5・ギルド支部設立
「はあ!? ルドヴィック王国の魔獣組合支部をここに作るッ!?」
素っ頓狂な叫びを上げて目を白黒させているのは、ラゼルですっかり馴染みになった酒場の店主である。朝早くからどやどやと店に大人数が押しかけ、妙な機械やら持ち込まれ、店の内部を観察されたりしまいにゃ床に穴を開けられたりと散々好き勝手された挙句に聞かされた内容が魔獣組合設立、である。もっとも、そこまでの説明はすべて省かれているため、なにがどうしてこーなっているのかまったく要領を得ない。
「ななななんでここにッ! そもそも、王国の首都はルインですよ!? ここはただの通り道で」
「そうだ。だからこそ、生きた情報が行き交う。ラゼルに作るのが、一番効率がいいのだよ」
有無を言わせぬ口調でルシオラが言う。魔女の圧倒的なオーラにやられたのか、それとも刺激的なコスチュームにやられたのかは不明だが、店主は一瞬彼女に言い返そうとして顔をそらし、黙り込んだ。
「もちろん、町長と自警団には朝一で許可もらってるから。あなたたち、坊ちゃんに情報提供したり、ここが魔獣に襲われたときには率先して町民を避難させていたんでしょう? 大丈夫、基本的には直接魔獣と戦うことはないわ。それに、副組合長のあたしがしばらくここで指揮をとるから。坊ちゃんたちも行き先が決まるまではラゼルにいるし、ね」
ルシオラよりは柔らかな空気を纏って、イザベラが補足する。
「へえ。いいんじゃない? 商売はしてて構わないんでしょ? だったら客が増えるじゃん」
ぱくぱくと口を動かしているだけの父に代わり、答えたのは看板娘のアンナだ。こちらはワクワク感が溢れ出ており、完全に肯定派である。ちなみに、彼女が父親である店主より強いのは以前の昼営業の件で立証済みだ。
「客ってか、被害者の間違いだろ……」
店の端っこで腕を組み、黙ってやり取りを見つめていたのだが、我慢しきれず思わず突っ込む。この店を選んだのはもちろん彼ではあるのだが、アンナの料理、という最大の問題は解決することができないままだ。まあ、一回ぐらいは美人看板娘が作るランチメニューを食べて学習するのもアリか、と割り切ったはずなのだが、本人のやる気を見ているとまた心配がむくむくと膨らんできたのである。
だから、気付かれぬよう突っ込んだのにも関わらず、結局口を挟んでしまった。
「まあ、客は客でも、魔獣組合の客だからな。相手から頼んだんならともかく、強制はダメだかんな」
「強制なんかしなくても、あたしの料理の匂いを嗅いで食べずに出るなんて選択肢はないわ!」
ふふん、と無駄に胸を張って仁王立ち。そうなのだ、彼女の料理は、味以外は完璧なのだ。だからこそ厄介なのだが。
はあ、と大げさにため息をついたメビウスに、アンナが興味津々な口調で問うた。
「それにしても、君が魔獣組合の関係者だったなんてねえ。アンナさん、びっくりだわあ」
「まあ、前は状況が違ったしな。それに、実際関係あるのはルシオラとイザベラ。オレはオマケみたいなもん」
顎でしゃくって、色々手引きをしている妙齢の女性二人を指す。看板娘はちらりと二人を見やると、少年に向き直った。どうやら、彼のほうが話しやすいと踏んでいるようだ。
「オマケって言ったってさ、君みたいな少年が、支部の場所に口出せるなんて思うわけないじゃない。やっぱり少年、決め手はあたしの料理だな? いいのよん、隠さなくって」
「それは絶対ねーから」
速攻ぴしゃり。被せ気味に力強く言い切ったメビウスの言葉に、テンション上がり気味のアンナもさすがにしゅんと小さくなった。
「強制的に食わせたら撤収するからな、マジで」
凄みすら感じる低い声で追い打ちをかけられ、アンナはすごすごといったん引き下がる。ここの看板娘がこの程度でしおらしく引っ込むわけはないと睨みを利かせていると、それまで静観していた眼鏡の青年が不思議そうに話しかけてきた。
「……坊ちゃん。彼女の料理は、そんなにマズ……難しいものなんですか?」
軽くたずねてきたウィルをクソ真面目な顔で見やり、頷きながら別の話を引っ張り出す。
「お前、ソラちゃんのコーヒー飲んだことあったか?」
「……そういえば、口にしてませんね」
「あのコーヒーを心底愛せるようにならねーと、死ぬぞ」
「は……? 死、ぬって、そんな店を推奨しないでくださいよ」
「夜はな、お前も知ってのとおり美味いんだよ。酒場のときは天国だが、ランチのときに情報探しにきたやつはご愁傷様としか言いようがねえ」
「普通は、昼間のほうが多いと思いません?」
「だろうな。みんな、腹いっぱい食ってからくるように指示でも出してもらうか」
空笑いを乗せた投げやりな答えに、ウィルは苦言を呈した。
「まあ、死ぬは言い過ぎだとしてもですね。それだけクセのある店なら、やはり別の店に交渉したほうが良いんじゃないですか?」
「んー。でもなー、ここって結局オレら何回かお世話になってるし、信用できるってのは折り紙付きだろ。いまから他当たってたんじゃ時間かかりすぎるしな」
「それこそ、店主も言ってましたがルインで探した方が良いのでは?」
「それは無理なんだ。最初から、魔獣組合支部の場所として、ルインは外してる」
