27話 夜道を歩くときは
翌朝。
久しぶりに気持ち良く眠れたためか、なんとも目覚めの良い朝だった。
柔らかさと肌触りにこだわって特注したベッドの寝心地は、文句なしの最高の一言に尽きる。
カーテンを開ければ暖かな日の光が差し込み、なんだか今日はとても良い一日になる、そんな予感が頭を過った。
「ん……」
眩しそうに目をこすりながら身体を起こしたアリスは俺をぽけーっと見つめた後、しばらくしてから完全に目覚めたのか顔を真っ赤に染める。
「あうう……」
「おはよう、アリス。どうだ、身体は大丈夫か?」
「は、はい。なんとか……」
恥ずかしそうにうつむいたままのアリス。
「なら良かった。おい、お前たちもそろそろ起きろ。朝だぞ」
声をかけると、ベッドの上で眠っていたリュミナス、メルシー、ミーナも次々に目を覚ます。
「んあ……? ここは……」 「まだ眠いわ……。もう少しだけ……」 「ふわぁ……。おはようございましゅ、ロードしゃん……」
割と寝起きの良いリュミナスとは違い、すぐさま二度寝をかまそうとするメルシーと、完全に寝ぼけているミーナ。
「……あーーーっ! ロ、ロード……てめぇ!! よ、よくもオレにあんな恥ずかしい真似させてくれたな?!」
昨日の出来事が蘇ったのか、顔を真っ赤にさせて怒るリュミナス。
その声に驚いた二人も覚醒し、頬を赤く染めたり枕に顔をつっぷしたりしている。
「お前たちが俺に責任を求めたように、俺もお前たちに責任を求めただけだ。何か問題があるか?」
「うぐっ……。だ、だがアレはあまりにも……!!」
羞恥に染まった瞳で俺をキッと睨みつけるが、今のリュミナスにいつものような勝気さはない。
「フー……。諦めましょう、リュミナス。確かに、先に勝手をしたのはアタシたちよ。ロードの言い分は最もだわ」
「ボ、ボクもそう思います……。ロードさんと一緒に暮らすためにって協力しちゃいましたが、冷静に考えればとてもひどいことをしてしまってました……」
「私もお二人と同じ気持ちです。つい舞い上がって、自分たちの気持ちだけを一方的に押し付けてしまいました……」
反省した様子の三人に諭され、リュミナスはようやく観念したのか大きく息を吐きだした。
「チッ……。確かに、女に言い寄られて嫌な男がいるはずねぇってのは勝手すぎる理由だな。悪かったな、ロード」
「俺も散々お前たちを好きにさせてもらったからな、気持ちは晴れたしお相子ってことにしようぜ」
全員がこくりと頷いたのを確認し、俺はほっと胸を撫でおろした。
よくよく考えれば、これでまたこいつらがおっさんにでも泣きついた日には俺が悪者になっていたところだ。
「で、ですが……! これだけは信じてください! 私たちはみんな、ロードさんに嫌がらせをしたくてあんなことをした訳じゃないんです!」
「まぁ、なんだ。そういうことだ。オレはこの通り女らしくねぇからよ、つい他所に頼っちまった」
「アタシも貴方の返事を聞くのが怖くて、先に外堀を埋めてしまおうと動き過ぎたわ。ごめんなさい」
「ボクもロードさんが全然相手にしてくれないから、つい焦って……。これじゃあ逆に嫌われちゃうだけですよね……」
反省を通り超してシュンと落ち込み始めた一同に、ちょっとやりすぎたかと反省し始めた俺。
「俺もその、ちょっとやりすぎたな。悪かったよ」
といっても、別に貞操を奪ったとかじゃないぞ?
