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空色の告死天使<アズライール>  作者: 柊らみ子
第四章・混沌、暴走、世界の異分子
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12・弱点と暴走

 突然、ファルコンの耳がぴくっと前に動く。直後、聞こえてきた叫び声に被せるように、狼は口を開いた。


「――青年。ここはしばし任せた!」

「は? え?」


 理由を聞くひまもない。黒い狼はその身体をバネのようにしならせ、ぐんぐんと前線へ走って行ってしまった。残されたウィルはぽかんとしながらも、背後に感じるソラの――黒いものを纏わせた気配がする彼女へと話しかける。話しかけたというよりは、愚痴が勝手に口をついてしまったのだろう。


「なんなんですかね、いったい。……ああ、ソラさん、状態はどうです?」

「大丈夫、だと思う。でもここだとあまり役に立てないから、もうちょっと前に行ってみたい」


 みたい、と言いながら、すでに彼女は大きく跳躍していた。空を映した銀髪をなびかせる少女の後ろ姿を見て、ウィルはまたもや口をあんぐりと開ける羽目になった。いつになく積極的な言動についてもだが、なによりもその圧倒的な移動距離を目の当たりにして。

 ぽつん、と一人になった青年は、ぱちぱちと瞬きをしてぼそりと独り言ちる。


「……皆さん本当に、自由過ぎますよ……」


 はあ、と一つ息を吐き。

 眼鏡の青年もゆっくりと後を追う。討ちもらしの確認や、倒されたまま放置された死体を浄化させたりしながら。









 どんどんと瘴気の増す平原のなかで聞こえた悲鳴は正に切羽詰まっており、助けに行ったほうが良いだろうか、と身体は反応しかけた。が、思考がそれに待ったをかける。なによりも一瞬、「聞き間違いか?」と思うほど可愛らしい乙女の声だったのだ。

 思考とともに動きも止めて、声の主を確認しようと背伸びをしたメビウスの横に、黒い狼が突風のごとく現れる。


「いったん、我が前線に出よう。ああなったら最後、落ち着かせるのは容易ではない」

「……は? え? じゃあさっきの声は――」

「うむ。スフィルだ」

「いやあ、え? どっから出たのあの声」


 太陽の色をした瞳を真ん丸にして見下ろしてくる視線を感じながら、ファルコンはさっさと前に出る。


「本人を見ればわかる。とにかく元凶を片付けるのが先だ」

「ああ、うん、まあ……」


 狼に並走しながら、スフィルをやり過ごした魔獣たちを無力化し、声が聞こえた地点まで急ぐ。スフィルは思っていたより勝手に前に進んでいたようで、彼女の姿が見えるまでに少しの時間を要した。


「……なにやってんだ、あれ」


 最初に見えたのは、魔獣たちの真ん中で身体を縮める赤毛の少女だった。嫌々をするように首を振りながら、喚き散らしている。背後に迫った人間の三倍はあろうかという巨大なカマキリが、獲物を死に(いざな)両腕を振り上げた――刹那。

 目にもとまらぬ速さで、スフィルが動いた。カマキリの両腕は付け根から切断され、その持ち主はなぜ目の前の獲物は無事なのだろうかと不思議そうに首をかしげる。


「うっわ、あぶね!」


 斬り飛ばされたカマキリの鎌がすっ飛んでくる。少年の身体など簡単に真っ二つにできそうな大きさのそれをしゃがみ込んで避け、傍らのファルコンに視線を向けた。その瞳が語っている言葉をしっかりと読み取って、黒い狼は少し遠い目をしながら肯定する。


「そうだ。スフィルは大の虫嫌いなのだよ」

「はあ……?」


 寄るなこのデカ虫がッなどと叫びながら、いままでよりも激しく爪を振るう姿を見、メビウスは安心していいのか呆れるべきなのか心底困った。落ち着いてみれば、彼女の足元には虫型魔獣だったものの残骸がそこかしこに散らばっている。最初に耳朶を打った乙女のような悲鳴をあげつつ、スパスパと見事なまでの解体ショーが開催されていた。


