6話 さよなら
しばらくミスリルタートルを部屋の外から眺めていた俺は、今回は慎重を期し諦めることを決めた。
「残念だが、俺たちだけだといざというときに逃げられない可能性がある。素直に帰ってギルドに報告しよう」
「……ロードさんも、帰還石は持ってきてますよね?」
「ああ、持っているが……」
帰還石はダンジョンで採取できる特殊な石をもとに作られた魔道具の1つで、魔力を少量流し込むとダンジョン入り口にある帰還碑の元へと転移できるものだ。
用途だけ聞くととても便利なものに思えるが、実際は起動から転移までにかなり時間差があり、即座に転移できる場合もあれば数分〜数十分かかる場合もあるという、当てにしすぎると痛い目を見るアイテムでもある。
本当にいざというときの神頼み的なものだが、万が一自力での帰還が困難な状況に陥ってしまった時などに使えば、確実に入り口へと戻れるため帰還用として常備するようにしていた。
「ミスリルタートルは防御力こそとても高い可能性がありますが、動きは鈍足ですし攻撃も単調だと聞きます。戦ってみて手に負えないようなら、帰還石で戻るというのはどうでしょう? 転移までの間逃げるだけなら、それほど難しくはないはずです」
「それはそうだが……。ダンジョンでは最悪の場合を想定して動くよう、教えたろ? 万が一イレギュラーな個体だった場合、どうにもできずに死ぬんだぞ」
「確かにその可能性もあります。ですが、これで私たちが戻って報告をあげ、討伐部隊が組まれるまでの間に初心者の方が挑んでしまったらどうですか? とても嫌な気持ちになりませんか?」
「それならまだ、俺たちの方が倒せる可能性が高いってか? 自惚れるなよ。挑むのはそいつの自由、死ぬのもそいつの自由だ。俺たちが無謀なやつに配慮して、命を危険に晒す必要も責任もない」
「そう……ですか。そうですよね……。では、私が挑むのも自由ということですよね?」
アリスはごめんなさいと謝るや否や、俺を突き飛ばしてボス部屋へと足を踏み入れた。
ボスは通路にいれば手を出してこないが、一度部屋の中へと足を踏み入れたものは全てを敵と見なす。
くそ、まさかアリスがこんな強硬手段に出るとは予想できなかった!!
勝手に閉まっていく扉の先で、アリスが笑顔で手を振りながら口を動かす。
さ よ な ら だぁ?!
ざけてんじゃねーぞ!!
足に力を込めると、無理やり扉の隙間に突っ込みなんとか室内へと転がり込む。
すんでのところでなんとか通りぬけられたが、あれに挟まれてたら上半身と下半身がさよならしてたぜ。危ねぇあぶねぇ。
「ロードさん?!」
目を見開き驚いた様子のアリス。
「ばかヤローが!! 仲間に目の前で死なれたら、寝覚が悪りぃだろ!! ったく……ダメそうなら、無理やりにでも転移石使わせっからな?」
「……はい!!」
今にも泣きそうな瞳で笑顔を浮かべ、力強く頷くアリス。
よく見りゃ手も足も震えてんじゃねーか。妙なとこだけ聖女のようなことしやがって。
帰ったらお仕置き決定だな。
まあ、まずは目の前のこいつをどうにかしますかね。
「俺は前に出る。回復とサポートは任せんぞ」
「了解です!」
腰から片手剣を引き抜くと、こちらを睨みつけるミスリルタートル目掛けて駆け出した。
すぐさまアリスによる補助魔法――身体強化がかかり、グンと駆けるスピードが上がる。
情報通り動きはそこまで早くないようだが、なんか嫌な気配がするな。
最大限の警戒をしつつ懐に潜り込み、腕の付け根目掛けて剣を振るうが全く刃が通らない。
マザマージたちくらい火力があれば傷くらいつけられたのかもだが、俺じゃやっぱりダメか。
と、舌打ちしたくなる現実を突きつけられた、その瞬間。
突然首が伸びると、胴体の下にいるはずの俺目掛けて頭が迫り噛み付いてきやがった!
「気持ち悪りぃな!」
思わず漏れた悪態もそこそこに、なんとか躱して一度距離をとる。
「大丈夫ですか?!」
「ああ、問題ない。だが、こいつはやばいぞ。どう考えても俺たちの手に負える相手じゃないのは確かなようだ。帰還石で戻るぞ、いいな?」
「……わかりました」
悩んだ様子を見せたアリスは、グッと拳を握りしめると頷き帰還石を取り出して魔力を込める。
だが、通常なら淡く光が灯るはずの帰還石はうんともすんとも言わない。
「どうした?!」
「わかりませんっ! 帰還石が反応しないんです!」
アリスは何度も魔力を込めてみるが、結果は変わらなかった。
そればかりか、まるでそれがわかっていたかのようにミスリルタートルがゲッゲッゲッと不愉快な笑い声を上げ始める。
「転移不可区域になってるのか……? C級ダンジョンで?! おいおい、悪い冗談だな! これもお前の仕業ってわけか?!」
そうだと言わんばかりに地団駄を踏んで笑ってやがるぞ、あのやろー。
どうすべきかと頭をフル回転させる中、突然あいつが頭と腕を引っ込めたかと思うと、その場で勢いよく回転し始めた。
次の瞬間、あいつの背中に生えていたミスリルの結晶が回転の勢いで周囲にばら撒かれ、ものすごい速さで飛んでくる。
「チィッ!!」
咄嗟にアリスを抱きしめて地面に倒れ込むも、背中に激痛が走った。
何発かは刺さっているようで、ドクドクと生温かい液体が止めどなく流れ出るのを感じる。
「ロードさんっ!!」
アリスが必死にハイヒールをかけてくれるものの、傷が深すぎるためかすぐには回復しない。
そうこうしているうちに、あの亀の背中には新しいミスリルの結晶が形作られていく。
時間さえあれば、新しい弾を補充できるってか。くそったれが……。
「私の軽率な行動のせいで、ロードさんが……。私のせいで……」
なんとか傷は塞がったものの、絶望的な状況にアリスは虚な瞳で何度も自分を責め立てる。
「後悔するくらいなら、最初からすんじゃねぇ。これが最善だと思ってとった行動なら、最後まで貫き通せ。間違ってた時には、お仕置きしてやっから」
「でも……」
「うだうだ言うなら、また後で聞いてやるよ。詫びはそうだな……その身体で、一生をかけてたっぷりと払わせるとするかぁ?? ……なんてな」
「もう……。ロードさんのばか」
俺のくだらない冗談に、泣きながら顔を綻ばせるアリス。
そうそう、お前はそうやって笑ってる方がらしいぜ。
ま、この姿を見せればアリスも俺から離れてくと思うが……それも仕方ないか。
ここでアリスが殺されるよかよっぽど良いよな。
俺は覚悟を決めると、血が不足して震える足に鞭打って立ち上がった―――。
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