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1日目 化粧水のボトル

 トラックに轢かれた。




 意識が戻った時には鏡の前にいた。

 いや。正確には、鏡が見えただけだ。妙にバカでかい鏡が。

 しかも、そこに俺の姿はない。20年弱付き合ってきた、中肉中背・ふつうの顔の俺の体はどこにも見当たらなかった。


 あー。わかったぞ。俺、これ、死んだな?

 死んで幽霊になっちゃって、俺の姿は鏡に映らなくなった。そんな感じだろ。


 あたりを見回す。見回せない。

 視点が動かない。え??

 例えるなら、あれだ。川の水位とかを見張るカメラの画面みたいだ。首も眼球も動かせない。体の感覚がない。ただ決まった視界があって、その範囲だけは妙にくっきりと見えている。そんな感じ。

 幽霊だったら、ふつうはふわふわ動けるものだ。おかしい。


 ……俺、どうなっちゃったの?


 体も動かせないし、助けを呼ぼうとしても声も出せないし、何もできない。

 周りの観察しかやることがない。視線動かせないけどな!

 まず、目の前にでっかい鏡がある。めちゃくちゃでかい。視界の端まで続いてる。

 んで、鏡に映っているのは、化粧水のボトルと、乳液っぽいボトルと、洗顔フォームのチューブと……これ、洗面台だな。なんで俺がこんなところを見ているのかは知らないけど。我が家の洗面台でないことは確かである。このブランドは知らないけど、なんとなく女性向けっぽい。


「ふぁあ……」


 女性の声が聞こえた。あくび? どうやら耳は生きているらしい。

 物音がする。足音がする。鏡の中に、もこもこした感じの服がうごめくのが見える。

 誰か入ってきたのか?

 きゅっと蛇口をひねる音がして、水がじゃばじゃば出始める。やっぱり洗面台で合っているようだ。

 とすると、俺はどうなってるんだ? どうして動けないんだ?


「んー……」


 息が漏れるような艶のある声に、ドキッと――いや、していない。なんせ俺にはもう心臓がついていない。バーチャル心臓ならドキッとした。

 視界の中に手が伸びてきて、隣の洗顔フォームを掴んでいった。声の主が顔を洗うのだろう。眠そうにしていたし、今は朝なのだろうか。洗顔フォームが元の位置に戻ってくる。

 体に、何かが当たった気がした。


 泡を洗い流すために彼女が顔を洗面台に近付けたので、俺の視界に入る。……泡だらけでよくわからん。さっさと流して。

 何度か洗い落とすと、泡の下の顔が徐々に見えてくる。

 美少女、だと思う。顔しか見えてないしぱしゃぱしゃ水かかってるからイマイチわかんないけど。ぷはっと止めていた息を戻す瞬間とか、やっぱりバーチャル心臓が跳ねる。かわいい。


 彼女が視界からいなくなる。顔を拭いているのだろう。次は化粧水かな?

 そう思った矢先、俺の体が(・・・・)持ち上げられた。


 あたたかい手にぐっと包まれる。美少女のおてて、たすかる……とか言ってる場合じゃない。


 ジェットコースターを10倍乱暴にしたみたいな加速度がかかる。頭が逆さになる。体をぐっと押される。脳天から、何かが出ている気がする。少女の胸元が、上下逆さになってよく見える。


 もう、わかった。

 俺は――この美少女の使う、化粧水のボトル(・・・・・・・)に転生している!


 ……いや、ナンデ?


