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追憶編・強制相合い傘(前編)

 現在、六花と再会した尚哉は毎日一緒に登下校している。

 それは、進学する前の過去においても同じ事。

 これは過去その頃に起きた、そんな日々の一幕。


 ◇


 その日の朝、六花は通学準備のルーチンワーク中に見た番組に釘付けになっていた。


 いつもなら、なんてことのない内容。ただの天気予報に、よくある当日の占いランキング。


 内容はこうだった。


 天気予報……おおむね晴れ。日中以降ところによっては、にわか雨。

 占い……今日のアナタは思わぬ幸運が舞い込むかも! ラッキーアイテムは傘。


 六花はビビッと来た。

 これは──イベントが起こる予兆では! なんてことを思う。


(私がラッキーアイテムである折りたたみ傘を持参する。そして日中以降、降り出す雨。たぶん……ナオくんと何か素敵なイベントが起こるに違いない!)


 もちろん、いつもの如く彼女の思い込みである。


 原則的にスイッチが入るのは尚哉がいる時のみ。だが、ごくたまにこうして……彼さえ関わりそうなら勝手にスイッチオン状態になる六花であった。



「あれ? なんか、りっちゃん……今日はいつもより機嫌いい?」


 何割増しかでニコニコしている六花に、尚哉が尋ねる。


「うん、実はね、朝の占いの結果が良くって!」


 特にやましい事はないので、彼女は正直に喋った。


「ふうん? まあ確かに、不幸を予測されるより幸運って言われた方が気持ちが良いよね」


「そうなの! ちなみにね、ラッキーアイテムは傘。ということで、この折りたたみ傘が私に幸運をもたらせてくれるのかなぁって」


「傘かぁ……ラッキーってどんな状態だろ? ……困ってる人に貸して上げた結果、巡りに巡って、最終的に気づいたら車を入手していた、とか」


「どんな巡り合わせそれ!? あ、わらしべ長者的な流れってことだね。確かに想像すると楽しいけど、さすがにそこまでは望んでないよ。『ささやかな幸せがあれば良いなぁ』くらい」


「ささやか……傘を貸して上げた結果、最終的に気づいたら飴ちゃんを貰ってたとか?」


「ナオくん視点のラッキーって物々交換が基本なの……?」


「とは言ってもねえ。例えば……夕立をソレで回避できたとする。でもそれって、単に不幸を回避しただけで幸運とは言えないんじゃない?」


「うーん、(とら)えようによってはそれもラッキーだとは思うけど……。私としては『小さな幸せ』的なイベントが起こるんじゃないかと思ってるの」


「りっちゃんってラッキーの目安が……欲がないからか、日頃の境遇からか、恐ろしく要求水準が低いからね。極論、『不幸じゃなければ幸せ』みたいな所があるし」


「今まではそうだったかも。イジメられなければ幸せだったって思ってたけど……最近、ちょっと欲が出てきたみたい」


「おぉ! どういう方向かは知らないけど、それはいいね! 例えば『友達百人』とかね! もう、イジメられなければ幸せなんて環境、俺としては不憫(ふびん)で……」


 初めて会った頃の境遇と、六花のネガティブさ。二つを想い、尚哉は思わず目頭を押さえる。


「ナオくんなんでそんな悲しそうなの!? え、私ってそんな不幸な境遇だった?」


「うん、率直に言うと。そこに疑問が出る時点で、俺としてはもう不幸かな。生まれ持った美貌に関しては──もはや幸運とかいう次元を超越してるけど」


「化物よばわりされてたのに、美……? 確かに、ナオくんや大人の人なんかは、よくお世辞を言ってくれるから幸せかも。こんな変わり者の私なんかに良くしてくれるし。そうだ、そう言われてみれば……傘なんてラッキーアイテムが無くても、ナオくんと一緒にいられるから私、幸せ。──えへ、やっぱり欲が出ちゃってるね?」


 少女の健気な想いが少年の胸を打つ! その言葉は尚哉の中にある琴線(きんせん)に触れた。


「うぅっ……!」


「ああっ! 余計悲しそうに!? こんなに涙もろいナオくんも珍しいね?」


「いや、これは悲しいだけじゃなくて、嬉しさも入り交じっててね。自分で言うのもなんだけど、俺ってわりと人情(にんじょう)家でさ。へへっ、人間、年を取ると涙もろくなっていけねぇや……!」


 彼は鼻をこすりながら、江戸っ子のような口調で感動を言葉にする。


「嬉しさ? うん、思いやりがあるのは身を持って知ってるけど、いつもは鋼のメンタルで平然として──いやいや! 涙もろくなる年齢ってもっと……かなり上だと思うよ!?」


「うんうん、俺は分かってるから」


 尚哉はすでに話を聞いていなかった。そして勝手に感極まって保護者モードとなり、その手は自然と六花の頭を撫でている。


 特別な間柄でもない限り、いきなり頭を撫でられてもドン引きである。


 六花も多分に漏れず……例えば、両親と尚哉以外の者から頭を撫でられそうになったら普通に避ける。メンタルこそ弱いが、持ち前の運動神経を発揮して、べらぼうな速度で避ける。先ほど話題になっていた、『お世辞を言ってくれる大人の人』の中には、そういう人も少なからずいた。


 だが人見知りも相まって、その心は非常に開き難く……すべからく、他人からの直接接触は回避していたのだった。


 ちなみに今の彼女は避けるどころか、子猫のように自ら頭を擦り付けている。


 尚哉曰く、『あざとい仕草』だ。


 六花は無意識の内に、尚哉に甘やかされるシチュエーションと、彼を甘やかすシチュエーション。その二つを既に上手く使いこなしていた。


 彼の言う事も、ある意味もっともだった。


 それはともかくとして。

 登校するまでに、これといって変わったことはなかった。


 だが、六花がアタリを付けていたのは正午以降……つまりは、まだこれからなのである。

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