いじめた者が、行き着く先
「……八坂くん、それに草薙。久しぶり」
下校の時刻、校門の場所。
俺とりっちゃんに、他校生の待ち人があった。
それは、りっちゃんをイジメた主犯格──橋本玲奈だった。
教室で絶縁宣言をさせられていた時に見張っていた女子。
それも、コイツらしい。
りっちゃんに再会したとき、全ての事情を教えてもらった。
「今さらなんの用?」
その時に改めて当時の人間関係を把握したお陰か、久しぶりでの再会にもすぐにその正体を察せた。
りっちゃんを背中に隠し、橋本玲奈へドライに問う。
すでに俺はことの顛末を全て知っている。
俺は大体の人にここまでの態度を取ることはない。
だが、こいつに対してだけ、それは当てはまらない。
「お願いだから、そんな敵を見るような目で接しないで……。八坂くんも、男子はもちろん、女子には特に優しくなかったっけ? 理由は分かるけど、私も心から反省してるし、話を聞いてほしい……」
俺は確かに、一部の人にモラリストだとかフェミニストだと言われている。
だが、万人無差別にというわけじゃない。
人間だから当然だが、程度も限度もある。
一番気になるのは……とにもかくにも、りっちゃんだな。
背後を振り返ると──激情のたぐいは見られなかったが、その表情に一切の色はなかった。
さて、どうするか。
「りっちゃん。どうしたい? 俺は、りっちゃんの意思を尊重する。嫌ならそのまま無視して帰るし、話を聞くなら──悪いけど、心配だから俺も付き合わせてもらう」
もしも迷っているなら──いや、まだ助言や俺の意思を伝える段階じゃないな。
「反省、ね。いちおう、取っ組み合いのケンカは昔もうやったし……。話だっけ? いいよ。ただ、しょうもないことだったり嫌な話だったら、すぐ帰るから」
俺の言葉に対し、りっちゃんは平坦な口調で言う。彼女が俺の前で、ここまで冷淡な雰囲気を出すのも珍しい。
「ッ! ありがとう! ここじゃなんだから、どこか話のできるところ──喫茶店にでも入らない?」
かくして俺たちは、かつての仇敵とともに喫茶店に向かった。
そして飲み物の注文が出そろった後、橋本玲奈が話を切り出し始める。
「本当に今さらなんだけど……あの時はごめんなさい!!」
「………………」
りっちゃんは沈黙を保っている。
相変わらずその表情に温度はない。
なので、俺が代わりに話を進行することにした。
彼女が喋る時は交代しよう。
「りっちゃんがこんなだから、とりあえず俺が話すよ。俺自身は、直接的な実害を受けたわけじゃないけど、そこは呑んでね」
「……うん」
「で、謝りたいってことは分かったんだけど……橋本さんは何で今のタイミングで謝りに来たの?」
「それは……謝罪する勇気も今まで持てなかったし、ずっと草薙とは接触禁止って言われてて……」
「……ふうん? じゃあ今は勇気が出て、接触禁止とやらも解けたわけだ」
接触禁止なんて解けるものなのか、それとも何らかの事情があるのかは知らないが……疑念が生じる。
「う、うん」
「それだけ?」
「え?」
「今のタイミングで謝罪する理由はそれだけかって聞いてんの。もちろん、たまたま今のタイミングだっていうならそれでもいい。ただ……後で別の理由でも出てきたら、その時はもう話すらも聞かないから、そのつもりで」
「…………」
「こっちはこっちで話すこともあるし、よくよく考えてものを言ってね」
それだけ橋本玲奈に伝え、隣に座るりっちゃんへと語りかける。
「ごめんね、勝手に話を進めて。どうする? 話を代わるなら俺、発言を控えるけど」
「とりあえず……まだナオくんに、まかせたい」
りっちゃんがそういうなら、俺に是非はない。
「オーケー。そんなわけで俺は引き続き聞くってことで。で、答えは出た?」
「…………橘くん」
「……ん? なんでノブの名前がここで出るの?」
橘信幸。それが俺がノブと呼んでいる友人の、フルネームだ。
「実は私、小学生の頃から橘くんが好きで……草薙をイジメてたのも、橘くんが目立ってた草薙を好きになるのが嫌だったから」
「……それで?」
「同じ学校で片想いをずっと続けてて……高校では分かれちゃったけど、それでも気持ちを捨て切れなくて。この前、勇気を出して告白しに行ったんだ」
「…………」
「そしたら、橘くん言ってた。『そうか……橋本の気持ちは嬉しいし、友達からなら始めていいけど……条件がある。尚哉と草薙の二人に昔のことを許してもらってきてくれ。俺は、俺の親友が許さないやつとは付き合えない』って」
「なるほどね」
なんだよノブ。お前、モテるんじゃないか。さすがは天性の保護者。迷惑なポリシーまで持ちやがって。しかもこんな時に限って、さりげに親友なんて言うとは……ツンデレかよ。
「ごめんなさい!! ごめんなさい!! あの時のことは心から反省してます! どうか、どうか許してください!!」
俺が相づちを打ったあと、橋本さんはテーブルに頭を打ち付ける勢いで謝罪の言葉を口にした。というか、実際に必死の形相で頭を打ち付けている。実に痛そうだ。
そうまでするほど、ノブのことが好きなのだろう。
「ノブがさ、『俺とりっちゃんから』ってことは、俺も答えを出さなきゃいけないの?」
「う、うん」
「そっか──りっちゃんの意見はまだ聞いてないけど、ここに至るまでの俺の結論、言おうか?」
穏やかな表情のまま話を促す。
「──お願いします!」
「うん。論外だね」
「…………ぇ?」
