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空色の告死天使<アズライール>  作者: 柊らみ子
第四章・混沌、暴走、世界の異分子
112/122

9・始まる

 はあ? と素っ頓狂な声をあげたのはスフィルだ。魔族の少女は空色の少女をじろりと睨み、「どういうことだよ」とメビウスに詰め寄る。


「おっさんとその女、なんの関係があんだよ。手を出したら殺される? おっさんに? おれたちが? ふざけんじゃねーぞ」

「オレも、お前らがあいつをおっさんと呼べる関係だってのに興味はあるんだけどな。物事は順序だてて話さねーと、わけわかんなくなるだけだろ。だから、スフィルはマトモに話す気がねーんなら黙ってろ」


 最後は強い口調でスフィルを牽制する。少年の瞳に籠る熱に一瞬気圧され、スフィルは負けじと言い返そうとした。


「あんだと、クソガ――ッてぇなファルコン!」

「ふむ、話を聞こう。彼を知っているということは、彼の目的についても知っているのだな?」


 立ち上がったファルコンが、わめくスフィルの頭を逞しい前足でぼかりとやる。彼女に二の句を告がせず、狼が続きを引き取った。

 苦い笑いを浮かべ、メビウスが低い声で言う。


「ああ、知ってるぜ。そのせいで、あいつとは一度やりあった。死ぬかと思ったっつーの」

「いや、ふつー死ぬだろ、おっさんとやりあったら」

「全力じゃなかったからな。運が良かったんだろうぜ」

「単に別人だったりしねーだろーな。おれたちが捜してんのは」

「魔王を捜しにきた魔族の将軍――通称ジェネラル。合ってるだろ?」


 じとりと訝しむように口にしかけたスフィルにみなまで言わせず、メビウスが被せる。黒い狼が「うむ」と短く肯定をし、さらに「なるほど」とひとりごちた。


「全力じゃなかったというのは、彼がこちらに出てきてまもなく、ということだな。我らでもそれなりにちからを置いてこなければ、結界に引っかかってしまい隙間を潜れない。ヴォイドは、ほぼ空になるほどちからを置いていった。命拾いしたな」

「ん? ファルコンは名前呼んでもいいのか?」

「我と彼とは戦友だ。彼が自分の名を厭う理由も知っている」


 言いながら少し遠い目をした狼を見やり、ふと、提案を持ち掛けた日のジェネラルの言葉を思い出す。


 ――悪いとは言っていない。ただ、若いなと思っただけだ。


 あのときのジェネラルからはどこか、懐かしむような温かな感情が見て取れた。いつでも鋭い(やいば)のような空気を醸し出している男でも、なにかしら守りたい思い出を持っているんだなと意外に思ったのを覚えている。

 いまのファルコンのまとう空気は、少しだけそのときのジェネラルに似ていた。

 だから――かもしれない。

 メビウスは、名前の話を自ら切り上げる。狼が簡単に話すとも思えないが、彼の過去を彼以外の口から知るのはなにか――礼に欠ける気がしたのだ。


「戦友、か。だから、ブリュンヒルデ(こいつ)のことも知ってんだな」


 肩の上を親指で示して口にした言葉に、ファルコンの顔つきが一気に鋭くなった。


「あの頃の生き残りで、その名と気配に嫌悪を示さぬものはおらぬだろう。スフィルのように、封印の日以降に生まれたものには、馴染みはないようだがな」

「まあ、それもそっか。あいつも言ってたぜ、ブリュンヒルデは()()()()の仇だって。それを知らねえってことはやっぱ、スフィルは封印の日以降に生まれた魔族なんだな」

「その名前は知ってるけどよ。魔界全体を封じたヤツって言われても、おれが生まれる千年以上も前の話だぜ? しょーじきピンとこねえんだよな」

「……確かに、その感覚はわからなくもありません。僕も、魔族なんて実在するのか半信半疑でしたから」


 ウィルが神妙に返したというのに、メビウスは「三桁?」と妙な呟きをこぼして、スフィルを頭の上からつま先まで何度も大きく首を動かしながら見る。


「たった三桁しか生きてねえ割には、育ってんなー」

「坊ちゃん」

「だってよ、どう見たって年上だぜ?」


 咎めるようにウィルが呼び、彼にだけようやっと届くような小さな声でメビウスが答える。ちらちらと自分を見ながらのひそひそ話に、スフィルの短い堪忍袋の緒が切れかかる。


「見た目だけなら、十七~八ぐらい? うーん」

「そこに悩むところがあんのかよ」

「いや、中身がかなりガキだなと思って」

「ッるせえな! てめーも、どーでもいい話しかしねーんならちったあ黙れ!」

「はいはい、わかりました。けど、オレが黙ったら話になんねーと思うぜ?」

「こちら側で、一番魔族と接点多いですからね。残念ながら」


 援護射撃するようで、その瞳には呆れの色が浮かんでいる。几帳面な文字でびっしり埋め尽くされかけている紙の端に乗せた手は、ペンを置いている。


「ま、オレもな、別に引っ掻き回したいわけじゃねーよ。ただ、魔界でも封印前と封印後で結構認識違うんだなあと思ってな。人間界ではもう、伝説みたいな状態になってるけどさ、お前らの場合は違うだろ? 生まれたときから魔界に閉じ込められてるんだぜ?」


