67日目 石突
まな板の上にいる。
白いホーロー台のキッチン、ステンレスの水栓が見えて、赤いエプロンを着けた女性が俺を見下ろしている。LED電球のついたダウンライトが、俺を明るく照らしている。
「ねーねーママ! 今日の晩ご飯なに?」
「今日はお鍋ですよ」
食材になっていることは確かなんだけれど、今日はどうもおかしい。食材の一部になっている?
視界が偏っていて、頭側じゃなくて、移動できない。
具体的には――キノコの、根本の方にいる。茶色いカサがよく見える。
「わあい! おなべ! たのしみ!」
ママが、足にすがりつく子の頭をそっと撫でているらしい。横を向いている。
「今準備しちゃうからね、待っててね」
「はあい!」
そう言うと、女性は包丁を持って、俺のそばに手を当てる。
そのまま、さっくりと切り落とされた俺は――ゴミ箱に放り込まれて、気を失った。
◇ ◇ ◇
次に目が覚めた時――一瞬、俺は翌日になったものだと錯覚した。
まったく違うものになっていたからだ。
「今日は特別だからね?」
「はあい」
「雨だから、傘も持っていきましょう」
玄関の隅に立った傘立てから、子供が傘を引き出す。
俺はまた、根本の方にいるらしい。地面のすぐそばで、子供らしいテカテカのスニーカーがよく見えた。
子供が傘をアスファルトにつく。当然、持ち手と逆側の先端にいる俺が地面と接する。がりっという音がしてちょっと痛い。
またつく。がりっ。
「ささないの?」
「これくらいの雨なら平気だよ!」
「もう……」
がりっ。がりっ。
俺を空の側にやってほしいけど、そんなことを無機物に過ぎない俺がうまく伝えられるはずもなく。地面に押しつけられるたびに痛え痛えと思いながら念じるのみ。
横のママの真似してさせばいいものを。子供は風の子元気の子っていうけど、うん。
……にしても、なんでここなの? 毎日殴ってやるって念じてるからバチでも当てられた? いやそんなパワーはなさそうだけど。
「ねえねえママ」
そんな思考が漏れたのか、子供が傘をつかなくなった。俺とばっちり視線が合う。いや、そう思ってるのはこっちなんだろうけど。
「どうしたの?」
「傘の先っぽってなんていうの? 名前ある?」
ママからの答えを聞いて、今日の俺が何者かがわかった。
「それはね――石突って言うのよ」
「いしづき? 変ななまえ~」
傘の先端と、キノコの根本の固い部分――それらに共通する名前は、「石突」だった。
そういうパターンもあるのか……




