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お嬢はやけにぐいぐい来る  作者: 狐白雪
第二章 暇だったゴールデンウィーク
19/79

19.GW4日目──喫茶店バイトも楽じゃない(2)

 時刻が十五時半を過ぎた頃、ようやくラッシュを乗り越えたことに気づいた咲希(さき)たちスタッフは全員顔には出さないが疲弊していた。


「これが噂のサッキー効果⋯⋯恐るべし集客力⋯⋯⋯」


「は?」


 傍武(はたけ)の意味不明な発言に眉を寄せていると、何故か苦笑を浮かべた楠木(くすのき)が話しかけてきた。


「正直驚きました。河館(かわだて)さんって接客の経験は豊富なんですか?」


 年上の先輩にさん付けで呼ばれるのは微妙に落ち着かないのだが、わざわざ指摘することでもないかと諦めて返答する。


「スーパーのレジとかレストランのスタッフとかその辺のバイトは一通り⋯⋯」


「なるほど。道理で笑顔が眩しい訳ですね」


 その言葉に咲希の頬が引きつる。威張れることでも無いが確かに咲希自身、他人に向ける愛想笑いは人一倍得意だと思っている。


(というかなんだこの爽やかイケメン⋯⋯)


 楠木は二十七歳だと(かすみ)は言っていたが、十九歳の咲希と変わらないどころかむしろもっと若々しく見える上に、長い年月で多くの経験を積んだおじさまに近い渋さも兼ね備えている。


 そんな人物に笑顔が眩しいと言われるとは、何と言うか不思議な感覚だった。


「そういうことは意中の女性に向けて言ってくださいよ」


 照れ隠しのつもりでぶっきらぼうにそう返すと楠木は楽しそうに笑った。


「はいそこ男同士でいちゃつかない。駄目とは言わないけどやるなら他所(よそ)でやってね」


 何故か笑顔で嬉しそうな霞の放った大いに別の意味を含んだ発言にスタッフ全員の空気が凍りつく。


「⋯⋯ま、まぁ雑談はこれくらいにしてさ、ラスト1時間ちょっと頑張ろ!」


 手段はともあれ意識が集中したことを利用して激励するとはやはりこう見えてもしっかり店長なんだな、と咲希は生暖かい目で感慨のようなものを抱いた。


 その後すぐそれぞれ持ち場に戻るため散り散りになっていた時、来客を知らせるベルの音が鳴り響いた。


 丁度出入口の近くにいた傍武が出迎えに向かったのを確認した咲希は空いたテーブルの片付けに取り掛かった⋯⋯のだが。


「サッキーすまん代わってくれ。客は一人」


 いつの間にか背後に立っていた傍武にそう言われ、慌てて振り返る。


「え、何で」


「急にテーブルの片付けしたくなった 」


「何だそれ⋯⋯まぁ、分かった」


 傍武の謎発言は気になるが代われと言われた以上仕方がない。それに別に咲希は出迎えが苦手という訳では無いのだ。





「お待たせして申し訳ございませんお嬢様。お席に⋯⋯」


 角を曲がり、扉の前の受付で待つ客にそこまで言ったところで不意に咲希の言葉が途切れた。


 視線は目の前に集中している。


 客は白いコートを羽織った小柄な高校生くらいの少女で、黒いキャップと不織布のマスクを着用していた。


 それだけ聞くと普通の女子高生のように思えるが、咲希にとっては違った。


 特徴は腰まである黒髪と白銀の睫毛、そして白百合色の瞳。


「⋯⋯⋯⋯、」


 なんとなく見覚えがあると思ったら一昨日お菓子作りを手伝ってもらった夏愛(なつめ)だった。


 帽子とマスクで変装しているつもりなのかもしれないが、何と言うか雰囲気やオーラといった本人特有の別の部分が隠しきれていないように思える。


 そして何故か視線を感じると思えば他でもない夏愛からものすごいキラキラした目で見つめられている。


「⋯⋯⋯⋯?」


 表面上はにこにこして必死に焦りを隠す咲希だったが、熱い(?)視線に次第に右へ左へ目が泳ぎ始める。


(⋯⋯ショーのやつ、押し付けてきたな⋯⋯)


 傍武が交代しろと言ってきた理由はこれだろう。余計なお世話というか、迷惑では無いができればやめてほしい。


 どういう経緯で夏愛がここを訪れることになったのかは分からないが今は仕事中。自分のやるべき事をやるのが一番重要なことだと思い直した咲希は短く咳払いをする。


「申し訳ありません、お席にご案内致します」


 とびきりの笑顔を浮かべてそう言うと、夏愛は小さく頭を下げて後ろに着いてきた。





「ご注文お決まりになりましたらベルでお呼びください」


 夏愛にそう告げてカウンターの方へ戻ってきた咲希は、相変わらず暇そうにしている霞がやけにニヤニヤしながらこちらを眺めていることに気づき僅かに眉を寄せた。


「⋯⋯なんですか」


「別に?かわいい()が来たな〜って。河館くんの知り合い?」


「⋯⋯さぁ、どうですかね」


 できれば余計な詮索は避けたかったのだが、この返答は失敗だったかもしれない。


「へー誤魔化すんだ。でもあの子すっごい目でこっち見てるよ?ほら」


 言われた通り振り返ると、2人がけのテーブル席に座った夏愛が確かにじーっとこちらを見ていた。


「⋯⋯気のせいですよ。あれは幻覚です」


「いや、それは流石に無理があるんじゃ⋯⋯まぁ私も分かるよ?言いたくないよね。心配しなくても言いふらしたりしないからさ──」


 霞は咲希の近くまで来るとそっと耳元に口を寄せた。


「──おねーさんに教えてよ。ほんとは彼女さんなんじゃないの?」


「だから別に、っ⋯⋯!?」


 その瞬間背筋がゾクッとした。恐る恐る首を動かすと、カッと目を見開いてこちらを睨む夏愛と視線がぶつかった。


(⋯⋯え⋯⋯?)


 何となく、絶対に返答を間違えてはいけない気がした。


 悩んで、悩んで、出した答えは。


「⋯⋯だから、ただの大学の後輩です」


 少なくとも嘘は言っていない。というか咲希の貧弱な頭ではこれ以外の表現が思いつかなかった。


 それを聞いた霞は呆れたように息を吐くと咲希から離れた。


「まぁ河館くんがそう言うならそうなんだろうね。ごめんねからかって」


「⋯⋯勘弁してください⋯⋯」


 色んな意味で心臓に悪い。とはいえ先程まであった刺すような寒気も消えているため恐らく許されたのだろう。


(そういえば神原(みはら)さんと僕って⋯⋯)


 出会いから約2週間、なし崩し的に関わってきたが実際のところどういう関係なのだろうか。


 軽く考えてみても当てはまるものは浮かんでこなかった。


 答えの無い問いは置いておいてとりあえず助かったと安堵したのも束の間。今度は咲希の肩に背後から手が置かれた。


 それが誰かは振り返らなくても分かった。


「いくらサッキーでも横取りは許さんで?」 


「⋯⋯しないが???」


 厨房の方から小さく霞の笑い声が聞こえた気がした。

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