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空色の告死天使<アズライール>  作者: 柊らみ子
幕間・ある一日のはなし

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5・メビウスの覚悟

「メビウス。こんな時間まで外出とは珍しいな」


「そういうお前も。わざわざ出迎えてくれるなんて珍しいこともあったもんだ」


 両者とも、読めない口調と普段どおりの笑み。だが、どちらも目は笑っていない。


「それで? わざわざ待ってるなんて、いったいどんな了見だ?」

「ソラのちからについてと……」


 珍しく、ルシオラが言いよどむ。長すぎる付き合いの中でも見慣れない類いの表情を浮かべた魔女に、メビウスは怪訝な顔をした。


「……なんだよ?」


 ルシオラが浮かべているのは、恐怖、というのが一番近いだろう。彼女がそんな感情を隠すこともせずにさらけ出すのは、あり得ないと言っても過言ではない。自然、メビウスも真面目なトーンになる。


「なにがあった?」


 太陽の瞳に真剣に覗き込まれて、ルシオラは少しだけペースを取り戻した。少年を自室へといざない、丸テーブルを挟んで向き合って座る。


「ソラの記憶を視た」

「は?」


 がたん、といまにも掴みかかりそうな勢いでメビウスが身を乗り出す。彼が次の言葉を放つ前に、ルシオラは注釈を加えた。


「もちろん、本人の許可は取った。お前たちの説明があまりに不十分だったものでな」

「……で?」


 渋面は崩していないが、とりあえず話を聞く気になったらしい。椅子に深く腰掛け、腕を組むと先を促した。


()()()()()?」


 朱の瞳には強い光がともっている。さきほどのルシオラの狼狽ぶりを思い出したのだろう。流れからすると、その恐怖を生み出したものがソラの記憶の中にあった。そう考えても不思議ではない。

 ルシオラは程よい肉付きの脚を組み、口を開いた。


「まずは、ソラのちからのことから話そう。ソラのちからは、魂に干渉する。それだけは確実だ」

「それはなんとなくわかった。ソラちゃんには魂が見えるようだから」


 彼女にはジェネラルの魂を介した攻撃が見えていた。メビウスに対しても、魂の繋がりが強いとなんども告げている。天使のように変貌を遂げたときの記憶は意識が朦朧としていたため定かではないが、あのとき彼女は、魔王の魂を取り込んだように見えた気がする。


「おそらく、見えるだけではなく、扱うこともできるだろう。彼女が、それを望むかどうかは知らないが」

「使えば魂は消滅する。……使わないだろうな」


 メビウスは、自分のためにソラが無数の小さないきものたちの魂を使ったことを知らない。そしてルシオラにも、ソラの気持ちはわからなかった。少年は生き返るのだから、強制的に魂を抜き取って還元などする必要がないからである。まして、それで自身の心が傷つくとするならなおさらだ。

 目の前で死ぬかと思ったら怖かった。生き返ると知っていても、怖くてどうしようもない。そんなことを少女は少年に告げていた。だが、そんな一瞬の感情に惑わされて非効率かつ、自身の心を傷つけるなど不可解の一言でしかない。どうせ傷つくのなら、せめて効率の良いほうを選ぶのが当たり前だろう。長生きしすぎて色々な感覚が麻痺しているのは、ルシオラも同じだった。もっともルシオラの場合、自らそう振舞っている節もある。


「あの黒いものも、ソラの魂の干渉だけは受け付けた。アレにとってはまるで死を告げに来たもの――告死天使(アズライール)――にでも見えただろうな」

告死天使(アズライール)……」


 あのとき。

 黒いものは、散り散りになった身体で声にならない恐怖を叫んでいた。曖昧な記憶のなかでも、それだけははっきりと覚えている。恐怖、苦しみ、絶望、すべての負の感情がないまぜになったような、そんな感情が石舞台を支配していた。身体中で、アレは泣き叫んでいた。