 そこがどうにも理解できねえ、と首を傾げてメビウスは言う。


「現に、魔界は封印のせいで()()()()になりかけてんだろ? ジェネラルが、こっちに魔王を捜しに出てくるぐらい大変なんだよな。ジェネラルがちからを託したやつだって、命が危ないってさっき言ってたよな。現在進行形で影響が出てるってのに、ピンとこねえもなにもねえだろ」

「んなこと言われてもさあ。そりゃあ、時が経つごとに状況理解して、ブリュンヒルデってのがいまの魔界を作り出したってのはわかるんだけどよ。だからってそいつを恨んだところで、大昔にくたばってんだろ。どーしようもねーじゃん」


 ツラも知らねーし怒る気力もわかねーや、とスフィルはさばさばと言い切った。メビウスはどうにも納得がいかないのか、眉根を寄せて目を閉じるとうーんと唸ったまま動かない。


「……魔獣は食うし、大昔のことだって言えるし、人間ともやっていけるし……。合理的っちゃあ合理的だけど、封印後生まれの魔族ってみんなこんなもんなのか?」

「魔獣、特に下等なものはこちらの獣肉と同じようなものだ。封印に関わらず、魔界では一般的な食事だよ。ブリュンヒルデについては、そのような認識をしているものが多いな。魔界から出られないのは確かだが、そもそも他の世界を知らぬのだからな。封印について自体、疑うものもいるぐらいだ。人間とやっていけるのは、スフィルの気質だな。これはあまり他者と垣根を作らん」

「ふーん。馴染みがないとは言ってたけど、思ってたよりも相当だな」


 ははは、と乾いた笑い声をあげてメビウスはぱっと両手をあげた。少年の気質から言って、呆れたというよりはその図太さに感服したのだろう。ふっと息を吐き出すと、メビウスは「そうそう」とまるで軽い口調で重要な情報を口にする。


「ブリュンヒルデと言えば、な。封印については間違いねえ。ただ、魔王をバラバラにしたのはドクターだ。本人が楽しそうに言ってたよ」


 意外な名前を聞き、狼は目を見開く。


「ドクター、だと? ヤツはあの戦いで――」

「魔王を切り刻んでるうちに、封印されそこなったんだ。人間界に取り残されて、魔王の反撃で受けた怪我を癒せねえまま、なんとか動けるようになったのは最近だとか聞いたな」

「……ヤツが生きていたのか。ヴォイドは、知っているのか?」

「知ってるよ。けど、一緒に行動はしてねえみたいだな。ドクターが、なに考えてんのかもわかんねーし」

「ヤツの思考など、わかるものはおらぬだろう」

「ああ、やっぱそう思うよな。つーか、わかったらダメだろ」


 心底嫌そうな顔をして同意する。読めない笑みを浮かべていることが多い少年が、あからさまに表情を歪めるのを初めて見たからだろう。赤毛の少女に加えて、ドクターを知っている狼すら珍しそうに目を丸くした。一人と一匹の視線に気がつき、メビウスはひらひらと手を振って苦い笑いを貼り付ける。


「ドクターが、なにしようとしてるのかはわかんねえ。ただ、魔王を殺しておいて今更復活させたいなんてことはねえだろ。ジェネラルもそれは知ってる。知ってて泳がせてるんだと思う」


 ふむ、と黒い狼が唸り声をあげ、それを合図にしたように誰もが口を閉ざした。重たい沈黙が部屋を包む。時折り、思い出したようにウィルの右手に収まったペンがメモを取る音だけが響いた。

 時間にして数分。沈黙が部屋に居座ったのは、たったそれだけの時間だったろう。やけに長く感じた沈黙を破ったのは、ファルコンだった。


「して、ヴォイドの居場所は知っているのか?」


 ファルコンの当然の問いに、メビウスはふるふると首を横に振る。


「わりーけど、ジェネラルの居場所までは知らねえんだ。だから、オレが知ってるあいつについての情報はこれで全部」


 しれっと言ったあと、少しだけ居住まいを正してぐるりと全員を見やる。空色の少女のところで一度視線を止め、夜空色の瞳と向き合った。少女が深いまばたきをしたのを見つめ――あとは、ソラちゃんについてだけど、とメビウスが慎重に口を開く。


