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空色の告死天使<アズライール>  作者: 柊らみ子
第三章・欠けて弾かれ廻る歯車

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17・行方不明

 結局その日は泣き疲れて眠ってしまったメビウスだったが、次の日からの回復ぶりは凄まじかった。ルシオラの薬は相変わらず魂が飛んでいきそうなほど苦いが、変な副作用がないのはマシなほうだと言い聞かせ、一気に喉へと流し込む。少しなら、と魔法の使用許可をもらったソラが、ルシオラの監視付きでメビウスの足を手当てできるようになったのはメビウスにとって嬉しい変化だと思われるのだが、少年の反応は意外と淡白だった。治療しやすくメビウスにとっても少女を近くに感じられて嬉しいのは胸の傷なのだろうが、胸の傷はかなり深いがとりあえず塞がっていることと、まず歩けるようになるのが先だと少年が言い張り、手当て中は二人の距離はそれほど近くない。

 ソラに回復してもらっているあいだ、珍しくメビウスは声をかけることなく静かにしていた。ただ、少女の手の甲に浮かぶ魔法陣を見、まだ包帯の巻かれた肩口の傷跡を眺めて窓の外へと視線を向ける。毎回、その繰り返し。かわす言葉は、あいさつ程度。ソラと会ってからというもの、隙あらば付きまとっていたのが嘘のようである。


 テオや魔獣組合(ギルド)の面々が顔を出す中、エリーだけは彼の部屋に訪れなかった。彼女はずっと、先頭に立って魔獣を退治し続けているのだとテオに聞き、メビウスは複雑な気持ちで目覚めた日に見た新緑を思い浮かべる。


「なに深刻な顔してんですか、坊ちゃん。いつものへらへら顔のほうが似合いますよ」


 口にした本人がへらへらと笑いながら、メビウスの上半身の包帯を取り替えていた。


「いやー、しかし、死に戻る? 初めて見ましたわ。坊ちゃんと一緒にいたときは、一回もなかったですからねえ」

「……死んでねーし。てか、ウィルは? この状況で、仮にも魔獣組合(ギルド)のトップがのんきに人の包帯なんか変えてていいのかよ」

「まあ、みんな魔獣との戦いに慣れてきたみたいだし、いいんじゃね? 俺がいてもいなくてもあんま変わらんし」


 あっけらかんと言い切って、新しくした包帯をぺしりと叩く。「雑だな」と身も蓋もない感想を呟き、メビウスはまた、窓の外へと視線を移した。ベッドからほぼ降りられないため、なんとはなしに窓の外を見るのが日課になっている。


「ああ、そうだ。ウィルね、しばらく面倒見るひまがないってさ」


 長く広げすぎた包帯をくるくると巻きながら、さきほどのメビウスの問いに答えた。窓の外から視線を引き戻し、少年はテオの眼鏡越しの瞳をじっと見つめる。


「なにかあった?」


 メビウスの探るような目つきをさらりとかわして、テオは巻き終わった包帯を救急箱にしまう。かたん、と蓋を閉じるとテオは「あったといえばあったんですが」と歯切れが悪い。


「坊ちゃんには関係ないと思うんですがね。坊ちゃん、あの日、坊ちゃんはレイモンドに会いました? 魔獣組合(ギルド)内ではなく、外で」

「レイ……に? いや、オレが最後に会ったのは、ここ(ギルド)の一階だな。ルシオラの血を渡して、それからは会ってねえ」

「……ん? あれ、勝手に持って行ったのかと思ってましたが、あちゃー、坊ちゃんが渡したんですか。微妙に関係ありましたわ」


 オーバーリアクションで天を仰ぐと、テオはきょとんとしているメビウスを見やる。


「おかげさまで、あの試験管を誰も盗み出してないことはわかりました。まあ、聞いてみるもんですねえ」

「いや、だってあれ、ここ(ギルド)を動かすエネルギーだろ? あんなもん、それ以外になんに使うってんだよ」

「持ち逃げしたなら、それも聞かなきゃですねえ。いやあね、あの騒ぎが起きた日以来、誰もレイモンドの姿を見とらんのですわ。最後に見たのは、広場へ送ってもらったソラさんですなあ。そのまま家に帰ると言っていたそうなんですが、家に行ってみたら、誰もいないしなーんもない。夜逃げでもしたのかって勢いですよ」

