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空色の告死天使<アズライール>  作者: 柊らみ子
幕間・こころは複雑

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3・心もよう

 結局、当初の目的は果たせなかった。ジェネラルと邂逅したことにより、完全に後手に回ってしまったからだ。地道な聞き込みを再開し、運よく当たりを引いたところでもう少女たちはその場を後にしてしまっている場所ばかりだったのである。実は、メビウスが追いかけて来る可能性も考えて、エリーがひとところに長く落ち着かないよう計算していたというのも大きい。


「やべ、結構遅くなっちゃったな」


 ぼやきながら、暗くなってきた道を全速力で駆け抜ける。デア=マキナ周辺の隙間はあらかた閉じ終わったとはいえ、いつ新たな隙間が発生するかもわからない現状だ。街灯に、魔法の灯がともる時間にはもうほぼ人影は見えない。店も、ほとんどが早じまいをしている。開いているのは、武具や魔法道具(マジックアイテム)関係の店ぐらいだ。エリーがいるとはいえさすがに少女二人、魔獣組合(ギルド)に戻っていると思いたい。

 そんな中を、軽やかな足音を響かせてメビウスは走る。少し前まで身体を支えられなかった足も、動くことを全力で拒んでいた大きな傷跡も、いまはもうすっかり完治していた。


「そーいやオレ、ソラちゃんにちゃんとお礼も言ってなかったな」


 足の裏に、しっかりと地面を感じて蹴りだしながらひとりごちる。

 帰ったら顔を見てきちんとお礼を言おう、と考えながら、夕闇でもきらめく三つ編みをなびかせて少年は帰路を急いだ。

 そして。

 その決意は、あっさりとへし折られることとなる。


「えー! ソラちゃん、寝ちゃったの!?」


 魔獣組合(ギルド)の奥から、少年の絶叫が響く。戦闘中ですら出すことがないほどの大声で、ウィルはたまらず手で耳を塞いだ。


「ついさっき、帰ってきたんですけどね。慣れない街を慣れない相手と巡って、疲れてしまったようです。デア=マキナに来てから色々ありましたし、一緒に疲れが出たのかもしれません」

「嘘だろ……。こんなに頑張ったのに、結局ソラちゃんに会えずじまいかよ……」


 はは、と暗い笑いを続けて、メビウスはよろよろと階段へと向かった。









「メビウスさま! 何時だと思ってるんですか!」


 扉を容赦なく叩く音と一緒に、エリーの甲高い声が耳に刺さる。

 昨晩、失意のまま倒れ込んだベッドの上で、メビウスはぼんやりと目を開いた。いまにも叩き壊されそうなほど震えている扉を面倒くさそうに見やり、はあ、と小さく息を吐く。動く気が起きないが、エリーの声もあり、寝たふりを続けてやり過ごすにはかなり騒音が過ぎる。


「……疲れてっから寝させて……」


 寝転がったまま、気だるげに声を出す。返事があったからか、とりあえず扉がぶち抜かれる心配はなくなった。


「疲れてるのはわかりましたけど、大事な用事があるんですよ。休むのは、いつだってできるじゃないですか」

「……あー。あとで」

「早いほうが都合がいいです。メビウスさまにとっても、そのほうがいいと思いますけど」


 さらっとメビウスのぼやきに言葉を重ねて皆まで言わせない。あーとかうーとか死んでるような呻き声を出して、のそりと身体を起こした。寝癖がついた金髪をぐしゃぐしゃとかき回しながら、重たい足を引きずって扉を開ける。


「あのな、エリー。オレだって、疲れたっ……?」


 半開きの太陽に映ったのは、エリーではなかった。

 控えめな星の髪飾りが映える、空色を映した銀髪。細い身体をいっそう細く縮めながら、恥ずかしそうに立っていたのは。


「……は? え? ソラ、ちゃん?」


 限りなく、間抜けな声を出していると自分でも思う。声をかけてきたのはエリーであるから、扉の外には彼女が立っていると思ったのに、実際にいたのは空色の少女で、おまけにいつもの白いワンピースではなくまったく見たことのない恰好をしていて――。

 昨日一日中お預け食らったところに、これは刺激が強すぎるというものだ。前が少し短くなっているスカートから伸びる華奢な白い脚など、眩しすぎて直視できない。


「…………」


 ぽかんと口を開けたまま突っ立っているメビウスを見て、ソラはスカートの裾を摘まむと居心地悪そうに下を向いた。


「……やっぱり、似合わないよね」


 ど定番の恥じらいの台詞。それを言ったのはまさか目の前の空色の少女かそうなのか? などと早口で脳内会議をしながら、尊すぎて直視するのを拒む自らの瞳を無駄な根性で動かして、まじまじとソラの全身を眺め、焼き付けた。

