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お嬢はやけにぐいぐい来る  作者: 狐白雪
第二章 暇だったゴールデンウィーク
25/79

25.かわいいって言ってください

「えっ、あっ⋯⋯」


 夏愛(なつめ)のあまりにも酷い追撃に慌てて顔を逸らし、熱くなった顔を右手で押さえる。


「⋯⋯申し訳ありませんでした」


「別に謝らなくても⋯⋯。というか、河館(かわだて)さんにかわいいって言って貰えるのは嬉しいことですし」


「それはどういう⋯⋯」


「言葉通りの意味ですよ?」


「⋯⋯⋯⋯、」


 意外と明るい夏愛の声に、言葉を失った咲希は無意識に俯いた。


 『かわいい』なんて言葉を女性に向けて使ったのは何時(いつ)ぶりだろうか。少なくとも思い出せる範囲の記憶ではそんな機会は無かったような気がする。


(⋯⋯調子が狂う⋯⋯)


 夏愛といるといつもこうだ。普段のように上手く立ち回れない。


 それでも不思議と、悪い気はしないのだった。


「あ、もしもまだ悪いと思ってるなら──」


「?」


「もう一回『かわいい』って言ってください」


「⋯⋯ッ!?」


 その言葉にぎこちなく振り返った咲希はもう笑顔のまま固まるしかなかった。


「えっ、と⋯⋯」


 ちらりと夏愛を見やるが期待に染まった目でこちらを見つめるだけで、あくまでも強制する気はないらしい。


 とはいえ、ここで言わないという選択をすれば夏愛はどう思うだろうか。いくら咲希でも分からない訳ではない。


 ぱくぱくと口を動かし最後まで葛藤するが、結局断ることなんて出来なかった。


「(⋯⋯かわいい⋯⋯)」


「よく聞こえませんね」


「くっ⋯⋯」


 咲希としてはかなり勇気を振り絞ったつもりだったのだが、無慈悲にもばっさりと切り捨てられてしまった。


「もっとはっきりお願いします♪」


 そう言って悪戯っぽく笑う夏愛に抗議したくなるが、そもそも彼女には多少の悪戯心があるだけで悪意までは無いように思えるため流石に怒るのは違う気がし動けない。


「⋯⋯かわいいですよ、神原(みはら)さんは」


 目を逸らしたまま右手で自らの口許を隠しながらそう呟くと、夏愛が声にならない声のようなものを漏らした直後突然左腕に抱き着いてきた。


「な、なん⋯⋯っ!?」


 反射的に夏愛の方へ振り向き自分の状況を理解した咲希はそれでも訳が分からず目を白黒させる。


「はい、よくできました。えらいですね」


 へにゃりと顔を緩ませてそう褒められ、咲希はどうしようもない気持ちを心の中で叫ぶ。


(何でこんな⋯⋯オーバーキルにも程があるだろ⋯⋯!)


 咲希は正直もう色んな意味でいっぱいいっぱいで、頭からは湯気が出そうな勢いだった。


「⋯⋯⋯⋯♪」


 その一方、しばらくしてようやく抱き着いていた腕を離した夏愛はかわいいと言って貰えて満足したのか、とてもご機嫌な様子だった。 





「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯?」


 夏愛を家まで送っていたはずが、気付いたら目の前に自宅があった。


 そう端的に表現するのが最も正確に今の状況を説明できるだろう。


 塀の前で足を止めぽかんと口を開けていた咲希はゆっくりと隣の夏愛に視線を向ける。


「河館さん、止まってないで行きますよ?もう少し先です」


「え?あ、はい⋯⋯?」


 良かったたまたま同じ道を通るだけか、と安堵したのも束の間、夏愛が足を止めたのは咲希の自宅から歩いて僅か五分の場所だった。


「?????????????????????」


 宇宙空間にでかでかと浮かんでいそうな顔をした咲希は思わず視線を右往左往させる。


 目に入るのは瓦の乗った立派な塀と中央に構えられた門。しかもそこにはめられた格子戸の隙間からは白い石が敷き詰められた広大な庭と端にある池、その奥に鎮座する一階建ての日本家屋が見えていた。


 一瞬またいつもの冗談かと思ったが、夏愛は繋いでいた手を離すとバッグの中から何かを取り出した。


 他でもない、鍵だ。夏愛はそれを何の躊躇(ちゅうちょ)も無く格子戸の鍵穴に挿し込んで回すと、カチャリという小さな音と共に戸が解錠された。


 どうやらここは正真正銘夏愛の自宅らしい。


 ふと頭に浮かんだのは二週間ほど前に自宅を訪れた夏愛とした会話のこと。


『大きな家ですね』


『⋯⋯広すぎて困るくらいです』


 あの時はまだ大きいと思っていた、というか実際世間的に見ても咲希の家は大きい部類に入るのだが、それがちっぽけに思えてしまうくらいのお屋敷だった。

 

 夏愛の家は単純な敷地面積だけで言えば咲希宅の二倍以上はあるように見える。


(⋯⋯⋯⋯自分が恥ずかしい)


 何と言うか、「自分これが得意なんだよね〜」と自慢していた相手がその道のプロだった時のような、そんな恥ずかしさを感じると同時に思ったことがあった。


「あ⋯⋯もしかして⋯⋯」


「はい?」


「前に神原さんが大学で『お嬢』って呼ばれてると聞いたんですけど、その由来って──」


 その言葉に振り返った夏愛は一瞬きょとんとした顔を見せた後、片目を閉じて口の前に人差し指を立てた。


「内緒ですよ?」


「⋯⋯⋯⋯!?」


 否定はしないということはそういうことなのだろうか。


(⋯⋯大変な人と関わってしまった、のか⋯⋯)


 今年こそは目立たず過ごそうと思っていたのにいきなり破綻してしまった、と一人落ち込んでいると、目の前の夏愛がぺこりと頭を下げてきた。


「河館さん、ここまで送って頂きありがとうございました。今日は一緒に帰れて嬉しかったです」


「あ、その⋯⋯僕の方こそ⋯⋯いや、えっと、バイト中に助けて貰いましたし⋯⋯ありがとうございました」


 頭の中が別のことでいっぱいだったせいでかなりしどろもどろになってしまったが、中々言い出すタイミングが見つからなかった昼のお礼を咄嗟(とっさ)に告げることでなんとか誤魔化すことができた。


 そう思っていたのだが夏愛は何故かにんまりとして目を細めていた。


(⋯⋯バレてる気がする)


 当初よりもやけに表情豊かになった夏愛には心の中を見透かされているように思えるが、流石にそれは無いかと息を吐く。


 しかしその直後、いきなりとんでもないことをぶっ込まれてしまった。


「手、繋いでみてどうでした?」


「なっ⋯⋯!?それは⋯⋯その⋯⋯」


 ここで感想を求められるとは完全に予想外だったのだが逃れられる雰囲気ではない。


 ぐ、言葉に詰まりながらも何とか頭を回転させ、捻り出した。


「何と言うか⋯⋯あ、温かかったな、と⋯⋯」


 咲希にとっての度胸と羞恥の限界、精一杯の感想だったのだが、対する夏愛は何も言わずゆっくりと目を閉じると口許に弧を描いた。


「⋯⋯それなら良かったです」




 その後咲希は夏愛が格子戸を施錠し家に入るところまでを塀の外から見届け、どこかふらふらとした足取りで帰宅したのだった。

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