「ジェネラルが捜してる魔王な。というか、魔王の一部……もう残骸みたいなもんだけど、そのちからを扱えるのがソラちゃんだ。スフィルが最初に感じた、()()()()()()()()ってのは、そのことだよ」

「はあ!? この女が魔王さまになるっつーのかよ!?」

「なんねーよ! ただ、魔王のちからはよくわかんねーもんに変わってて、オレたちにもジェネラルにもどーすることができねーんだ。ソラちゃんだけが、そいつを止められる」

「なんだよ、それ。わけわかんねえ」


 機嫌の悪い声で言いながら、空色の少女をじろりと見やる。一瞬の逡巡を経て、メビウスはソラに「いいかな?」と短く問いかけた。たった四文字に込められた思いを正確に読み取り、ソラはこくりとうなづき、小さな、しかしなぜかよく通る声で話し始める。


「わたしにも、よくわからない。わたしは、記憶を持っていないから。でも、あの黒いものの魂は酷くいびつで、死ぬことも滅ぶことも知らないの」

「は? 死ぬことを、知らない? そんなもん、知ってるとか知らないとかってレベルの話じゃねーだろ」


 口早に噛みつくスフィルをしっかりと見据えながら、ソラは己の胸に手を置いた。取り込んだものが、自分の内でざわめく気配を彼女は確かに感じ取る。


「なぜ知らないのかは、わたしにもわからない。わたしは、この魂をちゃんとした形にして、あるべき場所に送り届けたい。ただ、それだけ」

「……ふむ。つまり、お嬢さんを狙うなというのは、魔王さまを魔界に連れ帰るというヴォイドの最終的な目的に反するからか」

「そーゆーこと。飲み込み早くて助かりますなあ」

「悪かったな、バカで」


 へらりと破顔した少年の顔を睨みつけ、スフィルが憮然と吐き捨てる。じろっとソラを睨みつけると、ふっと軽く笑った。笑ってはいるが、黒い瞳にはぎらりとした光が宿っている。


「殺さなきゃいーんだろ? だったら、おれがさらっておっさんのところに連れて行ったっていいんだよな?」

「それでいいなら、ジェネラルがとっくにそうしてるだろ。そーゆーとこが浅はかなんだよ」


 がしがしと頭を掻きながら、口調は穏やかだ。が、スフィルがさらうと口にしたときメビウスは瞬間、射殺せそうな視線で魔族の少女をねめつけた。彼がその殺意を押し込めることができたのは、ジェネラル自身がドクターの件が片付くまでは手を出さないと宣言したからだ。その言葉だってただの口約束にすぎないのだが、ジェネラルが成れの果てを探しだす術を持たぬ以上、中途半端に手を出してくることはないと知っている。

 つまりは、結局。

 こちらでのジェネラルについては、メビウスが一番よく知っているから、という皮肉のような事実によって少年は心を乱さずに済んだ。それでも、釘をさすことは忘れない。


「でもな。いま言った案を試そうとするんなら、オレがお前を叩っ斬る」


 声を荒げるでもなく。ごく自然な声音で言い放つ。一瞬見せた強い感情など、欠片も残っていない。欠片も残っていないが、だからこそ本気なのだとわかる声音。


「……アホらし。無意味なら、わざわざそんなことしねーよ。いくらその女が気に食わなくてもな」


 わざとらしくため息をつき、スフィルが肩をすくめた、そのとき。


「――ッ!」


 ぞくりと。

 痛いぐらいの悪寒が一気に背中を駆け抜けていく。粟立つ身体で反射的にソラを見やる。ただでさえ白い顔を色がなくなるほどに白くして、片手で頭を押さえている空色の少女を見、彼女が紡いだ()()()()という言葉を思い出す。

 彼女が、懸念していたのは――。


「……ソラちゃん。これが――」


 メビウスに名前を呼ばれ、ソラがゆるりと顔をあげたときだった。どんどんと乱暴に、村長宅の扉を叩く音が響き渡る。


「村長ッ! ま、魔獣の大群が!」


 みなまで聞かぬうちに、メビウスたちは二階へと駆け上がっていた。廊下の窓から、遠くで土煙がのぼっているのがはっきりと見て取れる。その方角は、昔強力な儀式が行われ、隙間が発生しなくなったと言われる草原――正にその場所である。


「うーわ。アホみてーな数いやがるぜ。さすがに食いきれねえなあ」


 面倒くさそうな言葉とは裏腹に。

 獰猛に目を光らせて、スフィルが楽しそうに口角をあげた。

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