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空色の告死天使<アズライール>  作者: 柊らみ子
幕間・こころは複雑

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2・探り合い

 人伝に少女二人の情報を集めながら、メビウスは街中をうろうろしていた。はたから見ると結構怪しいものの、少年の持つへらっとした空気が怪しさを上回ってしまうようだ。聞き込みで得られた情報から察するに、二人は広場へ向かっていたようである。

 そうとわかれば、さっさと広場へ駆け出す。小さな橋を一足飛びで飛び越えて広場に入ったメビウスは、きょろきょろと辺りを見まわした。新緑と空色の銀髪の組み合わせだ。目立たないわけがない。が、そんな目立つ色は彼の朱の瞳に映ることはなかった。


「うーん……。ここでもねーか」


 落胆の色が滲む声色だが、顔はそれほど深刻でもない。首をひねって頭をぽりぽりと掻いていたが、次第にその手がゆっくりになり、止まる。顔には、いたずらを思いついた子供のような笑顔が浮かんでいる。


「……上から見たら、見つかるかもしれねーな」


 これでもかと規制線の貼られた、立ち入り禁止をアピールしている時計塔を見上げ、少年はにこにこしながら呟いた。








 とんとんと軽快なリズムで、メビウスは一度のぼった階段に足を運んでいる。しかし、ほとんど踏み飛ばしていた前回とは違い、今回はあくまでマイペースだ。一応、中で作業している人間もいるかもしれないと、最低限気を張ってはいるが気楽なものである。

 のぼりながら、時計塔の裏側に伸びる大通りを見やる。広場の表側とは違い、金属を加工する独特な音は聞こえない。蒸気は多少立ちのぼっているけども、あからさまに量が違う。そしてなにより、通りに面して並んでいる店の雰囲気が違った。にょっきり飛び出した煙突と、武骨な石壁は同じだが、屋根の色は様々で壁の色も心なしか明るく見える。こじゃれた店の前にはテーブル等も置かれており、外でランチを楽しむ人々も少しずつ戻ってきていた。


 機械の街であるデア=マキナの、あまり話題にならない華やかな部分だ。普通の街ならば中心街になっているところが名物広場の裏側にあるというあべこべ加減が、いかにもこの街らしい。

 屋根の色や、表側よりも多い緑のお陰で目立つはずの二人組はいくら目をこらしても見当たらない。それどころか、メビウスのアンテナにはまったく別のものが引っかかってしまい、一度足を止める。

 このまま進むべきか、おりて地道に探すべきか一瞬迷う。


「……まあ。聞きたいこともねえわけじゃねーし……いっか」


 はあ、と肩を落としながらも、メビウスの瞳には楽しそうな光が浮かんでいるのであった。








「ここは立ち入り禁止だぜ」


 背後からかかった声に、男は険をこめて目を細めた。かすかに繭の残り香が残る床から手を離し、ゆっくりと立ち上がる。


「つーか、時計塔自体立ち入り禁止中なんだけどさ」


 だからオレも不法侵入中、と寄り掛かっていた壁から背を離し、軽口を叩いて近づいてくる少年をぎろりとねめつけた。普通の人間であれば、その鋭い視線に射すくめられたら萎縮して歩みを止めるだろう。だが、長い三つ編みを揺らして歩いてくる少年にはどこ吹く風だ。壮年の男もそれを知っているから、剣呑な瞳に諦めの光が混じり、最低限の言葉を吐く。


「なんの用だ」

「ほんとはお前に用があってのぼったわけじゃねえんだよ。でも、オレの用事があるのもここだし、無視すんのも不自然だろ? だからまあ、聞きたいことは聞かせてもらうわ」

「こんな場所に、用事だと?」

「はいはい、そう睨むなよ。ただでさえ怖い顔が、しゃれになんねえことになってるぜ。オレの用事は、魔族とか魔王とかそういうのなーんも関係ねーから。オレだって歳頃の男の子なんだぜ? そんなのにばっか構ってられるかっての。むしろ、そんなことよりずっと重要なことなの」


