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空色の告死天使<アズライール>  作者: 柊らみ子
第三章・欠けて弾かれ廻る歯車

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閑話・ある場所で(2)

 ふいに、空中に転移陣が描き出された。陣の中から落ちてきたのは、困惑の表情を浮かべたアインである。

 アインはぺたん、と冷たい床に座り込んだ。呆然と床を見つめ、呟くように言葉を紡ぐ。


「……ドクター? あたし、生きてる」

「戻っておいでって、言ったろう? 姫はまだまだこれからだからね。生まれたてのキミを死なせるのは、ボクが許さない」

「だけどあたし、簡単なおつかいも失敗して……あんな、あんな化け物みたいなちから、アレは、なに?」

「ああ、今回は運が悪かったんだ。まさか彼があの場にいるなんて。これから成長していけば、姫はどんどん強くなれるよ」


 てっきり怒られると思っていたアインは、仕方ないというニュアンスの込められた言葉に首をかしげた。ドクターは、少年のことを彼と呼んだ。それはつまり、自分を造り出した男は少年のことを知っていると語っているのと同義である。


「……彼? ……メビウスって呼ばれてたかしら、ドクターは知ってるの?」

「あ、彼はメビウスっていうのか。うん、それを聞いてきただけでも、姫はいいお仕事をしたよ。あとでご褒美をあげないとね」


 ぽんぽん、と子供をあやすように頭を撫で、細い目を笑みの形にゆがめる。どう見ても胡散臭い笑顔だが、アインにとっては生まれたときから見慣れている表情だ。ご褒美、という単語を聞いて、ぱあっと顔を輝かせて立ち上がった。


「本当? だったら、お菓子がいいわ。うんと甘いお菓子」

「さあ、どうしようかなあ? ご褒美は、秘密のほうがわくわくするだろう? ボクはまだ()()と話をしなくちゃならないからね。先に帰っておいで」

「え、あら、あたしったら。お客様でしたのね。アイン・エイジアシェルと申します。以後、お見知りおきを」


 スカートの端をつかみ、可愛らしくちょこんとお辞儀をする。彼女の名前を聞き、ジェネラルは一瞬訝し気に目を細めたがそれだけだった。ただ一言「ジェネラルと呼ばれている」とぶっきらぼうに挨拶を返すにとどまる。


「それではおじさま、ごきげんよう。いずれ、ゆっくりお話がしてみたいわ」


 花のように笑う少女の身体が転移陣に包まれ、現れたときとは反対にふっと姿がかき消える。

 少女の明るい空気が消え、残されたのは微妙な空気を醸し出すジェネラルと、普段どおりなにを考えているのかわからない表情を浮かべたドクターだ。しばしの静寂が流れる。

 先に口を開いたのは、ジェネラルだった。


「……エイジアシェルだと? 小僧が使うちからの正体も知らぬ割に、大層な名前を持つのだな」

「彼女には、当時の記憶はありませんからねえ。わからなくて当然ですよ」


 軽薄な笑みを浮かべて明確な答えを避ける。アインと名乗った少女には覚えがなくとも、ドクターが知らぬはずはあるまい。彼女の正体はともかく、アインが知らないのを知っていて、わざと教えていないのだ。

 なにを企んでいるのか、まるで読めない。答えのわかり切った問いを、皮肉まじりにぶつける。


「あの国に関わるものなら、知っていて当然のはずだが。ましてや、エイジアシェルという名を持つのならばなおさらだ。ブリュンヒルデについては教えぬのか?」

「そりゃあ、いまは時期じゃないからねえ」


 当たり前じゃないか、とくつくつ笑うドクターを見、やはりこいつとは相容れん、と腹の中で吐き捨てる。


「でもねえ、()()()()()でしょ、うちの姫。いまのところ、ボクの最高傑作」

「金髪碧眼の小娘など、どこにでもいるだろう。所詮、貴様の造った悪趣味な混ざりものだ」

「さあ、そう決めつけるのは早すぎるんじゃない? 彼女は、アレで生まれたてだよ? 魔界で生まれたとしても、じゅうぶん上位魔族の仲間入りができる。混ざりものは成長するんだ。これからどうやって育ててやろうか――考えるだけで楽しくてしょうがないなあ」

