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空色の告死天使<アズライール>  作者: 柊らみ子
第四章・混沌、暴走、世界の異分子
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17・たすけ

 ソラの具現化した成れの果てが、一瞬にして巨大な竜を飲み込んだのがちらりと視界の端に映り、そちらに気を持っていかれそうになる。顔を上げかけて、そんな暇はないと自分に言い聞かせた。追い打ちをかけるように、じくりと傷が痛んだ。

 メビウスは、魔法陣の中心になっている己の剣の柄を縋るように右腕で抱えながら、自身で傷つけた左腕を右手でがっしりと掴んでいる。それでもぬらりと血は滲み、生命力や微々たる魔力と共に魔法陣に吸い込まれていく。


「くっそ……ッ。早く、開け……!」


 いまこの場で自分が死ねば、すべてがアウトだ。それも、自分で傷つけた怪我が原因だなんて、それこそ目も当てられない。本来は、血肉を捧げずともできることを焦って自滅など、なにがあっても防がねばならないことだ。それこそ、いま足止めをしてくれている仲間たちに顔向けできなくなってしまう。

 気持ちばかりが急いてしまい、()が現れたことにまったく気づけなかった。


「……ほう。おかしな気配を辿ってくれば。これはいったいなんの騒ぎだ?」

「ジェネラル……ッ」


 ほんとに嫌なタイミングで現れてくれる、とメビウスは魔法陣に生命力を注ぎ続けながら心中でぼやく。彼の前で禁呪を使ったことはあるが、これほどまでに規模の大きなものはもちろん使っていない。この男ならば、いまメビウスが展開している魔法陣がどれだけの生命力を吸い上げているか、それがどれだけデタラメな量か、すぐにわかるだろう。しかし、だからと言って術を解くわけにはいかない。

 だが、男が取ったのは意外な行動だった。血と生命力を流し続け魔法陣から動けないメビウスと、ソラの作り出した漆黒の糸によって縛られ、もがく外のいきものをそれぞれ一瞥し、立膝をつくと魔法陣に魔力を放出し始めたのだ。赤い光が、加速度的に強くなる。


「お前、なに、やって――?」

「あれを外に還すのだろう? あんなものが、貴様のように()()()()()()()()()()()()()で満足するわけなかろう。私の魔力を貸してやるから、さっさと扉を開けろ」

「……は?」


 一瞬、なにを言われたのかわからなかった。目を丸く見開いて、思わず術のコントロールが疎かになりかける。それに気付いたジェネラルが「集中しろ」と、小さく檄を飛ばした。


「魔力って、なんで、お前――」

「いずれ魔王さまが治める世界に、あんなものが残るのは不快だからだ。……不服かね?」


 途切れ途切れの言葉を遮り、あっさり理由を話したジェネラルが完璧な無表情を崩さぬまま語尾をあげる。不服もなにも、内容すべてに反論したかったが、いまはそんなことをしている場合ではない。

 メビウスは、挑発するようににっと口角を持ち上げた。


「わかった。じゃあ、遠慮なく使わせてもらうぜ。お前が勝手に始めたんだから、貸し借りはなしだ」

「貴様に貸しを作る気はない。私には私の理由がある」

「理由、ね」


 含みのある言い方が気に障ったのだろう。ジェネラルは軽く目を細めたが、それ以上口を開くことはなかった。メビウスにしても、ぽろりと言葉がこぼれたようなものであって、問い詰める余裕などはない。


「いい加減、オレも仕事しなきゃな……ッ」


 自らを鼓舞しながら、両手をバンッと魔法陣の中心へ叩きつけた。ジェネラルの魔力を吸収し、一気に一回りも二回りも成長した陣がさらに外へ向かって広がっていく。屍竜(ドラゴンゾンビ)を飲み込めるまでに成長した魔法陣を、たった一人で制御するなど本来ならばあり得ないことである。

 生命力が吸われる感覚も、血が流れ落ちる感覚も受け止めて、メビウスは禁呪に集中する。魔力は少なくとも、ルシオラに叩き込まれた知識だけはたっぷりとある。それをここで使わずにいったい、どこで使えというのだ。


 ――大丈夫。

 対価は、足りる。


「今ここに、陣は完成せり。輪廻を外れ彷徨う魂よ。集った全ての対価と引き換えに、混沌の地より贖罪の地へと刹那の扉を開く――」


 少年が紡ぐ長い詠唱とともに、魔法陣から溢れ出るちからを感じて、ジェネラルは魔力の供給を断つと陣から離れた。これ以上近くにいては、巻き込まれかねない。


「…………」


 額に汗を浮かべて詠唱を続けるメビウスを見ながら、ジェネラルはやはり納得がいかなかった。外のいきものも得体が知れないが、この人間はもっと得体が知れない。


 そして。


 彼がこの場にいるなら、彼女もここにいるのは当たり前だ。ジェネラルは、ゆっくりと視線を外のいきものへと向ける。その足もとに、空色の娘はいた。

 少女が魔王のちからを使って戦うところは、以前も見た。黒いものを具現させ、華奢な身体からは想像もつかないちからで双頭の成れの果てを抑えこんでいた。だから、彼女が巨大な屍竜(ドラゴンゾンビ)をそのちからで拘束しているのに驚くことはない。