俺の断罪裁判が終わった後、頭の中で流れた不思議なアナウンス。
《一定の熟練度に達したことで、『吸血Lv1』が『吸血Lv2』へとレベルアップします》
落ち着いてから鑑定のスクロールを使用しスキルの詳細を確認してみたところ、本当に吸血のレベルが1から2に上がっていて、いくつかの新しい能力が解放されていた。
隷属化、固定眷属化、念話、血液変換の4つだ。
相変わらず名称だけで、能力についての説明が一切ないところが不便だが。
この一か月間で魔物相手に色々と試してみたものの、隷属化と固定眷属化についてはよくわからず仕舞いで、血液変換に至っては能力の見当すらついていない。
唯一わかったのは、念話が眷属化した相手と心の中でやりとりできるということだけ。
まぁ魔物は言葉を離せないし、離れたところからでも一方的に命令できるってだけなんだが。
そこで、俺は未知数の能力について、ある1つの仮説を立てたのだ。
新しく追加された隷属化については、魔物相手ではなく人間相手に効果を発揮するのではないか? と。
だが、俺はアリスたちに人間相手の吸血は禁止されていた。
ならば、理由も説明しないまま一方的に禁止令を出した彼女たちには、能力解明の手伝いをする責任があるだろ?
ということで、昨日は危険がない範囲で様々な実験に付き合ってもらったというのが真実だ。
結論から言えば、眷属化と隷属化の大きな違いは対象の種族ではなく、命令できる内容の重さだった。
魔物相手に眷属化と隷属化を使い分けて試行錯誤していたんだが、例えば自害しろといったひどく重い内容の命令はそもそも頭になかったので、眷属化でも十分に従う範囲内でしか命令を出していなかったことが問題だったらしい。
人間であるアリスたちには感情に起因する行動への制限があったため、無事解明することができたという訳だ。
「うぅ……。もうお嫁にいけません……」
昨夜のことを思い出してか、アリスが顔を覆い隠してそんなことを言い始めた。
「ん? アリスはいずれ俺と結婚するために、こんなことをしたんじゃないのか?」
「え……?」
顔を上げて俺を見つめるアリスと、ピシリと固まる三人。
「いくらパーティーメンバーとはいえ、聖職者のお前が俺の宿に転がり込んできたり、おっさんたちまで巻き込んで出ていかなくて済むようにしたのは、世間的な既成事実を作るためだと思ってたんだが。違ったなら、ただの俺の自惚れだ。忘れてくれ」
「……えへへ。ロードさん、ちゃんとそんなところまで考えてくれてたんですね……。と、ということはっ?! お家までしっかり建てて受け入れてくれたのって、もしかして……?」
「ああ。すぐにって訳にはいかないが、今後もアリスの気持ちが変わらないようなら、いずれきちんとケジメをつけようと思ってるぞ」
「ロードさん……!!」
感極まった様子のアリスは、勢いよく飛び上がると抱き着いてきた。
何度も俺の名前を呼びながら、胸に顔をこすりつけている。
「ま、まてまてまてーーっ!! おい、オレはどうなるんだよ?! 確かに付き合いは短いが、一番最初にキズモノにされたのはオレだぞ?!」
今にも泣きそうな顔で叫ぶリュミナス。
「何言ってんだ? リュミナスだって男勝りとはいえ、ちゃんと女だろうが。パーティーとして活動していく中で俺をもっと知ってもらって、それでも尚嫌になったりしなかったなら、ちゃんと責任を取るつもりだぞ」
「う、嘘じゃねぇよな……? あ、あとから、やっぱ男みてぇだからヤダなんて言ったりしないよな……?」
「そんなこと言う訳ないだろ? 俺は一度もリュミナスを男みたいだとは思ったことないしな」
「ロードーーーーッッ!!」
潤んだ瞳で駆けだしたリュミナスは、ぴっちりと背中から抱き着くと腰に手を回してぎゅっと力を籠める。
「ということは、アタシたちのことも……?」
恐る恐るといった感じで、自分のことを指さしながら問いかけてくるメルシー。
ミーナも自分では怖くて聞けないけど気になるのか、メルシーの後ろからそっとこちらの様子を覗っている。
「ああ、もちろんだ。一緒に住むと決めた時点で、みんなが嫌がらないならいずれ……と思ってたからな。いくら俺でも、そのくらいの度量はあるつもりだぞ」
「フフッ……絶対に離してあげないんだから」
「ロードさぁん、大好きですぅうううっっ!!」
空いていた左右の隙間にすっぽりと収まった二人。
前後左右全てから美女・美少女に抱き着かれている様は、傍から見れば天国なんだろうな。
そんなことを考えながら、夜道を歩くときは十分に気を付けようと誓うのだった―――。