「…………」


 すでにプランは考えてあるだろうに、と喉元まで出かかった。しかし、なにかを返すと倍以上は不快な話を聞かされる羽目になるのが目に見えて、ジェネラルは口を閉ざす。

 いまさら、エイジアシェルなど持ち出して、どうしようというのか。

 まばたきをする間に死んでいくような短い寿命しか持っていない人間にとって、その名前はもう過去の――伝説級の過去のものだろう。魔族にしてみれば、ブリュンヒルデと同じぐらい聞きたくない名前だ。そんなものを担ぎ出して、なにをしようとしているのか。

 話せば話すほど。考えれば考えるほど、答えが遠のいていく気がする。

 この男の脳内を想像するなど、無意味なことか。


 ――一瞬、空気が一気に凝縮したような気がした。


 どん、と強烈な衝撃が大地を揺らす。揺れはすぐに収まったが、二人の魔族は異変を如実に感じ取っていた。ドクターはあからさまに歓喜の声をあげて、目を見開く。


「いやあ、素晴らしいねえ! 世界に瘴気があふれ出しているッ!」


 ジェネラルも、地震後に目に見えて濃くあふれてきたこの場の瘴気を見、なにが起きた、と心中で呟いた。


「ほら、ジェネラル! 外の様子を見てごらんよ!」


 両手を広げてくるり、とドクターがその場で一回転すると、大小様々なスクリーンが浮かび上がり、各地の様子が映し出される。それらは一様に隙間の発生に逃げ惑う人々、這い出てくる魔獣の姿、瘴気にあてられて変質していく獣の姿などを目まぐるしく映し取っていく。


「……なにが、起きた?」


 スクリーンを目で追いながら、一度飲み込んだ言葉を結局口に出していた。問われた白衣の男は興奮を隠そうともせず、高らかに宣言する。


「封印が弱まったのさ! ああ、なんて素晴らしいタイミングだろう!」

「貴様……! なにかしたのか!?」

「いやあ、ボクはなにもしてないよ。そもそも封印の仕組みも知らないからねえ。ただ、あまりにボクの思い描いたとおりにことが動いてるから、神に? 魔王サマに? なんでもいいや、感謝してるってだけ。天はボクに味方した! ってね」


 両手を突き上げて高笑いをする姿を忌々し気に睨みつけ、しかし外から感じるひときわ異質な気配に気付き、声をあげた。


「……これはッ」


 きもちわるい。魔族ですら、そうとしか形容しがたい唯一無二の気配。魔王だったものの気配。おそらく、ブリュンヒルデと近い場所にいる。メビウスがいるのなら、あの少女も一緒にいるだろう。少女の存在を感知し、魔王の欠片がまた一つ具現化したとしてもおかしくはない。

 ドクターも同じ気配を察知したのだろう。小首を傾げて、ジェネラルを見る。


「キミ、行かなくていいのかい? これ、アレの気配でしょ」

「……アレ、だと?」

「だから、顔怖いって。なんだっけ、ホラ、魔王サマの身体の一部。女の子が取り込んだとか言ってた……なんか黒いの」


 あまりにも軽薄な口調。激昂しそうになる自分を押さえ、静かに言葉を紡ぎ出す。


「そのことなんだが。貴様の技術をもってしても、魔王様を元通りにすることは出来ぬのか?」

「ん? どうかなあ、考えたこともなかったねえ。超天才のボクの手にかかればできないことはないかもしれないけど、もう、一つは元の状態では手に入らないんだよねえ? その時点で元通りにするのは無理じゃないかなあ」