「なんだって?」


 再会した日、彼は魔獣の研究で中央(セントラル)の学院へ行くことが決まったと話していた覚えがある。結局その話を詳しく聞くことはなかったが、あのとき、ウィルは複雑な表情を浮かべていた。幼馴染みの出世を聞き、一瞬とはいえなぜ()()()()()()()()()()()()()()、メビウスは不思議でならなかった。


「テオ。あの二人、なんかあったのか? 言われてみれば、顔を合わせたときなんか微妙な空気だったんだよな」

「あれ? 坊ちゃん、知りませんでしたっけ?」


 意外そうにテオは声をうわずらせた。メビウスは一瞬首を傾げたが、やはり心当たりは思い浮かばない。


「あの二人の問題こそ、坊ちゃんが関わってるんですけどねえ。ウィルが坊ちゃんに付くようになってから、顔合わせたことなかったでしょう」

「……あーそういえば? でもいままでは別に魔獣組合(ギルド)の関係者でもねーし、オレが知らないあいだに会ってると思ってたけどなあ。オレが関わってるって、どーゆーこと?」


 軽く訊ねておいて、その(じつ)「言ったからには答えろよ?」と暗黙のプレッシャーが感じとれた。ウィルはこないと口にしたのにも関わらず、テオはきょろきょろと廊下に首を出し、扉を静かにしめる。やけにこそこそと戻ってくると、まるで耳打ちでもするように口に手を添えると、メビウスの顔の近くで話し出す。


「俺が言ったって言わないでくださいよ? あの二人、ウィルが坊ちゃんの補佐をするために旅立つ前日にですね、ケンカ別れしとるんですわ」

「はあ? なんでまた。エリーとやらかしたのは知ってたけど」

「それがね、エリーと同じ理由なんですよ。本来なら、魔獣に興味がある自分が一緒に行きたかったし、役に立つはずだと。ただ、コナー家に生まれただけで決まってるってのはズルいってね。そしたらウィルも、自分だって本当は、中央(セントラル)で勉強したかったんだって言ったらしくて。好きで生まれたわけじゃないって、すごい剣幕だったって、雇ったときに初めて聞きましたわ」


 早口で言い終わり、そっと少年の表情を確かめる。おおよそ本音を人前に晒すことがないメビウスが、このところナーバスになっているのかテオの知らない言動をいくつもしているので、余計な追い打ちでもかけたのでは、と彼なりに気づかったのだが。

 メビウスは、笑みこそ浮かべていなかったものの、聞き慣れた口調で「そっか」と呟いただけだった。


「……あれ? そんだけ?」


 思わず、心の声が表に飛び出る。


「テオ。それさあ、オレじゃなくてむしろお前だろ、関わってんの。どーやってもレイを連れて行くのは無理だよ。けどさ、ウィルが勉強したかったんだったら、そのあいだお前が現役やってりゃ良かったんじゃねーの?」

「いやいや、そんなん知らんかったし」

「察しろよ……ってもテオだしな……。イザベラはどーせいなかったんだろうし、ポンコツか」

「ポンコツですよ。ポンコツだから早く引退したかったんですって」


 開き直ったテオに呆れた視線を投げ、メビウスは大きくため息をついた。言いたいことは色々あるが、いまはこの話を長引かせるつもりはない。本筋ではないからだ。


「ま、その話はまた今度な。いまはそれより、レイの行方と目的だ」


 さらっと話を流したメビウスに、テオはわかりやすく安堵の表情を見せた。勝ち目のない口論をする必要がなくなったからである。


「ええと、では。あの騒ぎの中、中央(セントラル)へ行ったとは考えにくい。かといって、街の外へ行くのもいまの状態じゃあ無理でしょう。彼は必ずこの街にいると言って、ウィルは聞かんのですよ」

