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空色の告死天使<アズライール>  作者: 柊らみ子
第三章・欠けて弾かれ廻る歯車

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閑話・ある場所で(1)

 時間は少し、巻き戻る。


 デア・マキナより遥か遠く。本棚の近くに転移してきたジェネラルは、遺跡より少し離れた――メビウスたちが鮫や魔人と戦った場所の上である――場所に、見慣れた印を発見していた。

 それは、魔族にしかわからぬ文字で記された、簡単な暗号である。神族の使う古代文字のようなものであり、その血を持つものにしか解読はできない。


 なにもない荒野の縁にえがかれているのは謎だが、ジェネラルは解呪の言葉を唱えて印を消した。

 ややあって、足もとにぼんやりと地下への階段が浮かび上がった。地下にこもる瘴気の気配を感じ取り、ジェネラルは階段をおりていく。

 長い廊下を抜けると、広いホールに出た。石造りの強固な壁と天井は、少し崩れてはいるもののこれは多分もともとだろう。年月が経ってすり減り、摩耗したものだ。

 かつん、と足音を響かせながらホールをゆっくりと歩く。光源は定かではないが、ほんのりと薄明るい。広い空間には濃くはないが瘴気がまんべんなく行き渡っており、少年の言った言葉に嘘はなかった。確かに、空になった瘴気を回復するにはじゅうぶんな場所だ、と男は心中で呟く。

 ただし。

 景観はいささかよろしくない点に、目を瞑らねばならないが。


「……なるほど。やつの趣味そのままだ」


 最初に持った感想はそれだった。ホールには、そこかしこに円筒形の水槽が並べられている。それらはいまはすべて割られているが、ドクターの拠点の一つだったと考えるならば中身など想像もしたくない。もう乾いているが、中に入っていたであろう液体の跡と、かすかに鼻をつく鉄錆の匂いが彼の想像が間違いではないことを物語っている。全部壊されているのは、ここを放棄した証だろう。足もとに乱雑に絡むコード類も、ことごとく切り裂かれている。

 ドクターは、自分の研究内容を残すことは絶対にしない。研究所を廃棄するときはいつも復元不可能なまでに中身を破壊してから、建物ごと消していた。ここが残っているのは彼の流儀に反するが、人間界において瘴気の絶えない珍しい場所である。回復場所として印を残していたとしても、不思議はない。

 一通りなかを見てまわると、階段の前に男が一人立っていた。薄闇に浮かぶ白衣が、男の正体を口にしなくとも雄弁に語っている。


「おや、珍しい客人だねえ。キミからやってくるなんてさ」

「……そうか。懐かしい印を発見したから覗いてみれば。ここは貴様の隠れ家だったか」

「人の家に勝手に入り込んではいけないんですよー? ってキミじゃなかったら、お仕置きしちゃうところだよ」


 にこにこしながら親指で首を真横に切る動作をするドクターを見、相変わらずテンションのおかしな男だとため息をつく。


「そういうことなら、去るとしよう。邪魔をした」

「ええ、せっかくだし、ゆっくりしていきなよ。瘴気もじゅうぶんだし、回復も出来るでしょ?」

「やはり、貴様もここを潰すのは惜しいと思ったか」


 そりゃあねえ、と真意の見えない笑い顔を貼り付けて、腕を組むとドクターは言う。


「ここは、人間界と魔界が繋がっている数少ない供給点だよ。隙間と違って閉じることはない。まあ、小さすぎて魔獣すら行き来はできないけどね。神族と違って、人間はきれいすぎる世界では暮らしていけない種族だからねえ」


 だから、本来は神族よりもボクたちのほうが人間とは相容れるんだよ。

 うんうん、と自身の言葉に大きくうなづき、ドクターの細い瞳が笑みをかたどったままジェネラルの表情一つ動かない顔を見やる。


「きれいすぎるとさ、それはそれでとち狂っちゃうんだって。いやあ、きれいすぎてもダメ。瘴気ばかりでもダメ。面倒で愛おしいいきものだよ、人間っていうのは」


 くるくると踊るように歩きながら、ドクターは笑う。


「ボクはあの日封印されそこなったからね。おかげさまで、人間観察はだいぶ進めることができたと自負しているんだ。そうだね、神族(ブリュンヒルデ)と恋に落ちるなんて愚かなことを仕出かしたのも、面倒で儚い(せい)しか生きられない人間だからこそなのさ」


 自分自身を抱きしめながら、歌うようにうっとりと語るドクターに対し、まったくの無表情でジェネラルは問うた。


「封印されそこなった、か。あの日、貴様はどこにいた? 貴様と魔王様だけが封印されそこなうというのも、おかしな話だ」

「キミ、顔が怖いよ。いやあ、バカみたいな話さ。ボクは、ブリュンヒルデに切り裂かれる魔王サマを置いて……ルシオラに見惚れてた。そう、なんと! あのときボクも別の種族に恋をしてしまったのですッ!」

「……貴様と話をするのは疲れる。恋、だと?」


 うん、と満面の笑みでうなづく白衣の男を見、ジェネラルはため息をつきたくなった。回復は助かるが、こいつの話に付き合わなきゃならないのは正直無理だと心の中でひとりごちる。