 わからんから、せめてこの女子の様子でも堪能しよう――

 そんな邪なことを考えたのがいけなかったらしい。


 次の瞬間、俺は地面に叩きつけられる。すげえ速度だった。人間だったら死んでた。

 不思議と、痛くはない。ボトルに神経なんて通ってないだろうから当然か。

 どうやら、彼女の手が滑ったらしい。マイナス20点。


「わー、ごめんごめん……」


 しゃがみ込んで拾い上げ、軽くほこりを払うように撫でてくれる少女。

 無機物にまで優しい。プラス1億点。ありがとう。


「寝不足かなあ……」


 ひとりごとを言いながら俺を元の場所に戻し、洗面台の前で動き回る少女。

 何をやっているのかは俺の方からはよく見えないけれど、たぶんあれだろ。モーニングルーティンってやつだろ。YouTubeで見た。


「ゆあー、遅刻するわよー」


「今行く!」


 最後に鏡を覗き込んで頷いて、彼女――ゆあちゃんは洗面所を出て行った。


 ◇ ◇ ◇


 あれから何時間か経った、と思う。


 マジで退屈。

 ゆあちゃんに持ち上げられて少し角度変わったけど、結局見えるものはあんまり変わってないし。

 鏡しか見えない。

 俺と、乳液と、洗顔フォームしか見えな……んんん??


 俺(化粧水)の体に、異変が生じた。

 キャップがぴかぴか光って……さっきまでは無地だったところに、何かが浮かんできた。

 ……文字? 日本語? 小さくて読めない。


『こ』


 そんなことを考えた瞬間、文字が大きくなった。化粧水のキャップに浮かび上がる謎の文字。シュールだ。

 文字は1秒に1回くらいのペースで切り替わっていく。暇をしている俺にとっては唯一の興味対象だ。人間だった頃だったらまどろっこしかったと思うけど、今なら何より面白い。


『れ』『な』『ら』『読』『め』『る』『か』『い』『?』


 読める読める。


『よ』『か』『っ』『た』


 ……なんか、会話成立してるな? 俺の思考と、文字とで。

 あなたは、誰なんだい?


 ◇ ◇ ◇


 神様だった。


『僕は君を転生させたものだよ。神と呼んでくれ。』


 確かに、最期にトラックに轢かれた記憶はある。わあ。転生ってほんとだったんだなあ。


『でも、ひとつミスをしてしまってね』


 ……ん? 神って全知全能じゃないの?


『他人を守って死んだ君は、一度だけ記憶を持ち越して転生する権利を得たんだ。それで、転生プログラムにもろもろを入力していたんだけど……ひとつだけタイプミスをしちゃってさ」


 ……ほう?


『記憶を持ち越す回数、1回じゃなくて、11111回にしちゃった☆ミ』


 はああああああ????

 大惨事じゃん。どうしてそうなる。「☆ミ」じゃないよ。


 ……その、キャンセルとかってできないんですか?


『一度回りはじめた輪廻を止めると、宇宙が壊れちゃうおそれがあって』


 何それ、もっと大惨事。


『でもそのままだと君の魂の器が磨り減って壊れちゃうから、それはよくないなってことで』


 それもこわい。


『1回の転生あたりの時間を、24時間に設定したよ。これ以上は縮められなかったけど』


 ……つまり?


『君には、まいにち、転生してもらう。転生先はランダム。僕が組んだプログラムが乱数で決めるよ。11111日――ざっと30年とちょっと。これだったら、君の魂も磨り減りきらずに済む。よかったね』


 いや、待って、よくない。


『いろんな人生――人生だけじゃない。物生も虫生も、なんなら星生とかも体験できるかもよ? よかったじゃん』


 そういうことじゃなくて。あの。


『じゃあ、伝えるべきことは伝えたからね。11111日、楽しんで』


 おい。待て、クソ神。ポンコツ。


 叫びも喚きも暴れもできないこの体では、神が会話を打ち切るのを止められなかった。

 最初と同じくぴかんとキャップが光って、気配が薄れていく。


 ……あの野郎。俺の転生ライフをめちゃくちゃにしやがって。許せねえ。


 いつか、ぶん殴ってやる。

 何にだって転生できるんだとしたら――いつか、神に届くようなものに転生する日だってあるだろう。


 その日だ。怒りの日だ。俺が、神を、裁く日だ。

 一発でいい。殴らせろ。



 ――その日までは、せいぜい楽しんでやるよ。まいにち転生ライフを!

新連載、はじめます。

毎朝、さくっと読める感じを目指して書いていきます!

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