 歳頃の、という言葉にジェネラルの険しい表情が少し動いたような気がして、メビウスはやり切れずに頭をがしがしとかいた。むくれた顔は、歳相応である。


「いくつか質問があったんだけど、一つはお前がここにいることが答えだな。だから、別の質問な」


 指を一本立てて言いながら、メビウスはぴたりと足を止めた。その距離は、男の持つ剣の攻撃範囲に入らないぎりぎりの位置。会話をしながら無防備に近づいてきたようで、計算済みである。


「お前、ソラちゃんの正体を一体なんだと思ってる?」

「私がここにいるのが答えだと? なんの話だ」


 噛み合わない質問が重なる。一瞬、メビウスの瞳も強い光を帯びて視線が交錯したが、少年が軽く首を横に振ったことですぐに外れる。


「いや。お前も、成れの果てがどこに出現するかは知らねーんだなって」


 わざわざこんな街中で、オレに気付かないほど熱を入れて痕跡を調べてるのはそのせいだろ? とメビウスは確信をついた。ジェネラルは特に隠すつもりもなかったのか、短く息をつく。


「知っているなら、貴様に娘を預けたりしない。娘を連れて、さっさと回収に回れば良い」

「さて……どうかな。本当にそんなことが、お前にできんのかよ」


 首を傾げたメビウスの言葉には、僅かに嘲笑が混じっている。それが挑発だと気付いていながら、ジェネラルは瞳を眇め、低い声で問うた。


「……なにを、言いたい」

「だから、質問だって言ってるだろ? ソラちゃんの正体を、なんだと思ってるんだって」


 あ、一応な、と手をあげてジェネラルの返答を阻止する。そのまま両手をポケットにねじ込むと、顔を横に向けて言った。


「一応、オレなりの答えは見えかけてる。だから、答え合わせ、みてーなもんかな」


 多分、お前とは違うと思うぜ、とぽつりと追加する。その言葉に、ジェネラルは「ほう」と低い声をもらした。


「答え合わせと言いながら、答えは合わないと?」

「ああ。ソラちゃんは、ソラちゃんだからな。まず、ここは揺るがねえ」


 横を向いたままで、どこを見ているのかはわからない。ただ、その口調からは確固たる意志が感じられた。口にした言葉そのままの、強固な意志が。

 ま、それを置いておいたとしてもだ、と少年が言葉を紡いだ。


「ソラちゃんは、あのバラバラにされたもんの魂を一つに修復するって言った。そのために、自分の中に取り込んでるんだと。それに彼女は、成れの果ての魂以外にも干渉できる。あれについてだけ、特化してるわけじゃねえんだ」

「それがどうした?」

「どうしたって。お前、ソラちゃんがあの黒いやつの器だとか思ってんじゃねーの? お前はあれを集めてソラちゃんの身体を使って復活させたい。だけど、成れの果てがいつどこに出現するかはわからねーし、そんなに長い間ソラちゃんを連れまわせる気もしない。だから、()()()()()()()オレたちに預けてるってところじゃねえのかよ?」


 一気に言い切って、肩で大きく息をした。ジェネラルはそんな少年を見つめ、一拍置いて「間違ってはいないな」と曖昧な肯定をする。それを聞き、メビウスはさらに声を張った。


「お前に必要なのは、ソラちゃんの中にいるなにかだろ? だったら、それだけを外に追い出すことができれば、ソラちゃんは必要ないよな?」


 彼女が器じゃないと仮定するならば、その仮定は成り立つだろう。メビウスは、器ではないと確信しているようだが、ジェネラルはそこまで断定できない。だから少年の質問に対する答えは「否」である。


「残念だが、判断材料が少なすぎるな。器ではないとして、あの娘が必要かどうかは、そのときがこなければわからんだろう」

「判断材料ねえ。あれを一つの魂として(そら)へ還そうとしてるのは、ソラちゃん自身だぜ? つまり、一つになったら外に出すってことだろ? 一緒になるってのは、彼女が否定してんだよ」