 そう。

 驚くことなど、ないのだ。

 言い訳がましく自身に言い聞かせている己に気付き、ジェネラルはぐっと口を真一文字に引き結んだ。








 ソラによって捕らわれた屍竜(ドラゴンゾンビ)は、身体中に絡みついた糸を引き千切ろうともがいて暴れまわる。しかしその拘束は、暴れれば暴れるほど体力をいたずらに消費させるだけで緩む気配すらみせない。

 気がつけば、傷つけられた足はとっくに折れて膝をついている。漆黒の糸に絡みつかれた竜は、軋んだ咆哮をあげた。元はちから強く響き渡ったであろう声は、空気が漏れるような掠れて耳障りな音になってしまっている。骨が露出し、肉が削げ落ちている身体では当たり前だ。空気を溜めるべき肺も、ちからを込めるべき腹も、腐った肉がいくらか残っているだけまだマシな部分である。


 自身の身体がボロボロなことに、屍竜(ドラゴンゾンビ)はいまさら危機感を持ったようだった。落ち窪み、もうなにも嵌まっていない眼窩に揺れる赤を動かし、ほんのわずか上下する前足や尻尾の惨状を見、竜は諦めたようにぐらりと揺れる。

 バチッと、空気が弾けた。


 ――アアアアアアァァァァァァァアアァァァッ!


 耳をつんざくそれは、屍竜(ドラゴンゾンビ)の決死の叫び。(あぎと)を封じるソラの糸を焼き切り、叫んだ口の中に青白い稲妻が――強大な魔力が黒い球体へ色と姿を変え、バチバチと音を立てて集まっていく。


「……アレは、ガチでヤベーぞ!?」


 焦ってファルコンを見るが、黒狼は静かに首を横に振るだけだった。ファルコンの咆哮でも無効化できないのだから、スフィルが防げるわけがない。あたふたと周囲を見回すも、ちょうど良く竜の息吹(ブレス)を防げるものが転がっているわけもない。

 その代わり。


「……ッ!」


 ある男の姿を認め、スフィルは大きく目を見開く。外のいきものの、初めて感じる妙な気配に気を取られ、彼がいつやってきたのかまるでわからなかった。


 ――本当に、あんなちからが魔界を救うと思ってんのかよ。


 大声で、叫びたかった。いますぐ、問い詰めたかった。自分たちが隙間を潜ってきた理由を、叩きつけたかった。

 しかし、男の視線の先にいるのは、白く華奢な少女で。彼女の操る黒いなにかを、彼は熱心に凝視している。

 そんな、ジェネラルを見て。

 スフィルは悟る。彼はもう、アレに賭けているのだと。()()()()()()()()()()()()()()()()、アレが魔界を救う唯一のものなのだと。

 魔族の少女の、伸ばしかけていた手が落ちる。ゆるりと男から視線を外し、大技を放とうとしている竜を経由して、巨体を縫い留めている気に食わない少女を黒い双眸が映した。


「ダメ……ッ!」


 短い叫びと共に、ソラは両手を握って糸を引っ張った。華奢な体躯はあっさりと空中に持っていかれそうになるが、足首にえがかれた紋様が光ると同時に、少女の細い脚はぐっと地上に縫い留められた。ぴんっと張った糸は、屍竜(ドラゴンゾンビ)の動きを阻害する。必殺の息を吐こうと構えていた竜は、骨と皮だらけの身体に絡みついた黒い糸によって背を反らすような形で固定された。息吹(ブレス)を止めようとしてももう、間に合わない。

 体勢を崩された屍竜(ドラゴンゾンビ)の放った息吹(ブレス)は、下ではなく上に向かって飛んだ。元はなんであったのかわからぬ黒の息吹(ブレス)は、標的を見失ったまま空に向かっていき――突如立ちのぼった光の柱に飲み込まれて消える。

 それは、魔法陣から迸った光だった。眩い光を浴びて、外の世界のいきものはふと動きを止める。


「なあ、もうじゅうぶんだろ? 空気すら馴染まないこの世界にいたって、苦しいだけだろ? この、魔法陣に込めた魔力も生命力も全部くれてやるから、元いた世界に還ってくれねえかな?」

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