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空色の告死天使<アズライール>  作者: 柊らみ子
第一章・空色の少女と太陽の少年
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2・空から降ってきた少女 (1)

 なんだって、女の子が。


 全速力で岩の間を駆け抜けながらもメビウスは少女から目を離さなかった。否、離せなかったというほうが正しい。

 先ほど、ウィル越しに目に入ってしまった、そのときから。


 最初は小さすぎてなんだかわからなかった。頭を下にして落ちてくる少女の長い髪が冷たい月明りをはじき、その白い顔が見えるまでは。


 それからは、こうして彼女めがけて走っている。どうやらこのままだと石舞台の上に落ちてくることになりそうだとメビウスは予測をつけ、とんとんと身軽に駆けあがった。舞台の上に飛び乗ると視界が一気にひらける。想像していたよりもずっと大きく平らな岩の上を、少年はさらに駆けた。意外と広い距離がもどかしい。


「くっそ……!」


 ――間に合えッ!!


 強く念じながら少女に向かって思い切り跳躍する。伸ばした手がかろうじて彼女に届いた。頭を守るように包み込み、横抱きにして着地する。


「…………」


 少女は、気を失っていた。

 それもそうだろう。いったいどこから落ちてきたのかとメビウスは一度ぐるりと空を見上げた。

 考えられるのは崖の上だが、こんな夜の森の中でなにをしていたのか疑問は残る。しかも彼女は、薄着なうえ裸足だ。裸足で森の中を歩くなど、余程のことがない限りはまずないだろう。


 わからないことを考えても仕方がない。目が覚めたら聞いてみればよい話だ。ふるふると首を振って疑問を押しのけ、メビウスは抱きとめた少女を見やる。


 ふわりと広がる夜色を映した銀髪が。


 風に吹かれる白い衣服が。


 まるで――天使の羽のように見えて。


 いまにもこの腕の中から消えてしまうのではないかと思えて、動けなかった。


 時間にするとほんの少しだっただろう。少女のか弱いが規則正しい息づかいを感じ、メビウスはほっと全身で安堵した。消えないということは、どうやら夢ではないらしい。


 ……夢みたいに可愛いコだけど。


 そんな感想を胸の中で呟き、まじまじと見つめる。現実だと理解するとがぜん興味が沸いた。


「坊ちゃん! どうなりました!?」


 下から、ウィルの声が聞こえる。


「……すっげぇ可愛い」

「なんですか? 聞こえません!」


 思わず口をついて出た言葉は、青年の耳には届かなかったようだ。金髪の少年はその言葉を飲み込み「いま行く」と少し声量をあげて端的に返す。歩き出してからも、視線は腕の中の少女に釘づけのままだ。


 年の頃は、自分と変わらないぐらいだろうか。だが、それにしては手足のみならず身体中が細く、信じられないほど軽い。華奢をとおりこしている。起こさないよう気を付けて歩いていると、突然辺りが真昼のように明るくなった。


「坊ちゃん!」

「嘘だろ!?」


 信じられない光景を目にして、同時に叫ぶ。

 夜空を埋め尽くすように。

 巨大な、まるで太陽のように燃え盛る火の球が落ちてきていた。





 まったく、魔力など感じなかった。

 それどころか、いまでも感じない。魔法が発動した気配すらない。だが、あんなものを魔法以外でどうやって生み出すというのだろう。


「まったく、どーなってんだよ今日の天気は!」


 女の子は降るし炎も降ってくるし!


「女の子だけでいいっつーの」


 まるで太陽のように辺りを照らし、迫ってくる炎のかたまり。いったいどれほどの魔力の持ち主が放ったものなのかは知らないが、たった一つだ。当たりさえしなければ問題はない。

 そう。

 当たりさえしなければ。

 メビウスには、この業火を切り裂ける自信があった。


「多少森は焼けちゃうけど、それはオレの責任じゃねえし」


 得物を抜こうと少女を左手で抱え直そうとして、違和感に気づく。背中が、あまりにも軽い。


「……ん?」


 ぺたぺたとベルトを探す。いつも肩からかけている皮の感触がどこにも感じられない。


「あ」


 そうだった。剣は忘れてきたんだった。

 他人事のように思いだし、へらっと笑う。


「さて、どーすっかなー?」


 少年の小振りの剣を持って肩を落としたのは石舞台の下にいるウィルだ。まったく、いつも考えるより先に行動なんですから、とぼやいて剣を荷物の中に押し込んだ。いまは文句を言っている場合ではない。

 黒いコートの内側から、自身の得物を取り出す。


「歴代、いったいどんな教育をしてきたんだか!」


 頭ではわかっているが止まらないグチと勢いで、引き金を引いた。

 一度、二度、三度。

 装填した弾丸をすべて炎に向かって撃ちこむ。

 パァンと小気味良い破裂音が続けて響き、青く輝く魔法陣が浮かぶ。破裂音が響くたび、迫る業火の前に重なって現れるそれは、六枚の防護陣(プロテクト)となって立ちふさがった。


「いまのうちに早く!」

「うん。考える」

「えええ! 坊ちゃんだけなら構いませんが、『すっげぇ可愛い』女の子も一緒なんでしょう!? アレはそれほど持ちませんよ!」

「……聞こえてんじゃねーか」


 ぼそりと突っ込む。

 回避する方法がなくなった以上、逃げるか相殺――もしくは打ち勝つしかない。火球の大きさからみて、直撃をまぬがれたとしても着弾の余波に巻き込まれない場所まで逃げるのは困難だろう。ウィルと合流し、転移陣を使って逃げるとしても発動中に巻き込まれたらそれこそ悲惨なことになりかねない。それに、陣の発動時間を考えたら十中八九間に合わない。


 と、すると。


 ピシリ、と空間に亀裂が入る音が聞こえた。

 ピシピシ、キシ……と青い防護陣が炎を抑えきれず悲鳴をあげはじめる。

 パリンと薄氷が割れるような音を残し、一枚目の防護陣が破れ去る。


「消すしか、ないか」


 呟いた声からは、お気楽感は消えていた。

 考えようによっては、相殺するより森には優しいしね。

 迷っているあいだにも、ピシッパキッという音は続いている。メビウスは、心を決めた。

 一度、大きく深呼吸をする。ピシリ、と何枚目かの防護陣が砕けた音が届いた。


 ――さて。

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