「しかし、あの娘は取り込んだちからを使っているではないか。それこそが、器である証拠ではないのかね」

「……覗き見してたもんな」


 じとっとメビウスが半眼で睨む。


「ルシオラが気にしてたぜ? 無駄に戦力削ぎやがって」


 正確には、最果ての魔女は最初から参加する気はなかったようだが、ジェネラルがそんなことを知っているわけがないので、勝手に責任を押し付けた。

 しばらく無言のまま睨み上げていたが、男も口を開く気配がない。このままでは埒があかないと、メビウスは大げさに息を吐き出した。


「じゃ、質問を変える。プロフェッサーって、知ってるか?」


 別の質問にも、男は答えなかった。無言を貫く彼の顔を、太陽の双眸が真正面からとらえる。男の嫌いな、清々しいほど熱のこもった真っ直ぐな視線で、彼の表情を読み取ろうとしている。

 口を閉じると、二人の間に流れるのは少年が開けた壁の穴から吹きつけて来る風の音だけだ。いままで気にもしていなかったそれが、妙に耳障りに響く。視線を外さぬまま、メビウスはしばらく風に髪を遊ばせていたが、ふいに口を開いた。


「……その無言は、肯定と受け取って構わねえか?」

「好きに受け取るといい」

「ふーん。つまり、()()()()()()()ってことか」


 少年の答えに、ジェネラルはほんの刹那、瞳を眇める。メビウスは、その一瞬を見逃さなかった。ふっと口元に勝気な笑みを浮かべる。


「答える義務なんてねえはずなんだけどな。適当に嘘でもついときゃいいものを、お前はそれが苦手だ。いつも返す言葉を用意しているお前が黙った時点で、答えは見えてたよ」


 再び押し黙ったジェネラルを強い視線で見やり、メビウスははっきりと告げた。


「知らねえんだろ。嘘をつくか正直に答えるか迷って、妙な間があいた。だから黙った。変に取り繕うのも似合わねえしな。で、どっちでもねえ――つまり、わからないって言葉にうっかり反応しちまったってわけだ」

「……貴様は本当によくしゃべるな」


 苦虫を噛み潰したような形相のジェネラルとは相対的に、メビウスは実に機嫌良さそうににしっと笑顔を広げる。


「誉め言葉と受け取っとくぜ」

「褒めたつもりはひとつもないがな」

「あらら。そうだったの?」


 これまた、どこまで本気かわからぬおかしな調子で返すと、メビウスは朱の瞳をぱちぱちと瞬かせた。少年の大げさなリアクションに、ジェネラルは完璧な鉄仮面だ。知らないことを言い当てられたためか、この話題に関しては完全な無表情を決め込むつもりらしい。


「それで、プロフェッサーとは何者だ?」

「いやあ、オレも知らねえの。ただ、そう名乗るやつから妙な入れ知恵をされたのがいたもんでさ。お前らって、通称で呼び合うんだろ? だからもしかしてって思ったんだけど……そっか、お前も知らねえか」

「まるで、わかっていたような言い方だ」

「まあな。幹部クラスの魔族がどーやってこっち側に出てくるんだよ。ドクターみたいに取り残されたわけでもねーし、お前みたいに強引に出てきたとするなら、人間界ですでに居場所を持っているってのもおかしいだろ。自分の意思で欠片を取り込んだ人間か、ドクターの作った駒だと考えるのが妥当さ」

「……ふむ」

「正直、魔族かどうかすらわかんねえんだ。でも、瘴気や魔人を恐れてねえ。むしろ、魔人化を推奨してるような節もある。少なくとも、オレはお友達にはなれねえタイプだぜ」


 ウィルに聞いた話を思い出しながら、メビウスは断言した。


「そうか。情報として頭には入れておこう。質問はそれだけか? ならばさっさと用事とやらを済ませて立ち去れ」

「あ、そーだった。お前、無駄に律儀なのな」


 サンキュな、と屈託のない笑顔で言われ、男は憮然と腕を組む。先日の、衰弱していたときとは違い、まったく腹が読めない。ころころ変わる笑顔と、しゃべりすぎるほどしゃべる口。言い当てられた通り、嘘をつくことも場を取り繕うことも得意ではない男からすれば、魔法でも使っているのではないかと思うほど少年の表情も口調も一瞬で変化する。挑発を口にしながら、すぐに少年然とした笑みを浮かべて真っ直ぐに謝意を示す。軽口を叩きながら、同じ口でソラに関しては本気でしかありえない熱量をぶつけてくる。

