02.食堂での騒ぎ
「あ?誰だよお前、邪魔すんなよ。それともなんだ?もしかしてこいつの彼氏か何かか?」
「あー、えっと⋯⋯」
「⋯⋯違いますっ!こんな人は知りません!赤の他人です!」
咲希が何か良い言い訳は無いかと考えている間に否定したのは少女の方だった。そんなことを言われると思っていなかったため内心驚きつつ、冷静に状況を整理する。
咲希が男の手を掴んで止めた時、少女は信じられないというように目を真ん丸にしていた。その後の行動から考えておそらく咲希のことは覚えているはずだ。
覚えているだけであって別に親しいという訳では無いが、となるとここで折角の助けを蹴るということは何かしら別の理由が必要になってくる。
(⋯⋯なるほど?)
とある結論に至った咲希は思考の沼から浮上する。
「邪魔というか、この場合そちらの方が邪魔なんじゃないかなーと僕は思った次第でして」
「なっ⋯⋯!?」
「は⋯⋯?」
少女は驚きの声を漏らし、咲希の言動に対して何をしているのか、という顔をしていた。
恐らく関係の無い咲希を巻き込みたくなかったのだろうが、そんなことはもちろん無視だ。ここで逃げたら男が廃る、というかそもそも最初から引く気なんて無かったのだが。
咲希本人はオブラートに包んだつもりの言葉に分かりやすく頬をひくつかせた男は、一旦息を吐いてから再び顔を上げた。
「よく聞こえなかったからさ、もっかい言ってくんね?その勇気に免じて今なら許してやるからさ」
「そうですか⋯⋯じゃあもう一度言いますけど」
咲希はぽりぽりと頬を掻きながら薄ら笑いを浮かべる。
「大学生にもなって相手の気持ちが分からないどころか、周りの迷惑も考えられないなんて今までよっぽど甘やかされてきたんですね?」
その言葉に一瞬驚いた男は咲希と同じく笑顔になる。
「そーか。よく分かった。そうだな、確かにここは他人の迷惑になるもんな」
どうやら自分達の非を認めてくれるようだ、と思ったのも束の間、突然咲希は背後から脇を固められた。
「へ⋯⋯?」
「ここじゃ周りの迷惑になるもんな、誰も居ない所なら何やっても問題ない。そういうことだろ、メ・ガ・ネ・クン?」
「あー、確かに⋯⋯そうなるのかぁ⋯⋯」
言われてみれば確かにそう解釈もできる⋯⋯のか?
これは詰めが甘かったなと反省する。
「行くぞ田中。例の場所だ」
「ちょ、渡辺、こいつ結構重いんだが」
「知らねーよ、それくらい頑張れ」
田中と渡辺と呼ばれた男達に引きずられ、咲希は少女からどんどん離れていく。
「あ、あの⋯⋯っ!」
少女は相変わらず無表情に見えるが、どうやらかなり焦っているらしい。
「気にしないでください、僕は大丈夫なので」
そう告げた咲希は少女を安心させようと笑顔を見せたのだが、このまま連れ出されてしまうとこの場は収まらないと気付きどうしようかと思いながらいつの間にか集まっていた野次馬に視線を彷徨わせる。
「⋯⋯お?」
黒、茶、金などその他様々な色の中に見覚えのある金髪を見つけ、男達に見えないように軽く手を上げた。
その金髪はこちらのサインに気付いたらしく、同じように手を上げていた。了解、という事らしい。
「借り一、だな⋯⋯」
ここはあいつに任せるとして、とりあえずこの後一体何をされるのかが気になって仕方が無い。
多少の痛みなら我慢できるし、出来れば傷が残らないものがいいなー、とそんなことを考えながら食堂の出入口を抜けた。
♢
「オラッ!!」
男の怒声と打撃音が連続する。
男達に引きずられて辿り着いたのは食堂から数十メートルほど離れた位置にあるゴミの集積所だった。
周りを建物の壁に囲まれている上に、人通りの多い開けた道からかなり外れているため中々見つかることが無く、たびたびこういう不良達が集まって注意されている。
二人がかりで殴る蹴るなどの暴行を受けた咲希は地面に座り込みぐったりとした状態で壁に寄りかかっていた。
「はぁ、はぁ、これだけ殴られりゃもう懲りただろ⋯⋯いいか、これ以上俺らの邪魔したら次はもっと痛い思いをすることになるからな?」
「調子乗んなよクソメガネ」
「⋯⋯⋯⋯」
「けっ、聞こえちゃいねーか」
そう言って笑う男達の背後から静かな足音が響く。
「心配せんでもちゃんと聞こえとるで?」
ひたすら暴力を振るってようやく気が済んだ男達はここを去ろうとしていたようだが、突然背後から聞こえた声に動きが停止した。
「やっと見つけたと思ったらこのザマなんか。サッキー、お前は相変わらず優しいな⋯⋯」
三方向を壁に囲われており、逃げ道と言えるのは一方向だけ。そこに仁王立ちしていたのは金髪糸目の長身の男。
「やっ⋯⋯べぇ⋯⋯」
「ナンパは邪魔されるわ『無名の傍武』が来るわで、何なんだよ今日は⋯⋯このメガネのせいか⋯⋯?」
「メガネ言うな。ついでにその『無名の傍武』ってのもやめろ二度と使うな。そいつは俺の大事な友人なんよ。というか、見た感じ全く反撃せんかったみたいじゃなぁ⋯⋯よくお前ら無抵抗の人間を殴れるな?正直俺には信じられん」
特徴的な喋り方。これは確か中国地方──特に岡山・広島あたりで使われる方言だっただろうか。
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
男達が構えるが、傍武と呼ばれた金髪は腕を組んだままにっと笑った。
「三秒待ってあげるけん逃げるか戦うか決めんちゃい。まぁ、後者選んだらどうなるかは考えんでも分かるよな?ほら3」
「ちっ⋯⋯行くぞ田中」
「2」
「まじかよ⋯⋯分かったよ」
「1」
「せーの」
「0」
「逃げるに決まってんだろ!!」
とてつもない速さで左右を通り抜け、そのまま逃げていく二人の後ろ姿を眺めると傍武は正面に向き直る。
「おーいサッキー、もういいぞ。あの子も無事帰した」
その声を聞き、俯いたまま動かなくなっていた咲希がゆっくりと顔を上げた。