 そんな心中を知る由もなく、頭痛の種になっている男はぱっと両手を広げてもう一度自分を抱きしめた。いちいち大げさなジェスチャーも、なにもかもについていけない。言動がうるさすぎてなにが本当でどれが嘘なのか、さっぱりわからないのだ。


「そうそう、ルシオラ・ウルズ・アーキファクト。ボクはね、ついこの間彼女と出会ったんだよ! いやあ正に運命だとは思わないかい!? 彼女は神族のちからを受け継ぎながら、(まさ)しく成長していた! このボクを、戯れに殺しかけたんだからね」

「……つまり、貴様も人間と同じく愚かで面倒だと」


 隠しきれない本音で皮肉ってみても、ドクターはまったく意に介さずだ。ノンノン、と人差し指を振って、器用にウィンクをする。


「違うね。ボクはまごう事なき大天才。人間ごときと一緒にしないで欲しいなあ。ボクはね、恋焦がれてるだけじゃないんだ。ボクは、彼女を造ってみせる」


 胸に右手を添えてポーズを取っている白衣の男から目を逸らし、すぐにでも転移してしまいたい気持ちをなんとか押さえつけながら、ドクターのうるさい言動を抜いた、核になる言葉だけを抜き出して何度か反芻する。なんだか壮大なことを言い出した男は、ぺらぺらとその計画について得意そうに語っているが、聞いているふりをしながら脳内ではいままでの話をまとめることに躍起になっていた。

 しかし、彼の口から何度も繰り返される名前に、ふと疑問を抱く。


「ルシオラ・ウルズ・アーキファクト、と会った、だと? いま、この時代で?」


 おや、と意外そうにドクターは細い目を精一杯に丸くして、ぱちぱちと瞬いた。


「あっれー? もしかして、知らなかったのかな? キミが教えてくれた、ブリュンヒルデのちからを使う少年。彼の後ろにいるのは、我が愛しのルシオラだよ」

「……なるほど。あの女がいるならば、ブリュンヒルデのちからを引き出せるようになんらかの細工をすることは可能、か」


 本題であるドクターの疑惑への糸口はさっぱりだが、メビウスがなぜブリュンヒルデのちからを扱えるのかは少しだけ見えた。禁呪を教え込んだのも、魔女だろう。

 ということは。

 取引を持ち掛けてきたのも、魔女の入れ知恵だろうか。

 ふと考え、否と即答する。ルシオラが取引を仕掛けるのならば、もっと上手くやるだろう。逃げ道も確保せずに、身一つで乗り込んでくることはあるまい。

 ――と。

 二人の魔族は、ここにきて初めて顔を見合わせた。遠くで感じた、爆発的な浄化の魔力を感知したからである。


「おや」

「……ブリュンヒルデか」


 苦々し気に吐き捨てる。誰がそのちからを振るっているかは言わずもがなだ。だが、以前対峙したときとは比べものにならないちからの大きさに、ジェネラルは眉を潜める。ソラをめぐってメビウスとぶつかったとき、少年が手加減をしている様子などなかったはずだ。生きているのが不思議なほどの状態に追い込まれてなお、加減をしていたとは思えない。


「これはこれは。まさかうちの姫のお相手が、あの少年だったとは」

「姫、だと?」

愛しの君(ルシオラ)の真似事をさせてもらった、ボクの姫だよ」


 ルシオラを造る練習とでも言おうかな、とドクターは笑う。


「ボクが造りたいのは、人間と魔族の混ざりものさ。成長するちからを持つ魔族。禁忌を犯す必要なんてない。ただ、混ぜちゃえばいいんだからねえ」

「恋とか抜かしていた割に、さすが悪趣味だな」

「それとこれは別物なのですよ! ルシオラを手元にずうっと置いておきたい気持ちは本物さ。だがあれだけの逸材はまず手に入らない。それならまずは技術を確立しておこうと思ってるんだ」


 ああ、そうだ、とドクターはぽんと手を打つ。


「ブリュンヒルデを使う彼ね。なるべく殺さない方向でいて欲しいなあ。あんなに頑丈な素材は滅多にいないから。その代わり、魔王サマの素材のほうはキミの好きにしていいからさあ」


 嬉々として示された提案に、ジェネラルは答えなかった。いい加減、好き勝手よく喋る男の口を封じてやろうかと考え始めたのも事実だが、浄化の魔力がさらにちからを増したのを感じたからだ。

 極限まで膨れ上がるブリュンヒルデの神々しい魔力。それを察知して、ドクターはおやおやと大仰に肩をすくめると、ふるふると首を横に振った。


「ああ、これはダメだね。食らったら終わるやつ」


 楽しそうに言うと、ドクターは強制的に転移陣を発動させた。アインのなかには、保険として()()()()()()をほどこしてある。転移陣もその一つだ。もちろん、本人はなに一つ知らない。知らされていないのだから、当たり前だ。

 ジェネラルがその事実を知ったら、やはり悪趣味だと、今日なんど声に出して言ったか、心中で思い浮かべたかわからない言葉をまた呟くことになったろう。『姫』などと呼んではいても、ドクターにとってはただの実験体の一人にすぎないのだ。

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