 やはり、気にかかる。不本意だが、ドクターが気に入ったのが、なんとなくわかってしまう。

 違和感があるのだ。どうしても、拭いきれない違和感が。


 魔族がそんなことを考えているとはつゆ知らず。


 メビウスは慎重な歩みで、ジェネラルとすれ違う。男の視線を背中に感じながら、メビウスは自分があけた穴の前に立った。壁に手をつこうとしたが、小さな瓦礫がころころと音を立てて落ちていくのを見、手を引っ込める。

 眼下に広がる街並みは、先日の戦闘のダメージが残っているうえ、いまだに閉まっている店も多く、お世辞にも活気が良いとは言えない。それでも、街としての機能は止まっていないと主張するかのように蒸気は派手に立ちのぼり、魔獣組合(ギルド)には人が集まっている。目立つはずの少女二人の姿は目に映らない。規制線を断ち切る勢いで吹き上げる強い風に柔らかな金髪をなびかせながら、メビウスはふと、視線を正面に向けた。風が蒸気を吹き飛ばせば、デア=マキナの向こう――地面と空がぶつかる地平線まではっきりと見て取れる。


 広大な世界に、太陽の双眸が大きく見開かれた。瞳の中を白い鳥が一羽、滑るように飛んで行く。

 見慣れすぎているはずなのに、美しく透き通る空の青さに、一瞬見惚れた。


 どこまでも、上機嫌な空が広がっていた。こんなに晴れ渡る空の下で、封印の鍵である自分が魔族と密談をしているなど、なんの冗談だとメビウスは皮肉気に口の端を持ち上げ――ふっと表情を消した。


「……封印によって、魔界は世界の恩恵が受けられなくなったんだよな。テラリウムの均衡が崩れたから。だったら、魔界を封印したままにしておけば、いずれは人間界や神界にもなんらかの異変は起きるってことか?」

「そこまでは私の知るべきことでも、興味のあることでもない。それに、貴様が私の予想を聞いたところで、なにもできるわけではなかろう」


 淡々と突き放されて、メビウスはぐっと両手を握りしめた。そんな少年の様子を、不思議そうにジェネラルは眺め、静かに疑問を口にする。


「貴様は、あの娘のために動いているのであろう? 少なくとも私には、世界を守るだのそういう行き過ぎた正義感で動くようには見えないがね」

「そりゃどうも。まあ確かに、そーゆーのはガラじゃねーけど」

「もし、テラリウム全体に影響が及ぶとしてなんだ? 世界が崩壊するとして、そのときに貴様は生きてはいまい。人間の生など一瞬だろう」

「ああ……。そう、だな。いや、忘れてくれ」


 苦笑いを浮かべて、ひらりと手を振る。なにかが起きる可能性があるとしても、いまはそれを考えている場合じゃない。ほかにも、問題は嫌になるほどあるのだから。

 振り返ったメビウスの顔には、苦笑の代わりに気だるげな表情が貼りついていた。背後から吹き付ける風に揺れる長い三つ編みの根元を押さえ、少年は危なげのない足取りで戻ってくる。


「意思疎通できる魔族とは、できるだけ殺し合いはしない方向で話を進めてる。いまは戦争中じゃねえし、隙間を通ってこれるのもほとんど戦闘力がないに等しい程度のやつらばっかりだからな。オレは全人類に命令できるような立場でもねーし、お前にもそうしろとは言わねえが、少なくとも()()命の取り合いをする必要はねーだろ? だから、さ」


 一応、こっちの対応は伝えたからな、と言いながらメビウスは振り向かず「任せた」とでも言うようにぱたぱたと手だけを振って塔から出て行った。

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