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空色の告死天使<アズライール>  作者: 柊らみ子
第一章・空色の少女と太陽の少年
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8・メビウス

「私はいまの生活もまんざらではないと思っている。好きなだけ実験も研究も出来るし、時間もたっぷりあるからな。ひとつ問題があるとすれば、メビウス、お前のことだけだ」

「んー……死ぬなって話だろ? 別にオレも好きで死んでるわけじゃねーんだけど」


 そもそも痛いし苦しいし。


「つーか。生き返るの決まってるのになんで痛いわけ? わざわざ痛い思いする必要あんの?」

「馬鹿かお前は。痛みというのは身体に異変が起こっているという信号だ。それがなければいつ壊れてしまうかわからんだろう」


 あからさまに呆れた口調で言うルシオラに、メビウスは口を尖らせて返す。


「壊れても治るんだからいーじゃん。あのな、いくらルシオラだって殺されたことはねーだろ? 心臓が止まるとき、どれだけ苦しいかわかんねーだろ? 毒で身体の中から溶かされたり生きたまま魔獣に食われる感触なんてわかんねーよな……ッ」


 ほぼ愚痴のようにぼやいた言葉には、切実な感情がこもっていた。ルシオラもさすがに口を閉ざし、一時の沈黙が訪れる。

 沈黙を破ったのは、メビウスだった。はあー、と大きなため息をつくと、ひらひらと手を振って普段どおりの笑顔を見せる。


「大丈夫。わかってるよ。生き返るとしても、なるべく死なないほうがいいんだよな」


 ――オレは、()()()()だから。


「……ああ。お前の命が最後の砦だ。お前が生きている限り、封印は守られより強固なものとなる」

「でも、オレが死ぬと封印のちからが弱まる。魔獣が出てくるようになったのも、それだけ封印が弱まったってしるしだし。オレが強くないといけないんだよな」


 わかってるよ、ともう一度噛みしめるようにメビウスは言った。


「あのときは、そうする他なかったからな。結果的に私がお前を鍵にする役目(あとしまつ)を担ったわけだが」

「ブリュンヒルデはわかってたんだ。誰かを生き残らせることができるとするなら、みんながオレを選ぶって。オレになら()()()()()を仕込みやすいし、ルシオラを巻き込めばお前がオレを仕込んでくれる。罪とか罰とかよくわかんねーけど、彼女にとっては仕返しも含めての選択だったんじゃねぇかな」


 みんなの命を使ったのも、結局国が滅びたのも全部。


「相討ちとはいえ、結局自分の思いどおりになってんだ。こえーなぁ」


 頭の後ろで手を組んで、苦笑いを浮かべた。


「おまじない、か。お前が死なないように不死鳥(フェニックス)の加護を享けさせておいて鍵にするとは。死ぬ前の悪あがきにしては度が過ぎる。人間を鍵に使う時点でおかしいと気づくべきだったよ」


 不愉快だと言わんばかりに眉をひそめて、ルシオラは吐き捨てる。しかしそれも一瞬だった。すぐに不敵な笑みを浮かべる。


「私も見くびられたものだ。この私を利用したのだから、あの女の残滓ぐらい好きに使っても文句はでまい」

「……こわッ。……いや、まぁ……助かってますけど」

「当たり前だ。この私が残りかすでも最大限出力できるよう作ったのだからな。それに、かすを残しておいて万が一復活でもされたら私も困る。うっかりやつを殺しかねん」

「……こわ」


 ルシオラの圧倒的な迫力に負けて、本音がこぼれるだけになっている。代わりに返したのは、メビウスの横で羽繕いをしていた朱色(あけいろ)の鳥だった。


「アタシもそれぐらいがいいと思うわ。あの子は暴走がすぎたわよ」


 大きなくちばしを器用に動かしてしゃべる。話すたびひょこひょこと動く冠羽は、よく見ると炎のようにゆらゆらと波打っていた。長い尾羽も同様である。


 死しても灰の中からよみがえる姿から火の鳥とも呼ばれる不死鳥の、極力ちからを使っていない姿がオオハシなのだ。オオハシ曰く、不死鳥は神界に住む神獣だがあまりに有名なため、なるべくヒトのイメージとかけ離れた姿を取っているらしい。普段はメビウスの影の中に潜み、よほどのことがない限りはルシオラの家でのみ具現している。


「オオハシもメビウスに縛られて大変だろう。本来、不死鳥が死ぬまでもの長い間、加護を授けることはないのだからな」

「だってもう、加護を解けるものはいないもの。アタシは死ぬまで坊ちゃんに付き合うしかないの。それこそちからを使い切って燃え尽きるまで、ね」


 長いまつげを伏せ、アンニュイな雰囲気をかもしだしながら悟り切った口調でオオハシは言った。


「でもネェ、ホンッと―にお願いだからもーちょっときれいに死んでくれる? どうして毎度毎度損傷激しいのよアンタは。今回はまだマシなほうだったけど、なんで中身かき回されてたり心臓潰されてたり血がほとんどない状態になってたりするのよぉー」

「うわー、そんなだったの。そういやちょっと血が足りない気もするなぁ」

「なによ、貧血ぐらい我慢しなさいよ。動ける程度にはちゃあんと戻ってるわよ」


 まったく、もうちょっと手抜きしても良かったぐらいだわ、とぼやく。アンニュイな空気はもうどこかへ放り投げたようだ。


「動けるなら問題ねーや。いつもサンキュな」


 へらっと悪気のない笑顔を向けられ、オオハシはふん、と顔をそむけた。だがもう、毒気は抜けてしまっている。


 ほんとにもう。

 いつも、こうなんだから。


「母性本能、くすぐられちゃうのよねぇー……」

「母性本能って、オオハシさんオスじゃん」

「オスって言わないで! 心は乙女なの、アタシは乙女なのよぉー!!」


 バサバサと羽ばたきながらオオハシは甲高い声で絶叫した。部屋の中に抜けた羽が舞うが、落ちる前にふわっと燃え尽きてしまう。不思議と熱は感じなかった。


「あーごめん、ごめんって。オオハシさんはかわいいよ」


 嘘は言っていない。

 ただし、鳥としてだけど――という本音を飲み込み、メビウスはオオハシを抱き上げた。うるんだ大きな瞳で少年を見上げ、「坊ちゃんー!!」と両翼で器用に抱き着いてくる。されるがままにされながら、うん、もふもふとしては確実にかわいい、と実感し。


 ……かわいい?