がちゃがちゃとうるさい店内でトーンを下げたというのにも関わらず、少年の声はいやに青年の耳に届いた。はっとして見下ろした彼の表情には、なにも浮かんでいない。が、その双眸にはちからがこもり、煌々と輝いている。
「……なにか、理由があるんですね?」
頷きとともに、ぴょこんと飛び跳ねた金髪も一緒に動く。
「ソラちゃんとここに初めてきたとき、人身売買やってるヤツをルインのブタ箱に送ったはずなんだけどさ。ついこないだまでデア=マキナでも人さらいの話があったろ? あの犯人、オレがここで自警団に突き出したのと同じやつだった。どうやらそいつにはかなり前科があるらしいんだが、すぐ釈放されて堂々と同じことやってんだぜ? おかしいだろ」
「あるらしい、ってことは、坊ちゃんも全部知っているわけではないのでしょう? 確かに怪しいですが……弱くないですかねえ」
「そいつに初めて会ったとき、なんか嫌な気配を感じてさ。デア=マキナで再会して、なんの気配かわかったよ。あいつはドクターの息がかかってる。ドクターのために、誘拐して歩いてんのさ。つまり――」
「ルインにも、ドクターの息のかかったものがいるかもしれない、というわけですか」
ああ、と低く相槌を打ち、店主に魔法道具の説明をしているルシオラに視線を移す。
「同じ国内だから、絶対安全ってわけでもねえが。しばらくはルシオラもイザベラを手伝いながら警戒するってさ。いままでは一番魔獣の出ない国、で有名だったのに皮肉なもんだ」
「なにが皮肉だって?」
不機嫌な声とともに割ってはいった巨体を見、メビウスはげんなりと眉を下げる。
「おめーは静かに店に来るってことができねーのか、クソガキが。せっかくのランチタイムがお預けじゃねーか。なんだこの騒ぎは」
「……ウィルくん? こいつがさ、さっきの話に出てきた人身売買野郎の雑魚その一」
腕を組んだまま雑に親指を向けると、さらに雑な紹介をする。それを聞き、雑魚その一ことバースは、低い沸点をもう通りすぎてしまったらしく、すでに顔を真っ赤にして怒鳴った。
「誰が雑魚その一だ! おめーがバケモンなだけだろーが!」
「あー、いーのいーの。ちょっと訳ありでさ、こいつには全部話してあるから」
「それもどうかと思いますがね」
「ついでに味覚も雑……いや、独特」
アンナのシチューを普通に食べていたソラを思い出し、言葉を濁す。本人がこの場にいないとはいえ、さすがに雑魚とは言えない。
「誰の味覚が雑魚だとコラ。聞こえたぞコラ。愛のちからさえあればな、味なんかどーだっていーんだよ」
「……あれを我慢できんのか」
どうやら雑魚ではなかったらしい。言わなくて良かったと、聞かれるはずのない暴言を吐かずに済んでほっと胸を撫でおろしている少年を訝し気に見やり、巨漢は圧を強めて詰め寄る。
「で……フィリアの姿が見えないが。どこにやった?」
「フィリアちゃん? ソラちゃんと一緒に二階にいるけど。……んだよ、暑苦しいな」
しっしっとジェスチャーを送り、するりとバースの太い腕の下からさっさと抜け出す。
「嘘だと思うなら、見に行けばいいだろ」
二階へと続く階段を示したメビウスに、バースは首をひねって呻くように声を出した。
「ホントにバカかおめーは。上は住居だろーが。勝手にはいれるわけねーだろ」
「おお。まともなこと言ってる。さすが自警団員」
「……自警団……?」
「なんだ、ひょろひょろ眼鏡。俺が自警団じゃわりーのか?」
「うむ、ウィルくんが首を傾げる気持ちはよぉーっくわかるぜ」
「混ぜっ返すなクソガキが! いい加減ぶっ殺――」
「あ、フィリアちゃん!」
バースの言葉をさえぎって、へらりとしながら上に向かって手を振る。慌てた巨漢が物騒な言葉を飲み込もうとして失敗し、盛大に舌を噛んだ。ほんのちょっとだけ涙目になりながら、笑顔を貼り付けて階段を見上げる。
「……って、誰もいねーじゃねーかッ! クソガキちょっと表出ろ。な? マジで表出ろ」
「んー。まあ、確かに人も多いですし。ここにいてもやることねーしな。暇つぶしぐらいにはなってくれんだろーな」
頭から煙でも吹きそうになっている男と、へらへらと余裕の笑みを崩さぬ少年。店の端でケンカが始まりそうになっているというのに、てんやわんやの支部突貫工事のなかでは誰も気付きはしない。
「坊ちゃんー。面倒ごとは」
一応一人、ウィルが注意ぐらいはと声をあげたのだが、でこぼこな二人はすでに扉に向かって歩き始めていたので、台詞の最後はため息でしめられたのだった。
結局、どうにかこうにか支部にするために必要な機械を取り付けるのに夜までかかった。
なんだかんだ言っていた割に、店主は通信機械の説明を受け始めるとがっつりと食いつき、自らいじってテストしてみたりしている。どうやら、どこかのツボにはいってしまったようだ。しかもルシオラ曰く、どうやら筋がいいらしい。呑み込みも早く、いまはすっかり満足した顔で通信機械に座り込んでいる。
昼間の喧騒はどこへやら。ソラとフィリアも降りてきて、すっかり静かになった店内を見回し、メビウスはへらっと笑って一度手を叩いた。ぱんっと乾いた大きな音が鳴り、軽い手合わせによる疲れで伸びているバース以外の全員が彼に集中する。
「んじゃまあ、一息ついたってことで。ここはみんなでぱーっとやりますか! これから後のことは後で考えれば良し!」