「レイは、魔獣の知識はあってもケンカはからっきしだしな。魔獣が嫌いそうな場所に隠れてるとしても、うーん、よくわかんねーな。そもそも、目的はなんだ?」

「ルシオラさんの血。遺跡を動かすほどの魔力を秘めてる、とはいえ、レイモンドは魔法にそれほど興味持ってませんしなあ。誰かに操られている、なーんて線も――」

「――あ」


 ぽん、とメビウスが手を打つ。テオは続く言葉を飲み込み、少年のせりふを待った。


「ルシオラ。ルシオラの血、か。それは偶然かもしんねーけど、()()()なら自分の邪魔になりそうな魔獣組合(ギルド)に先手打ってる可能性は、あるか」

「坊ちゃん。眉間にしわ、寄ってますよ」


 テオがおでこを指したあと、親指と人差し指をくっつけて離す動作を繰り返す。メビウスは何度か自分の眉と眉のあいだを指でこすって伸ばしていたが、手を離すと結局元に戻った。更に、太陽の色を映した瞳はじとりと半眼になっており、開いた口からは知らずため息がもれる始末である。


「あー、考えるだけで無理だな。けど、街にグレッグとアインがいた時点で、ほかにもちょっかい出してる可能性はあるよなあ……」


 はあ、と今度は意識して深いため息をついて肩を落とすと、ジト目のままテオを見上げた。見慣れない表情故に、わけのわからない迫力のようなものがともなっていて、テオは思わず居住まいをただす。


「オレたちが街にきたとき、誘拐事件が頻発してただろ? あれを裏で操ってたのは、ドクターなんだ。ほかの街でも、あいつは同じようなことをやってた。こいつはオレの憶測だけど、あいつは人間界で動いてる時間が長い。そのぶん、色んな所と繋がってる可能性があると思う。金さえあれば、なんでもやる奴らってのは、どこにでもいるもんだろ?」

「まあ、いるでしょうなあ。でも、それとレイモンドがなんの関係があるんです? 彼はそこまで堕ちるような人間じゃありませんぞ」

「ああ。……そんな度胸は、レイにはねえよな」


 へらり、と。

 普段のとぼけた笑みを乗せ、メビウスは言葉を切った。テオも、張っていた背中を丸め、だらしなく脱力する。


「だから、ただの憶測さ」


 呟いて、窓の外へと視線を移す。さきほどテオが魔獣との戦いにも慣れてきた、と言っていたがそれは気休めではないようだ。現に、数日前より窓から見える魔獣の数があからさまに減っている。

 戦い方を覚えて、窮地を乗り越える強さを手に入れられるように。

 なにかを犠牲にして、間違った強さを手に入れる場合だって、ある。


 復讐に飲み込まれ、ヒトであることをやめたエグランティア。

 知らぬうちに望まぬちからを植え付けられ、ヒトをやめざるを得なかった名前も聞けなかった少女。

 そして自分から、魔に近づきすでに染まりかけているグレッグ。



 ――人間なんてな。

 たった一つのきっかけで、どこまででも変わることができるんだぜ。



 長い――長すぎる時間のなかで、嫌になるほど見せつけられてきた。人の弱さ。汚さ。魔族がいようといまいと、世界は決して美しくなんかない。なぜ自分が、そんな世界を守るために生きなければならないのかと、知りたくなかったといまだって思うこともある。

 だが、それをテオにぶつけたところで、なんになろう。


 それがわかっているから、メビウスはただ願う。子供の頃から知っている人間が、相棒(ウィル)の幼馴染が、よくない方向に手を伸ばしていないことを。

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