 華奢な彼女の身体を包むのは、いつものとは違うがやはりワンピースだ。ひまわりのような明るい黄色を基調として、前が短く後ろが少しだけ長くなっている膝丈の裾には、ふわふわと大きめのフリルがあしらわれている。肩どころか大胆に胸元も開いており、発展途上の胸の下で腰高に深い青色のリボンで絞られていた。下にいくに従って太くなる袖は手首できゅっと絞められており、ここも裾と同じ大きめのフリルになっている。まあるく膨らむ袖口から覗く、白い指がもじもじとスカートをいじくっていた。


「……かわいい」


 呆けたまま、ぽろりと本音がこぼれ出る。それが自分の耳に届いたのか、メビウスはきりっと表情を引き締めて律儀に手をあげた。


「はい。えーっと、今日ってなんかの記念日?」

「……なんですか?」


 唐突な質問の意図がわからなかったらしい。ソラの横に立つエリーは眉根を寄せ、少しだけ思考を巡らせたが、結局質問で返した。答えを出したのは、一人分ほど離れた位置に立っている兄である。


「大事な用事があって、ソラさんが着飾っている。着飾らなければならない用事でもあるのかと、そういう意味でしょう」


 メビウスは挙手したまま、こくこくとうなづいた。しかしまだ、妙にきりっとした顔は崩さない。


「うん。でもその用事ってのがわかんねえ。オレ、なにか約束してたっけ?」


 ソラがしゅんと萎む隣で、エリーが盛大にため息をつく。


「ほんっとに乙女心がわかってませんね、メビウスさまは。オシャレをかわいいって褒めるのはまあ、良いとこです。女の子が、慣れないオシャレをして、男の子の部屋に頑張ってきたんですよ?」

「あ……あの、わたし、無理にでーとしなくても……」

「デートォッ!?」


 エリーの袖を引っ張りながら、彼女にのみ聞こえる程度の、ささやくレベルの声で言ったはずなのに、メビウスの耳はその重要な単語をしっかりと拾ってしまっていた。素っ頓狂な叫びを上げながらも、この単語を拾わなかったらオレじゃねーし、とか無意味に無駄な聴力を誇ってみたり。


「え、ソラちゃんが、デート!? オレと!? ルシオラになんか吹きこまれたとかじゃねーよな!?」

「メビウスさま、ちょっと黙ってください。ソラさんが、あまりにも女の子の楽しい時間を過ごせていないので、エリーが色々教えてあげたんです。女の子の時間って、すぐ過ぎるんですよ? そりゃあ、記憶も魔族も大変な問題だと思いますけど、ちゃんと楽しむっていうのだって大事だとエリーは思います」

「あー……うん。そりゃ、そうだ」

「……それで……。いまのうちに、したいことはしておいたほうがいいって、エリーが」


 ぽつぽつとソラが下を向いて話す。エリーと計画を練っているときには実感がわかなかったのだが、いざ実践してみると考えているのと実行するのとでは天と地ほどの違いがあった。ただ、いつもと違う恰好をしているというだけなのに、あまりに心が落ち着かない。


 ――女の子の、一番大切な気持ち。


 エリーに言われて、昨日は一日中今日のために頑張ったけど、いまになっても正直よくわからないし、ぼおっとして上手く言葉も出てこないし、身体も、熱でも出ているように熱いし――。

