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お嬢はやけにぐいぐい来る  作者: 狐白雪
第二章 暇だったゴールデンウィーク
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16.GW3日目──バイト先は喫茶店(1)

 五月三日午前十時三十分。専用の制服に身を包んだ咲希(さき)は若干遠い目をしながら件の喫茶店のホールで業務内容についての指示を聞いていた。


「──ということで宜しく!!新人さんも入ってるからね!解散!」


 数人のスタッフの中心で明るくハキハキと喋っているのは肩まである茶髪をローポニーテールにまとめた女性──この人が店長だ。


 服装は咲希たちと同じものであるため男装のように見えなくもないのだが、それがよく似合う凛とした雰囲気を持っている。


 念の為スタッフが彼女から離れたのをしっかり確認してから声をかけることにした。


「⋯⋯ここ都築(つづき)さんのお店だったんですか⋯⋯」


 咲希の少し気だるげな声に振り向いた店長はぱっと明るい顔を見せる。


「ん、おや、その声はもしかして河館(かわだて)くんかな?いつもと様子が違ったから気づかなかったよ!」


 都築(つづき)(かすみ)傍武(はたけ)の同級生で幼なじみ。去年の段階で面識はあったため他人というほどではないのだが、フレンドリーな明るい性格の持ち主であり自分の夢のために日々努力をしている彼女は咲希にとってあまりにも眩しく、少し苦手なタイプだった。


「はぁ⋯⋯。事前にショーから聞いてますよね?"コレ"はあいつからの指示です」


 自らの目元を指差す。本日の咲希は眼鏡ではなくコンタクトレンズを着用しているため、普段と違って素顔が晒されている。


「聞いたような聞いてないような?まぁ(あきら)は適当だからねぇ」


 困ったように笑う霞だが、その目はとても楽しそうに見えた。


「都築さんが経営者だったなんて初知りなんですけど」


「言ってないからね、聞かれてないし」


「はぁ⋯⋯」


 霞と初めて会ってから半年近く経っているはずなのだが、そういうことに関して咲希には一言も話してくれなかったような気がする。


「それにしても印象変わるね!私的には落ち着いて見える眼鏡姿の方が好きだけど、こっちも若干鋭い目つきが中々⋯⋯何気に顔良いし」


「⋯⋯目つき悪くてすみませんね」


 明るいオーラを振り撒きながらナチュラルに褒められてしまい目を逸らすと、霞は「あはは」と楽しそうに笑っていた。


 十中八九お世辞だろうが、接客業である以上顔が大事というのも分かるため否定も謙遜もしないでおく。別に自分の容姿に自信を持っている訳でもないのだが。


「──そんなに気負わなくていいよ?難しい部分は経験者にやってもらうし、河館くんはできることをやってくれればいいから!リラックスリラックス!」


 重い空気を感じ取ったのか自らの頬を両手で持ち上げて笑顔のジェスチャーをする霞を見て咲希は小さく息を吐いた。





「おかえりなさいませ、お嬢様。お席にご案内いたします」


 厨房で黙々と皿洗いをしていた咲希の方まで聞こえてきたのはホールで接客をする若い男性の落ち着いた声だった。


(慣れてるなぁ⋯⋯)


 一種の尊敬の念を抱きながら手を動かし続ける。


 この喫茶店の一番の特徴は『執事喫茶』という点だ。男性スタッフが執事として接客をするため普段から多くの女性客が訪れるのだという。


 今はお昼時ということもあってか席は半分ほど埋まっており、比較的多く軽食が注文されている。


「びっくりした?結構賑わってるでしょ」


 その声に振り返ると調理を一旦止めてこちらを見ていたらしい霞と目が合った。


「はい。正直メイドと違って執事ってあんまり需要無いんじゃないかって思ってました」


「あはは、言うねぇ。まぁそもそもうちはかっちりした執事喫茶ってよりは普通の喫茶店でスタッフが執事として接客してるってだけなんだけどね。シンプルにメインターゲットが違うんじゃないかなぁ。お客さんの多くは奥様方だし」


「なるほど⋯⋯」


 そういうものか、と相槌を打つ。


「それに立地も良いしね!駅前!大通り沿い!ビルの二階で入りやすい!」


 霞の言うことは間違いない。駅前は人が立ち寄りやすく、道路に面している部分がガラス張りになっていることで店内の様子もそれなりに見える。


 それに加えあくまでも普通の喫茶店の延長線であることで初めてでも入りやすい、というのもあるかもしれない。経営者である霞は当然客や立地など、その辺の話については咲希なんかよりもよっぽど詳しいのだろう。


 素人が着いていけるとも思えないためそれ以上は追求せずに話を変えることにした。


「凄いですねあの⋯⋯誰でしたっけ、今ホールで接客してる⋯⋯」


「あぁ、楠木(くすのき)くんね。まだ27なのに慣れてるよねぇ。何でも家柄が⋯⋯とかで知識と経験は豊富なんだって」


 最初に言っていた経験者とは彼のことだったらしい。カウンター越しに見えるホールを見ながら言葉を漏らす。


「⋯⋯僕もあんな風になれますかね」


 いつか自分も彼みたいに自信が持てるようになれるのだろうか。そういう意味での質問だったのだが、聞こえたのは小さな笑い声だった。


「無理だと思うよ?」


 その言葉に咲希の肩が僅かに揺れる。


 分かってはいたがやはり面と向かって言われると刺さるものがある。


 気付かれないように少しだけ唇を噛んで心の中の何かを抑え込もうとしていた時、霞は目を閉じて咲希の背中をぽんぽんと叩くといつものように明るく告げた。


「河館くんには河館くんの良さがあるんだからさ、誰かの真似なんかじゃなくて自分なりに、自分だけの強みを伸ばそうよ。その方が絶対楽しいし、合ってると思う」


「自分なりに⋯⋯?」


「そ。どれだけ努力したってその人自身になれる訳じゃないんだよ?だったら最初から『俺はこう生きるぞー!』てくらいの気持ちじゃないと!」


 両腕を上げてガッツポーズをとる霞に思わず笑みが零れる。


「お、笑った」


「笑ってません」


「うっそだぁ」


「断じて違います」


 年上の女性に諭される形となってしまった咲希は何とも言えない感情を誤魔化すように、空いたテーブルの片付けをするために厨房から出た。

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