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空色の告死天使<アズライール>  作者: 柊らみ子
第三章・欠けて弾かれ廻る歯車

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23・一方通行

 ちょっとだけ、と言いながら、もう何分経っただろう。

 目が覚めてからまるで別人のように淡白になった少年が、朝からふらりと訪ねてきたかと思えば唐突に抱きしめられた。行為自体は元々スキンシップ過多気味のメビウスのこと、思い出すまでもなく何度もあった。以前のようにへらりと笑みを浮かべていたなら、ソラもじとっと対応できたのに。

 扉を開けたとき。抱きしめられる直前に目にはいった彼の顔色は蒼白で、とても強張っていた。狭い腕のなかで身をよじっても、メビウスは肩越しに顔を伏せてしまっていて表情は確認できない。感じるのは、荒かった息が落ち着きを取り戻して穏やかなものに変わったということぐらいだ。


「……メビウス」


 あまりに微動だにしないので、困惑気味に声をかける。少年から返答はなく、ソラはいつになく眉をひそめた。彼女だって、いつまでもこのままでいるわけにはいかない。


「メビウス。そろそろ離して」


 腕から抜け出そうともがきながら声をかけると。

 メビウスの、小柄――とは言えソラにしてみればじゅうぶん大きい――身体がぐらりと少女にもたれかかる。それを押し止められるはずもなく、ソラはそのまま床の上に押し倒された。


 そこで、ソラは気が付く。

 少年は、空色の少女に身体を預けたまま、眠ってしまっていた。穏やかな顔で寝息を立てるメビウスをちらりと見て呆れるやら安堵するやらだが、先ほどの張り詰めた空気よりは余程いい、とソラは思い、小さく息をはく。

 体勢が変わったおかげで動かしやすくなった首をもたげ、少年のほうへ顔を向ける。ふわっと柔らかな金髪が頬に触れ、ソラはびくっと固まってしまった。


「…………」


 額と額が触れあいそうなほど近くに、メビウスの寝顔がある。赤みが戻った頬にかかるクセのある金色の髪が、規則正しいリズムで上下する身体の動きに合わせてふわふわと揺れる。とくとくと一定の間隔で刻まれる心音が、妙に耳元で聞こえる気がして、ソラは不思議な感覚にとらわれた。

 あたたかくて、とても心地良い。


「メビウスさま。いー加減、みんな集まってるんですけど?」

「きゃッ」


 突然降ってきた苛立ちまじりの声。声とともに、背中に回されたメビウスの手がさわさわとむき出しの肌をなぞったので、思わず小さな声をだして目をつぶった。


「狸寝入りじゃないですか。朝から女の子の部屋に押しかけて、フケツです」


 嫌悪感を丸出しの声を聞いただけで、エリーが半眼でメビウスを見おろしていることがはっきりとわかる。くくっとメビウスが肩を震わせたのに気付き、ソラは恐る恐るまぶたを押し上げた。

 視界いっぱいに飛び込んできたのは、ぱっちりと開いた太陽の双眸。

 どくん、と心臓が大きく飛び跳ねる。


「おはよう、ソラちゃん」


 見慣れた笑みを顔いっぱいに広げたメビウスからは、たずねてきたときの緊迫感はまったく感じ取れない。むしろ、あれは見間違いではなかったかと思えるほどだ。

 だけど。

 ――君は、オレが守る。

 幾度も繰り返された言葉は、小さく震えていた。あんな弱々しい声は、聞いたことがない。あの声は、聞き間違いでは断じてない。


「あ……具合は平気?」


 だから。

 遅すぎる朝の挨拶に対しての返事にはならなかった。ソラの気持ちに反して、メビウスは笑みをいっそう深くすると「なんのことでしょう?」とおどける。


「ここんとこ、ソラちゃんの邪魔にならないように我慢してたからさ。もうね、寝起きのソラちゃんなんか見ちゃったらね、我慢が限界突破しちゃうよね。そりゃーもう、仕方がねーよな」

「それで、押し倒したんです? メビウスさまはそーゆーことしない人だと思ってましたけど」

「あのな、エリー。オレだって、年頃のオトコノコなんだぜ?」

「そーゆーこと、自分で言います? 少なくとも、エリーはそーゆーことされたことないですし、見たこともないんですけど?」

「そりゃーな。エリーは家族みてーなもんだし、家族にはこんなことしねーだろ」


 頭の上でかわされる会話を、ソラはぼおっと聞いていた。

 家族には、こんなこと、しない。

 こんなことって、なんだろう。

 二人の会話の意味が、ソラにはよくわからなかった。エリーが家族に近いと、それはルシオラも言っていた。しかし肝心の、家族というものがいまいちよくわからない。思い出せそうな気すらせず、ソラはあっさりと思考を放棄する。


 多分。

 自分には、あまり必要のないもののような感じがしたから。


「とにかく! メビウスさま、言いましたよね。わかったことを報告するって。もうみんな地下で待ってます。早く支度して来てください。エリーたちだって暇なわけじゃないんですから!」


