6日目 井の中の蛙
目が覚めたら、薄暗かった。
昨日はずっと運転されていたから、いくら体が動いていたとはいえ動かす感覚はあんまりなかったんだけれど、今日は自由に動かせる。手も足もあるし、口もある。アサリより高等な生物だ。すげえ。
薄暗いのは、ここが洞窟だかららしい。鉛直方向に出口があるんだから、竪穴というべきかもしれない。下の方は暗いけれど、上から少しは光が入ってくるから、何も見えないほどではない。
今の体にとってそれが自然だから気がつかなかったけれど、俺は今水の中にいるようだ。足で一蹴りしただけでたくさん進むから面白い。人間ってやっぱり泳ぎ下手だったんだな。水の中で暮らす奴らには勝てねえよ。
……にしても。腹が減った。これもすごく久しぶりの感覚だ。
プランクトンを食べるとか、そういう感じの体でもなさそう。なんかもっとこう、食べ甲斐のあるものを欲している。
――と。
目の前に、ちゃぽん、と、何かが落ちてきた。茶色の体から、ぎざぎざした足が何本か生えてじたばたしている。
……コオロギだ、たぶん。
生きたコオロギが水の中に落ちてきて、溺れそうで、じたばたしている。
……おいしそうだと、思ってしまった。
次の瞬間、俺は口をあんぐりと開け、目の前で暴れるコオロギに噛みついた。
人間だった頃にイナゴの佃煮を食べたときとは全然違う気分だけれど――久しぶりのちゃんとした食事は、おいしかった。この体の本能がそう感じさせているのか、俺の魂の記憶がそう感じているのかはわからない、けれど。まるまる5日間、何も食べないでいたのは辛かった。
……おいしい。
口の中のコオロギを飲み込みながら、上の方を見上げる。
この身では何メートルかわからないけれど、とにかく、上の方まで穴が続いていて、明るい。目を凝らすと、木の枝が揺れていて、合間から青い空まで見えた。
泳ぎのうまい身体。コオロギにかぶりつく本能。竪穴の下、水が溜まっているところへのスポーン。
……わかったぞ。俺は今、井戸の中にいる。
――「井の中の蛙」に、なっている!
◇ ◇ ◇
カエルの体じゃあ、今日も、神様をぶん殴るのは難しそうだ。
いいもんね。俺は大海の広さ知ってるもん。
だからこんな狭い井戸くらいすぐ探索して、さっさと外に出るんだもん。
探索はすぐに終わった。何しろ狭い。井戸だもんな。地下水が湧き出してるっぽいところを除いて、目立った成果は何もなかった。
とすると……壁……登るかー?
俺は見上げる。垂直に伸びた壁を。完全につるつるというわけではなくて、岩が組み合わさってごつごつしている。
慣れないカエルの体で、俺は出っぱりに前足をかける。力を込めて……ひっくり返った。頭から水に落ちる。鼻に水が入っても全然痛くないの、面白いな。
現実逃避はさておき。壁登りはなかなか厳しそうだ。
上の覆いもなければつるべとかポンプとかの整備もない井戸。日常的に使われているかは望み薄だけれど――ひょっとしたら人間が来るかもしれない。
それまでは存分に泳ぎ回っているとしよう、井の中を。