11.不思議で普通という認識
「信用?」
「はい。⋯⋯失礼になると分かってはいましたが、今日までの数日間で河館さんのことはそれなりに調査させて頂きました。⋯⋯と言っても大学で聞き込み調査をしただけなんですけどね」
夏愛の声にはあまり抑揚が感じられない。咲希は息を呑んで続きを待った。
「『至って普通の男性で、普段はあまり目立たないタイプ』という回答が多くあった印象です。しかし、気になったものもいくつかありました」
夏愛はゆっくりと息を吸い、間を空けて告げた。
「『大学で起きる騒ぎや問題に高確率で首を突っ込み、解決してしまう不思議な人物』」
その言葉に咲希の体がぴくりと揺れる。
「⋯⋯それで?」
「詳しく聞きましたが言葉の通りとしか言われず、それ以上の情報は得られませんでした」
そして沈黙が訪れた⋯⋯が。
「⋯⋯それだけ⋯⋯?」
「はい」
あっさりと言い切った夏愛に、てっきりまだ何かあると思っていた咲希は肩透かしを食らう形となっていた。
とはいえ、まだ納得はしていない。
「それが僕を信用している理由なんですか?」
「⋯⋯⋯⋯、はい。河館さんはお節介なだけのただの良い人、というのが私の認識です」
顔を上げて夏愛の目を見るが、白百合色の大きな瞳は真っ直ぐこちらを見つめるだけで、そこに嘘の色は微塵も無かった。
「⋯⋯⋯⋯良い人、か⋯⋯僕が言うのも何ですけど、たったそれだけで男を信用するというのは流石に警戒心が足りなさ過ぎますよ。家にまで入り込んで、もし襲われでもしたらどうするんですか?」
その言葉を聞いた夏愛は一度目を見開いた後、半分ほどまで瞼のカーテンを下ろして咲希を見つめた。
「河館さんは私をそういう目で見てないって分かってますし、そもそもそんな勇気や度胸があるとは思えません」
「まぁ、それはそうですけど⋯⋯」
確かに世間的に見て夏愛は美少女だと思うが、そういうことにあまり興味が無い咲希からすればだから何、という感じである。
助けたことへの恩返しはもう充分してもらったし、更にそこにかこつけてこれ以上夏愛をどうこうしようとはとてもじゃないが思えなかった。
「別に他人に又聞きしたことを鵜呑みにしている訳じゃ無いんですよ?⋯⋯正直に言ってしまえば今日の目的は恩返しと同時に河館さんが噂通りの人なのかどうかを見極める、というのも兼ねていましたし」
「やっぱりそうでしたか⋯⋯やけに距離が近いなと思ったら」
衝撃のカミングアウトをされた気がするが、実は何となく察していた咲希は特に驚かなかった。
夏愛ほどの美貌を持つ異性に必要以上に接近されればそこらの男は簡単に勘違いしてしまうだろう。咲希だって何度か踏み外しかけたのだから笑うことはできない。
「てことはもしかして僕は合格だったんですか?」
「はい。先程申し上げた通りです」
どうやら知らず知らずのうちに人間性試験を突破していたらしい。咲希としては他人である夏愛と別にここまで関わるつもりは無かったのだが、自宅にまで連れ込んでいる時点で手遅れだろう。諦めて現実を受け入れるしか無い。
『お節介なだけのただの良い人、というのが私の認識です』
夏愛の言葉が脳内で再生される。その認識自体は間違っていないと思いたいのだが、完全に認めることは出来なかった。
問題を解決すると言っても咲希の手が届く極々限られた範囲の中で、更に個人の手でどうにかなるものに限っての話だ。そこを拡大解釈されても困る。
(自分の周りだけ平和ならそれでいい⋯⋯)
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯河館さん⋯⋯?」
夏愛の訝しげな声に思考が打ち切られる。
「⋯⋯いえ、何でも」
咲希は自分の顔の前で左手を振り、目を逸らす。これ以上夏愛に言うつもりも必要も無いし、そもそも言ったところで意味は無いだろう。
「残り、食べ切っちゃいましょう。あんまり遅くなっても悪いですし」
壁に掛かった時計は十六時を指している。
「──そうですね」
夏愛の返事を聞いてから咲希は自分の席へ戻り、再びフォークを手に取った。