 それでも。

 自分の中に、こんな感情があったのだということだけは、知れた。揺れ動いて定まらなくてうるさいほどに鼓動が鳴り響いて。

 それでいて、どことなく温かく、気持ちの良いもの。

 なくしたくない、と思える、新しい感情。


「あれ、ソラちゃん、髪も……」


 ひょこっと覗き込んだ背中。

 空色を映すきれいな銀髪は、緩く三つ編みにされていた。アクセントにワンピースと同じ黄色いリボンを編み込まれており、それがまた銀髪によく映えている。


「あ、三つ編みはソラさんからの注文です。エリーはいつも通りのほうが似合うと思うんですけど、どうしてもお揃いにしたいって譲りませんでしたので」

「ゆ、譲らなかったって、そんなわけじゃ……!」


 ソラの消え入りそうな否定の声など、メビウスには届いていない。少年は、自身の三つ編みを前に持ってくると「おそろい」とぽつり、呟いた。


「え、ソラちゃん、一緒にしたかったの? なんだよもー、言ってくれればいつでも編むのにっていうか編むから!」


 無駄にリズミカルな動きで編み編みと指を動かすメビウスに若干引きつつも、ソラは律儀に返事をする。


「あ、えと、できれば、自分でできるようになりたい……」

「ふーむふむ、なるほどなるほど! 千年以上編み続けてきたオレの三つ編みテクニックを手取り足取り伝授……」

「するのは、また今度にしてください」


 暴走寸前の少年の言葉にエリーが割ってはいる。なぜか強気のエリーに押され、メビウスは素直に口を閉じた。


「メビウスさま、いますることは?」

「……ソラちゃんと、デート?」


 疑問形で終わる辺り、ある意味、現実が見えてきたのだろう。ソラちゃんのほうから誘ってくるとか、オレはまだ夢の中にいるのかもしれない、と、舞い上がっていた少年のほうもそろそろ混乱し始めた。


「もう。なんで大事なときに疑問形なんですか。ソラさん、頑張ったんですから、ちゃんと楽しませてあげてくださいね」

「そりゃあもう!」


 エリーの言葉に現実を飲み込み、にかっと笑ってソラに伸ばしかけた手を一旦おろす。


「ちょっと待ってて」


 顔を引っ込めたと思うとすぐに戻ってきた。なんのことはない、単に上着を羽織ってブリュンヒルデを引っかけてきただけのことである。デートに剣を持っていくのもいかがなものかと思われるが、この場にそれが特別なものであるという事実を知らぬものはいないので誰もなにも言わない。

 メビウスは顔を真っ赤にしているソラににこっと微笑むと、さっと抱き上げた。文句を言われる前に、階段へと足を踏み出す。


「では、メビウスとソラ、これからデートに行ってまいります!」


 満面の笑みで振り返って宣言をすると、飛びおりたかのような勢いで姿を消した。長い三つ編みのきらめきが視界から消えるのを待ち、ウィルは静かに妹に声をかける。


「……エリー。本当にこれで、良かったんですか?」

「いいんです。エリーなりの、けじめです」

「ですが、今日は――」


 皆まで言わずとも。エリーがこくんとうなづいたのを見、ウィルは口を閉ざした。


「今日は、()()()()()()()です。大人の仲間入りをした記念日になります。だから、もう子供の頃の憧れなんて卒業して、これからはきちんと前を向いてエリーをちゃんと見てくれる人を捜すんです。メビウスさまが後悔しても、もう遅いんですから――」


 そう言って、兄を見上げたすみれ色の瞳には光るものがあったが。

 それすらも受け入れて笑った妹の顔は、雲一つない空のように晴れ渡っていたので、ウィルも自然に相貌を柔らかく崩したのだった。









 ばたばたと騒がしい足音が、階段をおりてくる。最後の数段をまとめて飛びおり、ひらりと柔らかな金色の三つ編みが舞った。少年の手には普段とは違う恰好をした空色の少女が収まっており、ほんのり色づいた頬をうつむけている。

 二人に視線が集まるのも我関せず。少年は魔獣組合(ギルド)の扉を蹴破る勢いで飛び出していってしまった。


「……なに、あれは」

「気にするな。ソラがいるといつもああなる」


 受付カウンターの奥から顔だけ出して少年の暴走を見送ったイザベラは、呆れた声で呟いて奥に引っ込んだ。答えを返したのは、もちろんルシオラである。


「あんな調子で、大丈夫なのかしらね」

「一長一短と言ったところだな。だが、ソラが黒いものを吸収しそのちからを扱える以上、魔族側には渡せないカードだ。アレも、ソラを守るために成長しつつある。まあ、先日のように暴走することもないとは言えんが、予想外に運よくちからも引き出せた。ここのところ停滞気味だったからな。いい刺激になっているのは間違いない」


 頬杖を付き、興味なさそうに淡々と告げる。興味がないというよりは、心ここにあらずといった雰囲気だ。最果ての魔女はイザベラが椅子に座るのを待ち、声のトーンを落とす。


「……それで。()()()はどうなっている?」

「いまのところは、順調です。細かな問題が散らばっていますけど」


 ま、ほんとに細かい問題ですよ、と念を押すように付け加えた。最果ての魔女の瞳が、すっと細められる。そこに苛烈な表情は伴っていなかったものの、イザベラはぞくりとうすら寒いものを感じ、無意識のうちに自身を抱きしめる。


「そうか。ならば、こちらも準備を始めておいたほうが、良さそうだな」


 ささやいて。

 ふ、と紅い唇が楽しそうに弧をえがいた。

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