幕間────
「りっちゃん、そうえば──」
「なぁに?」
転校した尚哉が帰ってきて以降、休みの日はほぼ一緒にいる二人。
この日も、自然な流れで彼は六花の家へと遊びにきていた。
この二人はどれだけ一緒にいても、飽きるということがない。
「ちょっと聞きにくいんだけど……」
「? ナオくんがそんな風に言葉を濁すなんて、珍しいね? なんでも答えるから、遠慮しなくても大丈夫だよ。あ、スリーサイズと体重?」
「違うから。確かにそれも聞きづらいけど、シリアスめに切り出しておいてスリーサイズって。俺、変人みたいじゃん?」
「……もし仮に変態さんだったとしても、ナオくんは紳士だから!」
地味に変人の部分は否定しない六花。
「その仮定やめてくれる? 変態で紳士って、かえって罪深そうなんだけど……」
「とにかくなんでもいいよ! ナオくんに言えないことなんてないから!」
「無条件の信頼が重い……! いや、聞きたいことって、他でもない、俺が転校した後のことね」
「あれ? それ、話さなかったっけ?」
「経緯自体は事細かに聞いたけど、その後のことだよ」
「その後? どんな心境で奴隷に至ったかってこと?」
「そこはむしろ聞きたくないかな。埒が明かないからもう言うけど、りっちゃんをイジメてた子の話」
「……ああ、橋本さん」
尚哉といる時は表情豊かな彼女。
再会以降、彼の前で、ここまで露骨に嫌悪感を露にするのは初めてだった。
「ごめん、やっぱやめとこう」
『やっぱり、思い出したくない過去だよなぁ。トラウマになってる部分もあるし……』
その様子を見て、尚哉は反省し、取りやめる。
「!! 奴隷風情がご主人様に気を遣わせるなんて……! ど、どんな質問でも笑顔で答えるから! 見捨てないで!?」
『反応がちょこちょこ重たいのもトラウマのせいか……いや、この子もともと、こんな思考だったかも』
それは果たして、生まれ持った性質なのか環境のせいなのか。
尚哉は少し悩んだ。
「いやそんな見捨てるとか。俺のデリカシーが無いのが悪いんだから、恐縮しなくて大丈夫だよ。いや……ここで辞退した方が、りっちゃん的には負担なのか」
六花は少し潤んだ目で直哉を見上げていた。
「聞いてくれるの!?」
「う、うん。そうやって食い入られると、強要してるようで罪悪感が増すね……。その橋本さんのことね。今となっては以前の話で、もう接点もないんだろうけど、酷い出来事だったし、未だに許せない気持ちなのかなと」
「それは……。【罪を憎んで人を憎まず】なんて世間では言うけど……私は、橋本さんのこと、憎い。多分、今さら謝られてもそれは消えないと思う」
自分が直接受けた被害より、尚哉との仲を引き裂いた原因。
彼女の価値観は今も昔もそこに尽きる。
「なるほどね」
「あれ……? ここ、怒られるところじゃないの? 『忘れた方がいいよ』とか、『復讐はダメだよ』って」
「全然怒るところじゃないよ。忘れられるなら忘れた方がいいけど、それ相応のことはされたわけだし。無理してストレスを抱える方が、タメにならないよ。時間が解決してくれるのを待つのも良いと思う。負の感情を抱えていようが、りっちゃんはりっちゃんだし」
「ナオくんっ……!」
六花が六花なだけで、彼は素のままを受け入れてくれる。
改めて感極まり、尚哉への好意を自覚するのだった。
「とにかく、気持ちが知りたかっただけだから。だからどうこう、という話じゃないよ。嫌なこと思い出させてごめんね。代わりに、今日はりっちゃんのリクエスト──やりたいことの希望があれば付き合おっか?」
「ほんと!? あのね、最近色々と考えてるんだけど……添い寝とか、いいなぁって──」
「りっちゃん……相変わらず俺に対してはノーガードで迫ってくるね……」
結果を見ればいつもの休日。
だが、一時的にとはいえ彼らにしては珍しく、深刻な話題を口にしていた──




