45日目 馬の耳に唱えられた念仏
「なんみょーほーれんげーきょーなんみょーほーれんげーきょー……」
目が覚めたら、なんか風通しのいい建物の中にいた。
周りには馬がたくさんいる。あれだな、これ、厩舎ってやつだ。
俺が浮かんでいるのは、そのうちの一頭の前。動けたりはしない。
「なんみょーほーれんげーきょー……」
白い馬だ。真っ白ってほどでもないけれど、他の馬の茶色と比べるとすごく映える。
「お願いします、今度こそ――」
馬の前でパンと手を合わせて叫ぶ男の姿を見ながら、俺の意識は途切れた。
◇ ◇ ◇
次に目が覚めたのは、もっと風通しのいい空間だった。
「なむあみだぶつ」
緑色の地面の上を、馬たちが歩いている。俺のすぐ近くにいるのは、さっきと同じ白い馬。
「なむあみだぶつ」
彼を牽いている男が、口の中で唱えていた。すぐに俺の意識は途切れる。
◇ ◇ ◇
次は、さっきの空間からちょっと離れた観客席。
あれだね、これからレースがあるってことだね。
「南無阿弥陀仏……」
馬券を握りしめた男が必死に願う。
「なんまいだー」
男。
「お願いします神様仏様お馬様」
女。えっ、それでもいいんだ。
「なむあみだぶつなむあみだぶつなむあみだぶつなむあみだぶつ」
男。表情がこわい。
「頼む……仏様……今晩の食費が……」
さっきと同じ男。いやなにしてんの君。
みんな、視線の先は、先ほどの白い馬に向いていた。
◇ ◇ ◇
「おねがいします……」
ファンファーレが聞こえる。唱えた人の視線の先では、何頭もの競走馬がゲートの中に入っていく。
「南無妙法蓮華経南無妙法蓮華経南無妙法蓮華経」
ゲートが開く瞬間、鬼気迫る表情で願い続ける女性。
「南無阿弥陀仏――」
飛び出した馬を目で追いながら祈る男性。
色々な人が、あの馬の勝利を願っているらしい。
「たのむたのむたのむいけいけいけ」
観客席の最前列の男のところにきた。白い馬はというと――コーナーを曲がって、一番先頭でこっちにやってくる。ええやん。
「にげろにげろいけいけいけいけいけなむあみだぶつなむあみだぶつ」
願う男。走る馬。
「なむあみだぶつなむあみだぶつなむあみだぶつ」
横から別の馬が何頭かまくってやってくる。並ぶ。抜かれる。客席が沸く。
「なむあみだぶつぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」
ゴールイン。馬券が宙を舞う。
◇ ◇ ◇
どうやら今日の俺は、「馬の耳に唱えられる念仏」だったようで。
ことわざの意味通り、大した効果はなかったようである。負けちゃってたみたいだし。
「神頼み」じゃなくて「仏頼み」みたいだから、俺をこんな目に遭わせた神をぶん殴りに行くことも難しそうである。ぐぬぬ。
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ネンブツダノミ
20xx. 10. 28 東京 マロニエS(OP) 芝1800m 4番人気 5着