「あれ……。放っておいてもよくねーか?」


 どうやら虫型魔獣のど真ん中に突進して暴走しているらしいスフィルを見ながら、メビウスは私見を述べた。時々飛んでくる残骸さえ気をつければ、虫型は勝手に片づけてくれるのだ。押し寄せる魔獣を倒すという目的とは、じゅうぶんすぎるぐらい合っている。しかし、お目付け役の狼は真面目な顔をして首を横に振った。


「いまは虫だけだがな。あまり虫といる時間が長引くと、見境なく攻撃をはじめる」

「うわあ……」


 凄いスピードで飛んできた、もうどこの部位だったのかもわからない虫の残骸を首を横に倒すだけで避けてから出た言葉は、お手本のような棒読みだった。


「それはやべーな」


 追加の棒読みをもう一つ。虫イヤアアアァァァッという乙女の悲鳴とともに、無数の爪がメチャクチャにしか見えない軌跡を(えが)く。まるで駄々っ子が暴れているようだ。それなのに、下手に近づけば辺りに散らばっている虫の残骸同様にされてしまうだろう。


「ふむ……。数が多いな。スフィルは我がなんとかしよう。少年は、虫型の数を出来るだけ減らしてくれ」

「なんとかするって――」


 どうやって? と問う前に、狼は無数の爪の軌跡をかいくぐりスフィルの側へと降り立った。それこそ、どうやって? と問いたくなるような神業である。ジェネラルの戦友ってのは嘘じゃねーんだな、とメビウスは狼の俊敏さに舌を巻いた。

 懐にはいれさえすれば、止めるのは簡単である。一瞬で内側に潜られ、焦ったスフィルのみぞおちに容赦なくタックルをかけた。健康的な手足が重い衝撃にぴんと突っ張ると、開いた口から苦し気な空気を一つもらしてスフィルは地面に崩れ落ちる。


「危ないから、下がって」


 抑揚のない聞き慣れた声が降ってきたのは、そのときだった。声の主を捜し、見上げたメビウスの視界の端で、白いスカートがふわりとたなびく。


「……ソ、ソラちゃん!?」

「いかん!」


 ファルコンが、くたりとしたスフィルの襟首を噛みあげて一目散に後方へと走る。メビウスは――少女の両手にともる圧倒的な死の気配に、動けなかった。否、()()()()()()、というほうが正しい。


 ――なんで。


 ぽつん、と胸中に言葉が落ちてくる。

 頭の上で両手を組んだ白い少女が、空の色を映した銀色の髪をなびかせて、華奢な身体ごと突っ込みカマキリの頭部に組んだ両手を振り下ろす姿を、メビウスはぼおっと見つめていた。影の落ちた太陽の瞳に、漆黒が映り込む。巨大な昆虫を塗りつぶし、地面までとどいた、途端。

 ドンッ、と。

 隕石が落ちたかのような凄まじい衝撃で地面が大きく揺れ、衝突地点を起点に蜘蛛の巣のようにひび割れながら陥没する。まばたき程度の時間をおいて、ソラを中心に目に見えるほどの衝撃波がぱっと迸った。ほんの一瞬で、魔獣たちは吹き荒れる波に飲まれ、引きちぎられていく。草原が、塵に還っていく。


「――ッ!」


 咄嗟にブリュンヒルデを己の前に突き立てて衝撃波から身を守りながら、眼前で繰り広げられている光景にメビウスは息を吞んだ。


 ――なんだよ、これ。


 メビウスの使う、ブリュンヒルデの浄化とはまるで真逆のちから。生命を蝕み、ただただ崩壊させるだけの、命を消し去るだけに特化したちから。

 魂を視る目を持ち、命に敏感な彼女が、どうしてこんなちからを使わなくちゃならない。どうして、魔王の成れの果てなんかと、関りを持たなくちゃいけない。


 ――なんでだよ。


 様々な断末魔が響くなかで、メビウスは強く強くブリュンヒルデを握り込み、目の前の惨劇を目に焼き付ける。これがソラの決意なら、目を背けるわけにはいかない。忘れるわけにはいかない。

