。
咲希が何も答えないでいると少女は悲しそうに目線を下げ、小さく呟いた。
「4年も経って確かにあたしも結構変わっちゃったけど、さっくんならきっと分かってくれるって信じてたのに⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯その呼び方」
さっくん、という呼び名を頼りに引っ張り上げたのは記憶の奥底に眠る一人の存在。
「いや⋯⋯でも⋯⋯」
確かに髪や瞳の色は同じだが、それでも何かが違う気がする。
「思い出した?」
尚も躊躇う咲希に期待するように笑顔になった少女はもう一押しを加えてくる。
「また昔みたいに名前、呼んでほしいな⋯⋯」
はっきり言って確証は無い。だが、間違いでもないという確信はあった。
その名前をゆっくりと口にする。
「⋯⋯望冬?」
一瞬の間を明け、少女が破顔した。
「〜〜っ!!正解っ!!!」
「うわぁっ!?」
「な、なっ⋯⋯!?!?」
いきなり抱き着いてきた少女を両手で受け止めた咲希はぐるぐると目を回し、夏愛はその光景に驚愕の声を漏らしてただ呆然と立ち尽くした。
「えぇっ⋯⋯と⋯⋯本当に望冬で合ってる?」
未だ信じられずにもう一度確認するがツインテ少女は何度も頷いている。
「合ってる。あたしはあなたの大事な幼なじみ、正真正銘本物の八代望冬よ」
そう言われてようやくはっきりと思い出す。
咲希には保育園から中学校までの約十年間ずっと同じ学校に通っていた八代望冬というひとつ下の幼なじみがいた。
しかし四年前、咲希が高校に進学するのと同時に望冬は親の仕事の都合で遠くへ引っ越してしまい、それ以来会うことはおろか連絡を取ることも無くなっていた。
咲希が記憶の引き出しを閉じて望冬の方を見ると、彼女が何故か首を傾げていることに気付く。
「あれっ?⋯⋯おかしいな、さっくんならもっとびっくりすると思ってたのに⋯⋯もしかしてもうこういう経験あったりする⋯⋯?」