ニコやかに返した返答は彼女の想定とは違ったらしい。
女の子には特に優しいだっけ? 表情も相まって、俺は許すと思っていたのだろう。
「いやいや、分かんない? お話にならない、って言ってんの。考えてもみなよ。何ごともなく、心から懺悔した上での態度だったら俺は許したかもしれない。本当に反省してるかは本人じゃないから分からないけどね。でも……、キッカケが『ノブと付き合うため』だっけ? ──ふざけてんの?」
「ヒッ!?」
っと、いかん。怖がらせちゃったか? 脅す気持ちは全然ないんだけど、ついつい。
ともあれ……はあ。これは仕切り直しだな。
全くノブめ。親友じゃなければ【フロント・ネックチャンスリー】をお見舞いするところだ。
「ね、橋本さん」
「な、なに?」
「ちょっとさ、思うところがあって。いっぺん仕切り直させてもらってもいい? 後日、改めて場を設けることは約束するから。あ、りっちゃんが嫌がらなければだけどね。りっちゃん、俺のワガママだけど、受け入れてくれる?」
「…………ナオくんがそう言うなら」
そうして、その場はお開きになった。
そして夜、場所は俺の部屋。
俺はノブを呼び出していた。
実はこいつの家はかなり近いので、泊まりというワケではない。
「ノブゥ……呼び出された理由、わかってるね?」
指をポキポキと鳴らしながらノブに近寄る俺。
「ちょっ!! いきなりサブミッションはやめろよ!? 言いたいことは分かるが、事情! 事情があるんだって!!」
「なるほど、事情か。続けたまえ」
「なんか尚哉、キャラクター違くねえ」
「あ、最近新しい技を習得したんだけど試してみる?」
「それで事情のことだけどな」
ノブは後ずさりしながら自分の発言を誤魔化した。
「うん」
「どこから話したものかな……。ほら、俺らと尚哉が出会った時って、草薙をイジメてただろ?」
「ああ、あの万死に値するやつか」
「万死!? お前、マジで草薙関連だと魔王みたいになるな……。で、紆余曲折の果てに俺らは許してもらって、今は友達って関係だろ?」
「まあ、そうだね」
「で、橋本の件なんだが……許す許されないはともかく、アイツも俺も、草薙をイジメたってことには変わりないわけだろ?」
「程度の差にもよるけどね。橋本さんは完全にボーダーラインを割っちゃってる」
「そこなんだよな。俺は草薙をイジメた。橋本も──俺らより酷いレベルでだが、草薙をイジメた。だから提案したんだ。『俺と同じように、草薙たちから許してもらうのが条件』だって。程度の差はあれ、結局は許すやつの度量次第。だから、俺はお前らに任せる。尚哉が断るなら橋本の話はなかったことにするし、もしも許せるなら──俺も人のことをいえた人間じゃないから、アイツの話を聞く」
「……は~~~……」
その主張を聞いて、俺は嘆息した。
「な、なんだよその溜め息。何かおかしいところでもあったか?」
「色々と言いたいことはあるんだけど、長くなるから一部だけ……。まずな、お前、人に選択を丸投げしすぎ。俺たちの意思を尊重したいってことなんだろうけど……ノブ、お前さ、分かってんの?」
さすがに厳しい話だと思ってるっていうのもあるんだろうけど。
「な、なにが」
「ノブ自身の意見だよ! 俺は、お前が俺たちにどうしてほしいのか未だに聞いてない。橋本さんを許してやってほしいのか、許さないでほしいのか、そもそも判断を下すことに関わりたくないのか。大体、そういう提案が出る時点で橋本さんのこと、少なくとも気になってるってことじゃないか」
さすがにそれが、人情からか好意からかどうかまでは聞かないが。
「!!」
「言いたいことがあるんだろ? 遠慮せず言いなよ。別にどういう答えを言ったからって、俺はノブと友達を辞める気はないし。あ、りっちゃん関係でアウトならそれは別ね」
「はは、こんな時ですら草薙かよ。俺としては………………正直、許してやってほしい。あいつのした事は許されることじゃない。でも、俺も同じ穴のムジナだ。キッカケは俺だが、話を聞く限りあいつは本当に反省していた。もちろん決断はお前らの自由だが、もし飲み込めるなら……許してやってほしい」
「よし、なら許すか」
「──はっ?」
「だから、俺は橋本さんを許すって。ちなみに、俺がりっちゃんの答えを尊重するっていうのは、丸投げじゃないからね。迷ってるなら何か言おうとも思ったけど、彼女の中ではもう答えが出かけてると思う。現に、俺の意見は一切聞いてこなかったし」
「いや、そんな簡単に……いいのか?」
「普通は即却下だけど、他ならぬノブの頼みだからねえ。ああ、もちろん芯から反省してるのは大前提だよ。俺がイジメを受けた当事者じゃないからってのもあるかな、あ、でも、りっちゃんの出す答えは知らないよ? 許しを強要することもしないし、これから意見を求められれば聞きはするけど、彼女の本心が第一だから、そこは期待しないでね。そういう結論でいい?」
「ッ! ああ! 十分だ! ありがとうな、尚哉!」
「どうしたしまして。じゃあそういうことで、この話は終わりで。…………しかし」
「な、尚哉? まだなんかあんのか?」
「いつもツンデレっぽいノブが素直かつ殊勝に礼を言うのって、レアだなぁと」
「な!? 尚哉アァアア!」
シリアスな話に決着がついたので冗談を言ったら、ノブが襲いかかってきた。
もちろん秒速で返り討ちにしたのだった。
直哉、六花、そしてこの人。
皮肉にも、謝罪の時の言葉はほぼ同じ。




