17日目 ヒアルロン酸
目が覚めたら、透明な筒の中に詰められていた。
小さい頃にこども科学館で遊んだ「きょだいシャボン玉」を思い出す。洗剤の液体が入った円形の枠の真ん中に立って、金属の取っ手を掴んでえいっと持ち上げると、自分がすっぽりシャボン玉に包まれるあれだ。弾ける瞬間が楽しくて、何度だって遊べたのを思い出す。
……さて。今日包まれている筒はシャボン液ほどヤワではなさそう。まあ、なんというか、プラスチックだ。コショウだった日を思い出す。今日は痛くないといいな。
外を見る。透明な筒には、目盛りが入っている。黒い線が視界の中を横切っている。
透明な筒の向こうには、地面の側には銀色の床が広がっていて、白い天井には蛍光灯がずいぶん大きく見えた。……うん。だいぶ縮尺が狂うのにも慣れてきた。俺はだいぶ小さくなっている。
これ、銀色の床じゃなくて銀色のトレーだな。箱形になっている。そして俺はアルコール綿やら医療用テープやらと一緒にそのトレーに入っている、と。
ここ、病院だわ。
そして俺、たぶん、注射器に入ってるんだわ。薬だわ。
神のことぶん殴るの、無理だわ。せめてチクッとしてやりたいけど。
そんなこんなを理解した瞬間に看護師が現れて、俺の入ったトレーを持ち上げる。何歩か歩いてドアを開け、診察室に入りながら呼びかける。
「次、白鳥さんです。ボルベラ準備できました」
「はい、ボルベラね」
ボルベラ? なんじゃそりゃ?
謎に思っているうちに、俺は革張りの椅子に偉そうに座る医師の横に置かれる。
ため息をひとつつき、男性の医師が目を開いた。なんかダルそう。
「次の方、どうぞ」
入ってきたのは若い女性。メイクをばっちり決めて、ブランド物のバッグを抱えている。病院に来て治療を受けるほど体のどこかが悪そうには思えないけれども。
「先生、よろしくお願いします」
「はーい。先日はカウンセリングにお越しいただきありがとうございました。今日はヒアルロン酸の注射ですね。涙袋をぷっくりさせちゃいましょう」
さっきのため息をついていた顔とはまるで異なる、元気そうな笑顔で医師が語る。「私に任せておけば安心ですよ」とでもいうような。
……そして。涙袋って。あれか。整形ってやつか。そりゃ悪そうに見えないわけだわ。
「さっそく始める前に……白鳥さん、何か不安なことはありますか?」
不安げな顔をして、女性が言う。
「その、注射なんですよね。……痛いですか?」
「皆さん心配されるんですけど、ほとんど痛くないですよ。マイクロカニューレという、細くて先が丸い針を使いますので。僕が同僚にやってもらったときも全然痛くなかったです」
「……よかった」
「では、こちらに横になっていただいて。副作用などは前にご説明した通り、内出血や腫れがみられることがありますが数日で収まります。効果は半年~1年くらいですが、戻ってきてしまったらまたやりましょう」
「はい」
「では目を閉じていただいて……はい、消毒させていただきますね、冷たいですよ」
俺の横、アルコール綿を手に取り、医師が言う。次は俺の入った注射器だ。
「では、注入していきます――」
◇ ◇ ◇
今日はどうやら特殊らしい。注射器の中に入っているヒアルロン酸全体が俺を構成していて、そこから減るとどんどん意識が薄くなっていった。だんだん眠くなっていき、医師が注射器を押し切った記憶はもうぼんやりとしていて、そして――
気がつくと、別の病院の別の注射器の中に収まっていた。なんだよこの転生。
「先生、ボリューマ準備できてます」
「はい、ありがとう」
さっきと、名前が、違う。
この後、俺は、美容整形用のヒアルロン酸にもいくつもの種類があることを学ぶのだった。