 肩をすくめてしれっと言いきる。一応、真っ当な理由を言っているように聞こえるが、実際のところ興味がないだけだろう。

 これ以上会話を続けても無意味だ。ジェネラルはそう結論付けて、階段へと歩き出す。


「おや、もういいのかい?」


 にこにこ顔を貼り付けた問いには答えず、ジェネラルは問いで返した。


「一つだけ聞こう。貴様は、魔界に戻るつもりはあるのか?」











「んあー、せまい! こんなとこ、よくおっさんは通って行ったよなあ」


 隙間を潜り抜けた赤い髪の少女が草むらに座り込み、いましがた自分がなんとか通ってきた瘴気を吐き出す穴をねめつけて呟いた。彼女の横には、一匹の黒い狼が疲れた様子で寝そべっている。


「ごめんなー、お前にも手伝ってもらっちゃって。腹減ったよな。つか、どこよここ」


 辺りを見回すも、どこを見ても草ばかり。突如一斉に発生した隙間の一つに飛び込んだのは良いが、少女は人間界にきたことがない。それもそのはず、魔界が封じられてから生まれた魔族なのだから。

 やたらと牧歌的な草原の真っただ中に放り出され、瘴気も薄く、人里どころか小屋一つ見つからない。話には聞いていたが、本当に瘴気が少なすぎて彼女はくらくらとめまいすら覚えた。


「……でもな、こっちに来たからには、おっさん探して合流しねーと」


 強気で語る割に、隙間から離れる様子がない。そんな少女を見て、狼は大きく欠伸をした。


「なんだよー! お前だってこっち初めてだろ!?」


 わめく少女を半眼で見やり、狼はのそりと目を閉じる。どうやら、狸寝入りを決めるつもりらしい。そんな相棒の態度に、少女の低い沸点はすぐに頂点に達した。


「わあったよ! 勝手に寝てろ! おれが食いもん見つけてきたって、一人で食うからな!」


 肩を怒らせて立ち上がり、狼を置いてずんずんと適当に歩き出す。黒い狼は、もう一度大きな欠伸をして、隙間にちゃっかり身体を寄せた。


「……しっかし、なんでこんなに動物(めし)がいねーんだよ。草っぱらにはフツーなんかいんだろ」


 怒りに任せてぶつぶつ呟きながら、歩き回る。そのうちに草は短くなり、けもの道のような細い道に出た。土がむき出しで決して歩きやすいとは言えないが、草原を歩くのとは雲泥の差である。さらに、道があるということは、どこか人里があるだろう。少女はふふーんと得意げに笑って、狼が寝ているであろう方向を見やる。前を向いて歩いていなかったおかげで、彼女はそれに気付かなかった。

 むに、となにか柔らかいものを踏んだ。なんだと思って視線を落とすと、肌色の、人の腕ぐらいの太さをした細長いものが道に落ちている。視線で追うと、それは単体ではなく胴体に繋がっており、さらにその上に乗っかっている頭は尻尾を踏んだ少女に頭から噛みつかんと大きな口を開けたところだった。


「……ん? 肉じゃん!」


 嬉々として叫んだ少女の姿がかき消える。獲物が消えて混乱する魔獣だったが、頭に重たい一撃を受けて狼のいる辺りまで吹っ飛んだ。ぴくぴくと痙攣はしているが、もう動くことはない。健康的な脚から放たれた回し蹴りで、首の骨が粉砕されたのだ。


「あーなんだ、ネズミじゃん。あんま美味くねーんだけど……まあ、しょうがねーか」


 額に手を当てて、仕留めた魔獣の姿を確認し、ひとりごちる。

 ――と。

 そこへ、おずおずと小さな声がかけられた。


「……あ、あのッ」


 蚊の鳴くような声だったが、彼女の耳には届いた。後ろで一つにまとめた赤毛を揺らし、振り返る。

 そこにいたのは、幼い兄弟だった。二人とも目を真っ赤にして、しゃくり上げている。どうやら赤毛の少女は、兄弟が魔獣に襲われているときに乱入したようだ。


「た、助けてくれて、ありがとうございます!」

「え? ん? いやーおれは、えっと」


 ぐるぐると視界が回る。瘴気が足りないのに動いたせいか。

 結局、続きの言葉を言えぬまま、少女はその場にばたりと倒れたのだった。

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