「……天使か。そういうことなら、ソラちゃんに関しては本の街にでも行ったほうがいいかなぁ」

「おや。お前はあの街が嫌いではなかったか?」

「嫌いだよ。でもしょーがねーだろ。ソラちゃんの記憶の手掛かりになるかもしれねーんだし」


 ふいっと横を向いてぼやく。バツの悪そうな顔をした少年を見やり、ルシオラはふっと口先で笑った。


「お前もあの娘には形無しだな。見ているこちらは飽きないがね」

「見せ物じゃねーっつーの。で? 他にはなんかねーのかよ?」


 メビウスが強引に話題を変えたと知りながら、ルシオラはそれに乗ってやる。


「魔王がばらばらにされたと、言っていたな? どうやらそれは本当のようだ。ただし、ブリュンヒルデがやったとは、考えにくい。それだけのちからを持っていたなら、封印などする必要はないだろう」

「ああ。夢の中でも、壊滅させるのは不可能だって言ってたしな。でも、ばらばらにされたのは本当なんだろ? だったら、誰がそんなことをしたんだ?」


 少年が口にしたのは至極当然の問い。ルシオラは、さあ、とあっさり肩をすくめる。


「しかしアレは……あの黒いものは、確かに魔王だったものだ。おそらく、腕だろう。アレが中途半端に育ったことによってあんなものになったのか、それとも別の要因があってああなったのかはわからん。アレはすでに、魔王とは別のものだ」

「ふーん。だったらアレがなんにせよ、今後また出てくる可能性はあるってことか」


 呟いて、自身の両手をじっと見つめる。遠い昔からずっと戦い続けてきているのに、傷跡ひとつない、きれいな手だ。死ぬたび肉体が再生するのだから当たり前といえば当たり前なのだが、時々メビウスはそんな身体に嫌悪感を覚えることがある。あまりにきれいすぎて、なんのために生きて戦っているのかわからなくなるのだ。


 死なない化け物――か。


 今日、自分で口にした言葉だ。今までも数えきれないほど使ってきた言葉でもある。自身を、揶揄するために。そうしなければ、存在を肯定することができなかったことが、山ほどある。

 少年は、睨みつけるように見つめていた手のひらをぐっと握ると立ち上がった。ルシオラの横をすり抜け、足を止める。


「ルシオラ。お前がオレに選択権をくれたこと、感謝してるよ」

「どうした、いきなり」

「オレの役割を考えれば、ここから出さずにずっと閉じ込めているのが一番だ。お前にはそれができたはずなのに、世界を見せ、鍵の役割を教えたうえでどうしたいか聞いてくれただろ。オレが外に出たら、封印が弱まるのが早くなる。それを知ったうえで、好きにさせてくれた」


 ルシオラは口を挟まず静かに聞いていた。だから、これは少年の独白のようでもある。


「オレは、自分の役割を知ったからこそ、這い出てきた魔獣を倒すことで少しでも封印が破られないようにしようと思ったし、その為に強くなることもできた。だけど今度は、初めて魔族ってやつと戦って、オレはこんなやつらがあふれ出てこないように施された鍵なんだって考えたら、正直間違ったかなって思ったよ。外に出るべきじゃなかったんだって」


 でも。


「選んだのは、オレなんだ。だからオレは、その覚悟を持たなくちゃいけない。たとえ相手が魔獣だろうと魔王だろうと、やることは一緒だっていう覚悟をさ」


 魔族は、人間界へ出てきてしまった。

 もう、後戻りできる期限は過ぎたのだ。

 あとは、覚悟を決めて前に進むしかない。

 振り向いて、へらりと笑う。


「強くなるよ。守りたいものをすべて守れるぐらい、な」

「そういうせりふは、もっとマトモな顔で言え」


 呆れた声で言ったルシオラに、メビウスは更に大きく破顔する。


「サンキュ。ルシオラ」

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