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雪月花の物語  作者: 冴條玲
第四章 悪夢の夜
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4-3c. 逃亡者【誠心】

 よく冷えた紅茶を飲みながら窓の外を見て、カレンは昨夜のゼルダの様子や、かけてくれた言葉を思った。

 まだ十五歳なのに、闘い続けた人間は、ああまで成長できるのか。

 ふつうなら、まだ自分のことしか考えられない年頃だと思う。

 カレンは皇妃の身辺を調べ上げ、どうやら、皇帝が全て知っていながら黙認していることまで、突き止めてしまった。

 それはゼルダにとっては、痛恨の事実だろう。

 他ならぬ皇帝が知っているのでは、調べ上げた情報の多くに意味がない。

 たとえば、ゼルダが皇帝を暗殺するなら、話は別だけれど、ゼルダは皇帝を暗殺するくらいなら、皇妃の方を暗殺するだろう。

 いずれにしても、それは、妃や子にまで類が及ぶ大罪だ。

 ゼルダの年頃なら、手詰まりの状況に絶望し、自棄(やけ)を起こしたりして、彼女への配慮など、失っておかしくない。

 そのはずが、ゼルダは決して、彼女を安心させる微笑みを絶やさなかった。カレンが間違っても流産しないように、手を尽くしてくれる。感謝の言葉も惜しまない。

 自分の頼みを聞いてくれた他者が、良い結果を出せずに窮地に立たされた時に、頼んだ自分の考えが足りなかったと、迷わず責任を取ろうとする人間なんて、老若男女を問わずに稀だ。彼女に夢中の殿方でさえ、まず、出来ないだろう。

 そんなゼルダに、心を動かされないと言えば嘘だった。

 先にゼルダに夢中になって、一生懸命なアデリシアを思うと、好意を持つだけでも悪いような気がするけれど。でも、そんなに――

 隠せないほどではない。

 カレンが心に誰より大切な人として想い続けるのは、亡くしても、愛したザルマークだからだ。あんなに、彼女を愛してくれた人はいない。

 父侯爵は側室止まりと嘆いていたけれど、ザルマークと正妃は婚約していただけだ。それも、家同士が決めた婚約だ。当のザルマークは、カレンに夢中になっていたから、正妃の座を奪う自信はあった。

 けれど、ゼルダは違う。

 カムラの社交界に咲き誇ったヴィーナスとしての経験上、カレンは相手の目を見れば、彼女に夢中かどうかくらいはわかる。ゼルダのそれは誠心であって、恋情ではないのだ。

 同腹の兄弟だけあって、優れた皇太子だったアルディナンに似ている。

 カレンにとって、アルディナンとゼルダは同じ、崇高すぎる人間だ。どんなに誘惑しても、女性を手に入れることより、守ることが常に優先する。

 そのことの何が不満なのか、クラリッサや父侯爵が知れば、さぞ、あ然とすると思うと、カレンはようやく、少しだけ笑みをこぼした。

 ゼルダの本質は、クラリッサの理想のタイプだ。ただ、なまじアルディナンがわかりやすく理想的な皇太子だったために、わかりにくいゼルダの本質を、クラリッサはつかみかねているだろう。

 いつか、それと確信すれば、クラリッサは冷酷に、父侯爵とつるんで、アデリシアからゼルダを取り上げてしまうかもしれない。クラリッサはその際には、アデリシアが可哀相だとか、きっと、考えないだろう。

 いつも、クラリッサこそが、サンジェニ侯爵家の都合に振り回されてきたためだ。

 その一方で、アデリシアは甘やかされて育ち、好きになったゼルダとあっさり結婚した。これまで何の貢献もしてこなかったのだから、必要ならば、侯爵家のために我慢するのが当たり前――

 それが、父侯爵の考え方であり、クラリッサはそういう風に考えるよう、父侯爵に後継者として育てられてきたのだ。

 そんなクラリッサもまた、不幸な女性だとカレンは思う。女である前に、侯爵令嬢であることを要求されてきたのだから。

 姉妹としては、どちらにつく気もない。

 カレンはクラリッサを尊敬しているし、事情もわかる。侯爵家の都合もわかる。

 何より、クラリッサはアルディナン皇太子のおかげで理想が高くなりすぎているから、クラリッサの目に適う者など、ゼルダを逃せば二度と現れないかもしれない。

 とはいえ、あんなにまでゼルダに夢中で、二年を待てば本物の正妃になれると信じてゼルダを支えているアデリシアが、父と姉に騙されていたと知ったら、どれほど傷ついて、嘆き悲しむかも想像にかたくない。

 そんな風に考えていくと、やはり、どちらにもつけないのだ。

 ただ、他ならぬゼルダが望むのはアデリシアだろう。一緒にいて、心底、楽しそうにしているし、大切に可愛がっている。

 後になって、侯爵家が圧力をかけてくる可能性を承知の上で、それが困難になるよう立ち回っているのも――

 ゼルダが積極的にアデリシアを社交の場に連れ出しているのは、彼女が望まない限り、正妃の座から降ろされないようにするためでもあるのだろう。

 だから、ゼルダに感謝しているカレンとしては、父侯爵やクラリッサにあまり、ゼルダの優秀さを強調しないよう、それとなく気をつけようと思うのだった。

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