 本当に、ソラが決意して命を刈り取ったというのであれば。

 成れの果てが二つになってから、初めての接続(インベイジョン)だ。二つ目の魂は、大人しくソラに吸収されたが、だからといって油断はできない。

 悲鳴の嵐が止むと、周囲にごった返していた虫型の魔獣は一掃されていた。小規模のクレーターの底で一人たたずむ少女のもとへ、メビウスは駆ける。


「ソラちゃん!」


 大声をあげて駆け寄ってきた少年を認め、ソラはきょとん、と首を傾げた。そんな彼女の手を取り不安げに揺れる太陽の双眸を見て、やっと彼女は彼がなにを心配しているのかに気がつき、きゅっと小さく手を握り返した。


「……大丈夫。わかってる」

「え……?」

「いまのわたしが使えるのは、ただ、壊すだけのちから。命を壊すだけのちから。壊れる感覚は、ちゃんと覚えてる。覚えていなくちゃ、いけない」

「ソラ、ちゃん?」

「大丈夫、だから」

「そっか」


 繰り返された言葉に、メビウスはやっとへらりと笑みを浮かべた。もっとも、心配を隠しきれていない、困惑気味の笑顔ではあったが。


「……でもソラちゃんは、いつも頑張りすぎ。もうちょっと、魔獣の動きとかちゃんと見極めて動いてほしーけど……ま、サンキュな」


 いくら圧倒的なちからを持っていても、当たらなければ意味がない。しかし、三度目となる助言を言いかけて、メビウスはそれを感謝の言葉に変えた。スフィルとファルコンが動けないいま、ソラの持つ強大なちからは確実に役に立つからだ。


「ソラちゃん。それ……」


 ふと、視線を落とした朱の瞳映ったのは、ソラのブーツと白い足の隙間に見える、漆黒の紋様だった。すべてが見えるわけではないが、鳥の翼を模しているようだ。そして紋様は、少女の白い足を侵食しようとするように、ぐにゃぐにゃと動き続けている。


「多分……足、だと思う。あんまり上手く出てこられないみたい」

「うん。でもいつか、全部集め切ったら、一つの魂になってソラちゃんから出て行くんだよな?」

「……多分、そう」


 躊躇したのは、たったの瞬き一つぶん。脳内にノイズが響いたせいだ。ソラは軽く頭を振ると、真っ直ぐにメビウスを見つめて話題を変えた。


「メビウス。最果ての魂が紛れ込んでる。この子たちは、それから逃げているだけ。怯え切って、なにも目にはいらない状態になってる」

「最果てって……ああ、さっき感じたの、その気配か!」


 一瞬だったこともあり、スフィルに気を取られてすっかり頭からはじけ飛んでいた。確かにさきほど、慣れ親しんだ気配を捉えた気がしたのだ。その気配が最果てのいきものだとするならば、慣れ親しんでいるのも納得がいく。が、それはそれで別の問題が持ち上がるのだが。


「けど、最果てからこの世界(テラリウム)に来るには、誰かが()()()使()()()()()――」


 はっとして、メビウスが言葉を飲み込んだ。目の()に、ソラの攻撃範囲から逃れた魔獣たちが押し寄せてくるのが映ったからだ。それを見て、メビウスは誰がどんな手段で禁呪を使ったのか悟ったのだ。

 元がいったいなんだったのかわからない、ぶよぶよの身体。

 複数の顔を貼り付けて叫ぶのは、怨嗟の咆哮。苦しみに支配され、のたうちながらも瘴気をまき散らして生きている――魂を詰め込まれた化け物。

 命を――生命力を糧として外の世界のいきものを召喚するには、これ以上効率の良い方法はないだろう。

 理解など、したくはないけれど。

 ぐっと爪が食い込むほど強く、拳を握る。種族の問題などではない。心の底から、相容れない。


「……ソラちゃん。先に言っとく。最果ての住人には、下手に手出ししちゃダメだ。だから、広範囲の攻撃は気をつけて」


 うなづいたソラを見ながら、メビウスは自分がすべきことを胸中で噛みしめるのだった。

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