 腰に手を当て、いまにも噛みつきそうな勢いで言葉を放つと返事すら待たずにエリーは早足で去って行った。「ほいほーい」とメビウスは呟いて、ようやっと身体を持ち上げる。


「ごめん、ソラちゃん。重かったでしょ」


 苦笑いを浮かべた少年に、空色の少女は「少しだけ」と返して立ち上がるとぱんぱんと埃をほろう。


「いやあ、ソラちゃんの肌があんまりにも気持ちよくて、最初はホントに寝落ちしちゃった。エリーの声で目が覚めたけど、オレもちょっと焦ったわ」


 情けない声で弁解しながら、メビウスも立ち上がる。好き勝手に跳ねまわっている金髪を見、ソラが柔らかく瞳を細めた。


「……わたしも、心地良かった」

「……ん? え?」


 一度自然に通り過ぎた言葉を、脳内で反芻する。なんども咀嚼して飲み込んでは考えを繰り返し、メビウスはぱちぱちと瞬きをしてソラを凝視した。


「えと、ごめん、いま、なんて?」


 いつも一方通行だから、ソラからそんな言葉が聞けるとは思いもしなかった。盛大な聞き間違いをしたのではないかと、結局聞き返す。

 少女はふわりと微笑むだけで、返事はしなかったのだけれど。

 白い頬が、ほんのりと赤く染まっているように見えて。

 メビウスもへらっと、笑みを浮かべたのだった。









 遅い朝食を手早く済ませ、メビウスはソラをともない、危なげない足取りで階段をおりていく。こつこつ、という足音が、途中からカンカンとあからさまに違う音に変わった。空色の少女は立ち止まり、足もとをじっと見つめる。折り返しの踊り場までは木で作られていた階段が、そこ以降は金属でできている。


「デア・マキナってのは、巨大な地下遺跡のうえに建ってるんだ。もちろん、時計塔もその一部。で、ここはその心臓部ってわけさ」


 振り返ってメビウスがさらりと説明をする。カン、と高い音を残して、少年はぴょんと飛びおりた。


「……遺跡?」


 ゆっくりと階段をくだりながら、きょろきょろと辺りを見回す。そしてふと、びくりと身を震わせる。


「メビウス……。この遺跡は、大丈夫なの?」

「ん? ああ、大丈夫。ここは、本棚と違ってもう死んだ遺跡なんだ。ルシオラが手を加えて、必要なところだけ生き返らせた。だから、オレに防護機能は発動しねえ」


 へら、と笑って少女へ手を差し出す。手を重ねたソラの華奢な身体をふわりと抱きとめ、優しくおろす。魔法の灯りが照らす、薄暗い廊下を危なげなく歩いていくメビウスにただついて行きながら、ソラはもう一度まわりをぐるりと見た。金属がむき出しになったままの壁や天井は、今にも部品が落ちてきそうだし、張り巡らされた大小様々なパイプからは時々水蒸気が飛び出る。地下ゆえの窓のなさと圧迫感に加え、二人並んでいっぱいのごちゃごちゃとした狭い廊下は、本棚の真っ白な居住空間とはまた違った息苦しさがあった。

 メビウスは、一つの扉の前で足を止めた。廊下はまだ奥まで続いているが、目的地はこの扉の中らしい。


「これ……?」

「あ、気付いた?」


 いたずらっ子のような笑みを浮かべ、メビウスがソラの顔を見やる。少女は首を傾げて扉を眺めた。

 ソラの夜空色の瞳には、一枚の鈍色をした金属の板が映っている。まわりの壁や天井とは違い、ごてごてとした部品は一切見受けられない、シンプルな板だ。ついているものといえば、背伸びをしたらはっきり見える高さに、(しろがね)でできたオオハシのレリーフがあるだけである。つまり、扉らしいのに、取っ手やそれに代わりそうなものがなにもついていないのだ。


「扉……なの?」

「見てて」


 にまっと笑い、メビウスが右手をレリーフに近づける。一拍の時間をおいて、レリーフは赤い光を発した。すると、一枚板の扉がするりと音も立てず右側にスライドする。

 開け放たれた扉の向こうに広がるのは、圧倒的に大きな部屋だった。もしかすると、地上に建つ家よりも大きいかもしれない。見たこともない機械が所狭しと置かれ、低い機械音を出しながら稼働している。目がちかちかするぐらいたくさん空中に浮かんでいるのは、機械から投影されたスクリーンだ。そして、地上の受付からは考えられない人数の人間が慌ただしく動きまわっている。


「登録された人間の魔力を感知して、開く仕組みになってるんだ。ここは、大事な場所だからね」


 圧倒されている間にぴょこんと中に入ったメビウスが、説明しながら向き直ってソラに手を伸ばす。


「ようこそ、ソラちゃん。ここが、魔獣組合(ギルド)の中枢だ」

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