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雪月花の物語  作者: 冴條玲
第一章 ライゼール領
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第6話 冥影円環 【冥魔の瞳】

「や、め……!」


 ゼルダの首筋にキスを落として、遠慮なく、ヴァン・ガーディナが笑った。


「おまえ、必死になっても私に抗えないんだな」

「兄上、やめ……! 嫌だ、――あぁあっ!」


 ゼルダに抗えるか抗えないか、ヴァン・ガーディナが試すように丁寧に施術するのを、ゼルダはついに阻止できなかった。


「……っ!」

「ゼルダ」


 ゼルダは全身を小刻みに震わせたまま、ヴァン・ガーディナを睨みつけた。


「返事もしないとか、意地を張るな。調教するぞ? 冥魔の瞳に抗えないなら同じこと、まずは努力しろ。私を納得させたら、解呪してやるよ、優しい兄上でよかったな」

「どこが!」


 優しげな笑顔のまま、ヴァン・ガーディナが左眼を光らせた。

 ゼルダが絶叫して地に手を突く。


「たいした威力だな。本気になったら殺せるか……」

「や……、め、……あぐっ!」


 死霊術の威力を確かめるためだけに、支配印に魔力を流したヴァン・ガーディナが、ゼルダが激痛に(あえ)ぐ様子に満足して、優麗に微笑む。


「ゼルダ、解呪するつもりはない。無闇やたらに、私を怒らせないことだな。私の期待以上の効果が出ている。その気がなくとも、おまえに怒りの感情を向ければ、殺してしまうかもしれない」


 ゼルダはぞっとして、ヴァン・ガーディナを見た。


「兄上、はずみで私を殺すかもしれないと承知で、施術したままになさるのですか!」

「私がアーシャ様や父上のように、無条件におまえを愛すると期待するな」

「そんな期待は……!」

「していたから、私がおまえを(あや)めることを(いと)わないと知って傷つくんだろう?」


 ゼルダは絶句して、こぶしをきゅっと握り締めた。


「まあ、冥影円環(オプティア・サークル)の領域内に、私がいたことの意味には気付いておけよ」

「え……?」


 冥影円環は、ヴァン・ガーディナを感知しなかった。

 それはつまり、ゼルシアの皇子であるヴァン・ガーディナが、ゼルダに対して何の悪意も抱いていない――?

 指摘されて、ゼルダは驚いて兄皇子の顔を見直してしまった。


 わからない。


 兄皇子が何を考えているのか、理解できない。なぜ、ゼルダに対して憎しみも親愛の情も抱かないのだ。他人ではない、兄弟なのに。

 刺客から救ってくれたと思えば、刹那の感情でゼルダを殺しかねない支配印を施して、容赦のない苦痛を与えたあげく、解呪しない。

 笑顔にも、何やら違いがあるのはわかっても、真意を読み解くには難度が高かった。

 ヴァン・ガーディナの笑顔には、種類と仕込みが多すぎるのだ。


 他の表情なら――?


 ゼルダを刺客から庇ったヴァン・ガーディナは笑っていなかった。兄皇子には珍しく、あの時は、笑顔の仮面を()いだ素顔だった。

 あとは、ゼルダが牙を()いた時、憎悪を(あらわ)にして睨みつけた時――

 兄皇子はいい顔をせず、冷酷さを隠しもしなかった。


「冥影円環は破滅円環とも呼ばれ、カムラの歴代皇帝を何人も死に至らしめてきた。憎しみだけで、同じ人間が抱える愛情や敬慕の念は、感知しないからな。冥影円環を使いこなすのは至難の(わざ)だ、歴代皇帝の二の舞には、なるなよ」

「――はい」

「ふうん? 素直にすると可愛いんだな? 普段からそういう態度なら、支配印など飾りだけどな」

「は?」

「そういう態度を取られると、苦痛を与える気にならないだろう?」

「――……」


 兄皇子はいったい、どういう答えを期待しているのか。ゼルダはただ、困惑するしかなかった。


「ゼルダ、冥魔の瞳でおまえが私を支配しようとしてみろ。はね退け方の手本を見せてやる」

「えっ……」


 ゼルダにも、冥魔の瞳は使える。死霊術師の左目を、他者の精神に干渉し、意のままにしようとする時、冥魔の瞳と呼ぶのだ。


「ゼルダ? なんだ、おまえ、私に敵わないと思っているのか」

「思って、いません……!」


 兄皇子がにやりと、にやにやと笑う。それと確信して、ゼルダの悪あがきを愉しんでいる。


「ふうん? じゃあ、冥魔の瞳で私に仕掛けられないのはどういうことか、説明してごらん? おまえ、気持ちで私に降伏しているんだ」

「~!!」


 ヴァン・ガーディナの手が、ゼルダの喉元に伸びて、その手の冷たさに、ゼルダはぞくりと身を震わせた。

 兄皇子が、望み通りに結われたゼルダの髪を指に絡め、冷たく静かに、ゼルダの耳元に囁いた。


「いいか、私ならぬ者に殺されるな。私だけを受け容れろ。おまえはもう、私のものだよ? ゼルダ――」


 その触れ方の優しさが、言い様の残酷とかけ離れていて、ゼルダを深刻に困惑させたのだった。

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