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お嬢はやけにぐいぐい来る  作者: 狐白雪
第二章 暇だったゴールデンウィーク
17/79

17.GW3日目──バイト先は喫茶店(2)

「すみません、先失礼します。明日からはまた普段通り来れるはずなので⋯⋯」


 時刻が午後三時を回った頃、頼れる先輩だった楠木(くすのき)がどうしても外せない用事のため帰らなければならないのだということが判明し、咲希(さき)は内心焦っていた。


「うん、予定あるのに無理言ってごめんね!お疲れ様!」


 (かすみ)はにこやかな笑顔で見送っているが楠木が抜けた今、スタッフは咲希と霞を入れて4人しかいない。


 まだ閉店まで二時間はあるというのに相変わらず客はいる。このままでは少し厳しそうだと思っていると、バックヤードに続く扉が開いて見覚えのある人物が姿を現した。


「すまん遅れた」


 咲希たちと同じ制服に身を包んで現れたのは金髪糸目の男──傍武(はたけ)(あきら)だった。


「待ってたよ晶!遅いから心配してたんだけど」


「ごめんて。道案内とか諸々しとったら長引いてしもうたんよ。遅れた分頑張るけん許してくれ」


 服装と言動から察するに、どうやら傍武もここで働くらしい。信じられないが。


「⋯⋯ショー⋯⋯お前⋯⋯」


「おーサッキー、ちゃんと"そっち"で来れたんじゃな。無理強いして悪かった」


 そっち、というのはコンタクト姿のことだろう。咲希としては無理強いされたとは露ほども思っていないため傍武が気に病むことではないのだが。


「いや別にそれは構わないんだが⋯⋯お前接客とかできるのか?」


 まさかこいつが楠木さんの代わりを?と思っていると、ホールの方から呼び出しのベルが聞こえてきてしまった。


「まぁ見てろって」


 方言を無くしてそう言い残し、ホールへ向かった傍武の背中を見ながら同じように隣に並んでいた霞に問いかける。


「あいつ、本当に接客とかできるんですか?」


「んー、晶の言う通り見てれば分かると思うよ?」


 霞はニヤリとしながらそう告げ、カウンターまで出ていってしまった。


「⋯⋯⋯⋯?」





 そこからは早かった。普段の傍武からは想像もできないようなキレのある動きで出迎えから注文、配膳、見送りまで全てを完璧にこなし、気づけば閉店時間の17時を迎えていた。


「お疲れ様!あとは私とこいつで掃除とか諸々の片付けやっとくから、皆はもう上がっていいよ!」


 霞はスタッフに向けてそう言いながら傍武の腕をがっちりホールドしているのだが、咲希と同い年くらいの男性スタッフ一人が物凄い目でその光景を凝視していることに気付いた咲希はため息をついた。


(悪いことは言わない、諦めた方がいい)


 実際霞と傍武がそういう関係なのかどうかについて咲希は何も知らないのだが、二人は幼なじみなのに傍武の地元はここではないということからそれなりの事情があるというのは察している。


 大っぴらに接触している所は見たことがないが、恐らく他人が入り込む余地は無い。


 男性スタッフには心の中で手を合わせておいた。


 その後他のスタッフはバックヤードに戻っていき、咲希・傍武・霞の三人だけがホールに取り残された。


「サッキーお疲れ!」


「おう、お疲れ。凄い手際良かったな。お前の敬語とか初めて聞いたんだが」


「まぁ俺もやるときはやる男ってことですよ」


「それ気持ち悪いから他所(よそ)ではやめてくれ⋯⋯まぁ、やるときはやる男ってことは否定はしないが」


「サッキー酷ない?」


 顎に人差し指と親指を添えながらしかも決めゼリフのような敬語でカッコつけられれば誰だって白い目で見る気がする。ただ思ったことを言っただけだ。


 しかしその程度で気を悪くするような間柄ではない。


「ま、ええけど。ほれ」


 片目を閉じて軽く上げられた傍武の手を叩くと、後ろから「男の友情だねぇ」という霞の声が聞こえてきた。


「二人とも助かったよほんと!どうしてもうちって万年人手不足だからさ⋯⋯。あ、そういえば晶、もう一人頼んでた子はどうなったん?」


「あー、誘ったけど断られた。すまん」


「そっか。まぁしょうがないね。とりあえず河館(かわだて)くんが入ってくれたお陰でいつも以上にお客さん来てくれたし」


 何の脈絡もなく突然名前を出されて困惑する。


「僕のお陰、ですか?」


「うん。⋯⋯ということで、はいこれ今日の分。中身確認してね!足りなかったらすぐ言うこと!」


 霞から渡された封筒に記載された数字と中身を見て目を見張る。


「え、こんなに⋯⋯?だって、たった数時間ですよ⋯⋯?」


「いいのいいの。さっきも言ったけど、河館くん効果は君が自分で思ってる以上に大きいんだよ?」


 「それに明日からが本番だろうしね〜」と真っ白な歯を見せて笑う霞に返す言葉が思いつかず、咲希はしれっと目を泳がせた。


「⋯⋯分かりました。ありがとうございます」


 そこまで言われてしまうともうここは素直に受け取るのが礼儀というものなのだろう。


「うん、明日もよろしく!」



 霞との話が終わった時、傍武が何故か出入口の扉をじっと見つめていることに気づき不思議に思った咲希は後ろから声をかけた。


「ショー?どうかしたか?」


 咲希の言葉にゆっくりと振り向いた傍武は笑顔を浮かべていた。


「いや別に?十七時半とはいえ五月はまだ暗くなるのが早いなと思ってな。サッキーも気をつけて帰れよ」


「確かに暗いけど⋯⋯まぁ、分かった」


 ガラス越しに見える空は夕焼けではなくもう夜の闇に染まり始めていたが、特に気にすることもなくその場を後にした。

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