 あれ? とメビウスは小首を傾げ――。


「そうだ! あの子は? 空から降ってきたすっげぇかわいい子!」

「大丈夫だ。特に怪我もない。ちゃんとここにいるよ」

「良かったぁー。で、どこ? どこにいんの?」


 すぐにでもベッドから飛び降りそうなメビウスをぎろりと目で制し、ルシオラはゆっくりと脚を組む。


「まぁ待て。私がなぜここにいたと思っている」

「献身的な看病」

「死なないとわかっているものの看病をするほど、無駄な時間は私にはない」


 ぴしゃりと言われ、メビウスはわかりやすくうなだれた。そういやいつもいたことないよなーと下を向いた彼の前に、ルシオラの手のひらが差し出される。白い手のひらの上には、小さな銀色のかけらが二つ乗っていた。


「魔獣のかけらだ。お前の土産と、お前の身体の中に残っていたものだ」

「ああ。あのざりざりしたやつ」


 不快な感触を思い出したのか、少年のテンションがさらに下がる。無意識のうちに、つらぬかれた胸部をさすっていた。


「結論から言おう。これはどちらも、同じ個体からはがれた破片だ」

「……は?」


 まじまじと、銀の破片を穴が開きそうなほどたっぷりと見つめる。納得がいかない様子で首をひねった。


「それにしては、なりそこないの近くでまったく瘴気を感じなかった。アレだけの瘴気を持ってるやつが大本なら、反応しないわけが」

「メビウス。もう一つ、結論を言っておこう。お前を殺したやつは魔獣じゃない。魔族だ」

「……あー……。やっぱりそうですかー。なんか嫌な予感はあったんだよな。いままでとは全然違うっつーか、あー……」


 ぶつぶつ呻いて頭を抱える。オレが死に過ぎたせいかなぁ、と自嘲気味に呟いた。


「それはあるまい。あの女の悪知恵を受け入れて二千年も食い止めたのだ。じゅうぶんだろう。普通なら、繰り返す死への恐怖で狂ってしまってもおかしくない。私には、想像することしかできないが……ただ、これからはいままで以上に気をつけねばならん」

「はい。それは肝に銘じてます……」


 先ほどの心境の吐露に向けた答えにも気が付かなかったようだ。魂が抜けたような返事だが、構わずルシオラは言葉を続ける。このあとの台詞に彼が食いついてくると、確信があったからだ。


「ここからが、お前が知りたかった話だ。お前が助けた少女は、魔族に狙われていたことになる。空から降ってきた挙句、二千年も封印されていたはずの魔族に狙われるなど尋常のことじゃない。それは、わかるな?」


 案の定。

 少年は、魔女の目論見どおり顔を上げうなづいた。しょぼんとしていた表情に活気が戻ってきている。


「彼女はなんて言ってた? なんか見ちゃったとか?」


 ルシオラはゆっくりと首を横に振る。


「ここで、さらに問題が発生だ。彼女は、自分が誰かすらも覚えていないそうだ」

「――え?」

「さて。封印から目覚めた魔族とそれに狙われる記憶喪失の娘。厄介なことになりそうだな?」


 少女を抱きとめたときの、いまにも腕の中から消えてしまいそうな希薄感。

 夜空色の、うるんだ瞳を思い出す。

 放り出すなど、できない。


「……ルシオラ。オレからも言っておくことがある。あのときいた魔族は一人じゃない。()()だ」

「ほう。それは初耳だ」

「瘴気を感じたのは、オレを殺したやつだけだ。だけど、その前に魔法で攻撃してきたやつがいる。魔法が具現する瞬間まで、瘴気どころか魔力すら感じなかった。そこまで念入りに気配を消してたやつが、わざわざ攻撃前に瘴気を開放させる意味がない。だから、二人だ」

「なるほど。それは、確かに厄介だ」


 厄介だと口では言いながら、楽しんでいる節がある。ルシオラには、少年が出す答えなど聞かずともわかりきっているのだろう。


「彼女は、オレが守る。厄介なことなんて、いままでにもたくさんあっただろ?」


 太陽の瞳に強い意思をこめて、メビウスはにっと笑った。少年に合わせ、ルシオラも妖艶に瞳を細める。


「ああ、あったな。ありすぎて思い出すのも面倒なぐらいだ」

「だろ? で、あの子は?」

「上の部屋だ。ウィルが見ている」


 最後まで聞こえたのかどうか。

 少年はぴょこんとベッドから飛び降りると、上着を着るのもそこそこに部屋から飛び出していった。








「……ブリュンヒルデ。彼を選んだ時点で、お前の悪あがきは失敗だったのさ」


 封印が、鍵がすぐに壊れると読んだのかもしれないが。

 ――人間は、強い。

 少年が消えた扉の向こうを見ながら、ルシオラは呟いた。

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